杯戸町のモールに買い物に来ていた二人は、六階のレストランフロア
で昼食を食べていた。ハンバーグのチェーン店で、昼時を少し過ぎた
今でも客は入っている。
「美味いか?」
「うん。食べる?」
「一口」
デミグラスソースのたっぷりかかったハンバーグの欠片を、フォーク
にさして新一に差し向ける。それを身を乗り出してぱくっと食べると、
今度は新一が自分の皿の和風ハンバーグを同じように快斗の口元に差
し出した。
「あーん、って言ってくれねぇの?」
「いいから食えよ」
「んぐっ」
フォークを口に突っ込まれて、快斗は涙目になりながら新一を恨めし
そうに見た。
その顔を直視した新一は、思わず目元を覆った。
見た目八歳児の恋人の可愛い涙目。
何というか、真正面からダメージを食らった気分だ。
「俺はペドじゃない俺はペドじゃない俺はペドじゃない……」
「……大丈夫?」
ぶつぶつ呟く恋人に若干引いた快斗だったが、こういう恋人の態度は
見ていて新鮮で面白い。
それに、快斗は普段からわりと周りの目を気にせずに「あーん」をし
ているが、新一が抵抗なくやるのはやはり快斗の見た目のおかげなの
だろう。
「あら、あれ新一君じゃない? おーい!」
入口の方から知っている声で呼ばれて振り返ると、思った通り、そこ
には大きく手を振る高校時代の友人と、親友の行動にちょっと恥ずか
しそうにしている幼馴染がいた。
「蘭、園子!」
驚いている新一に、二人は近づいてくる。
「偶然ねぇ。新一君も買い物?」
「ああ」
「あれ? その子……コナン君?!」
「「へ?」」
突然の言葉に、新一と快斗は揃って目が点になった。
見開く蘭に、園子も驚いたように快斗を見る。
「えっ、あんたあのガキんちょ?!」
二人の反応に、そういえば快斗と新一は顔が似ていたのだと思い出す。
大人になるにつれ顔つきにも違いがでてきたから、最近ではすっかり
その事実を忘れていたのだが。
「えっと、俺は……」
二人はちらっと目を合わせて、新一が割り込むように言った。
「こいつは快斗の親戚だ」
「ああ、黒羽君の。確かにそっくりね」
「あんたと黒羽君が似てるのは知ってるけど、それぞれの親戚同士ま
で似てるなんて……」
蘭と園子が感心したように快斗の顔をじっと見る。
二人の注目を受けて、快斗はにっこり笑った。
ああ、来るな、と新一が思った瞬間、快斗が両手を翻す。
「初めまして! 加藤伊月って言います!」
両手にはいつの間にか薔薇が一輪ずつ握られていて、それぞれ二人に
差し出される。
「わぁ! 伊月君マジックできるの?!」
「本当に黒羽君にそっくりね〜!」
「えへへー」
そうだ、こいつは昔からアナグラムが好きだった、と新一はこっそり
ため息を吐いた。
「でもどうして新一と一緒にいるの? 黒羽君は?」
「あいつ今ショーの準備で忙しいんだよ。だから代わりに俺が面倒み
てんだ」
「えー、新一君に小学生の面倒が見れるのー? 自分の生活すら疎か
にするのに」
「う……俺だってやろうと思えばできんだよ」
「大丈夫だよ! 新一兄ちゃん優しいし、すっごく甘やかしてくれる
んだ」
快斗が満面の笑みでフォローすると、新一の顔が少し赤くなったのを
女性陣は見逃さなかった。
「まあ、恋人の親戚の子だものねぇ」
「あのなぁ……」
すると、頭を撫でくり回されてだらしなく笑み崩れていた快斗が、二
人を見上げて口を開いた。その目は主に蘭に向けられていたように思
う。
「俺、コナンのこと知ってるよ」
「そうなの?!」
「うん。友達なんだ」
「コナン君、今どこにいるか知ってる?」
どこか必死そうな蘭を園子が見守る。
突如としてその場に漂い始めた緊張感に気づかないふりをして、快斗
はゆるい笑みを浮かべた。
「知ってるよ」
「本当?! どこに――」
「でも教えられないんだ。ごめんね」
申し訳なさそうに、だがはっきりと言った快斗に、蘭は口を噤んだ。
そして、ゆっくりと言葉を選ぶように尋ねた。
「私には、言えないことなのね?」
「うん。秘密にするって、コナンとの約束なんだ」
「そう……コナン君は、元気にしてる?」
「うん! 大好きな人と一緒に暮らしてて、すごく幸せそうだよ」
「そっか。うん、それならよかった」
心の底からほっとしたように微笑んだ蘭は屈めていた腰を伸ばして立
った。
「それじゃあ、またね。黒羽君にもよろしく」
「おう」
「じゃあね、がきんちょ2号〜」
「バイバイ〜」
去っていった二人の後ろ姿を見ながら、新一が口を開いた。
「だーれが『大好きな人と一緒に暮らしてて、すごく幸せそう』だっ
て?」
「えー、本当のことだろ?」
「ったく、勝手なこといいやがって」
文句を言いながらも新一の口元は笑みを湛えていた。
「……快斗」
「ん?」
「ありがとな」
「……ん」
今度は快斗の方が何だか照れくさくなって、誤魔化すようにハンバー
グの最後の一欠けらを口に放り込んだ。
2013/07/22
|