快斗が薬を飲んでから十日が経った。
身体は順調に縮んでいき、今や見た目年齢は十歳くらいだ。
 
新一の毎朝の日課は、快斗の外見を確認することになった。
 
「ふーん。オメー、ガキの頃は結構可愛かったんだな」
「まあね。新一ほどじゃないけど」
「いやいや……これは結構……」
 
なんていうやり取りの合間に、快斗はちょんとおはようのキスをした。
 
「……おおー。なんか、いけないことしてる気分になるな」
「さすがにこの身体じゃもう夜は無理だけど。その代わり、いっぱい
キスしよーね!」
「いいけど、舌はなしな」
「ええー、何でー」
「……そんな顔してもダメだからな」
 
眉を下げてしょんぼりする快斗。ただでさえ快斗のこの顔には弱いの
に、あどけない子供の顔でやられたらダメージが大きすぎる。

「俺にショタの趣味はねぇっつの」
「俺はコナン相手でもキスしたかったけどなー」
「うわ……」
「ちょ、本気で引くなよ! 傷つくんですけど!」

言いながら、身体が小さいのをいいことに膝の上に乗ってこようとす
る快斗を、やんわり押し返す。
 
「さ、朝飯作ってやるから、顔洗ってこい」
 
小さくなって何かとキッチンで動き回りづらくなった快斗の代わりに、
ここ数日はずっと新一が食事を作っている。いや、すぐに順応する器
用な快斗ならば小さい身体でも何とかするのだろう。単にこの状況を
言い訳に快斗を甘やかしているだけだ。
 
「新一、何か子供扱いしてねぇ?」
「子供扱いじゃねぇよ。恋人扱いだ」
「わ……」
 
エッグ・ベネディクトを作りながらさらっと言った新一の切り返しに、
快斗は赤面してしゃがみこんだ。
 
「まったくこの人は……」
 
照れ屋なくせに、たまに堂々と自信満々に愛の言葉を口にする。そう
いうところに、もっともっと惹かれて止まない。
 
「そうだ、せっかく子供の姿なんだから、子供を満喫したらどうだ」
 
新一が朝食ののった皿を運んできながら、思いついたように言った。
 
「満喫?」
「子供にしかできねぇことしようぜ」
 
新一が楽しげに笑う。
 
「ってことで、今日はデートな!」
 
 
 
               ***
 
 
 
幼児化が始まってから、知り合いに出くわさないように極力家に籠も
っていた快斗は、数日ぶりに見る外の世界に感嘆のため息を吐いた。
 
「目線の高さが違うだけで、世界はこんなに違って見えるんだな」
 
その言葉に新一は思わず笑いをこぼした。
 
「? 新一?」
「いや、だって。いつも空を飛んで、普通の人間とは違う目線で世界
を見ていたオメーが今更そんなこと言うなんてな」
 
その響きに微かな憧憬を感じ取って、快斗は照れくさくなって前を向
いた。
 
「……でも、コナンに近い目線で世界を見れるなんて嬉しいよ。新一
の気持ちが少しはわかった気がする」
 
 
 
二人はトロピカルランドに来ていた。
どちらにとっても大変に思い出深い場所だが、実は二人で一緒に来る
のは初めてだ。
 
入場ゲートのところでランドのお姉さんに「お兄ちゃんといっぱい楽
しんでね」と声をかけられて元気よく「うん!」と返事する快斗を横
目に、よくやるよな、と内心呆れていると、思考を読んだかのように
「コナンほどじゃないけどね」と言われた。
 
「兄弟に見えんだろうなぁ」
 
ジェットコースターを降りてぶらぶら歩いていると、快斗がぽつりと
こぼした。
その声が不服そうで、新一はにやりと笑って快斗の手を握った。
 
「えっ?!」
「兄弟なら問題ねぇだろ?」
 
普段ならなかなか人前で手を繋いで歩くことはできない。
自分の手が包み込まれるように握られているのが少し悔しいけれど、
こうして恋人と手を繋いで歩くことができるのなら、小さくなるのも
全然悪くないななんて密かに思った快斗だった。
 
 
「ほら、快斗」
「ありがとっ」
 
チョコアイスとストロベリーのダブルコーンを手渡してやると、快斗
はぱぁっと顔を輝かせた。
あ、今のは素だな、と思いながら、緩みそうになる口元を隠すように
バニラソフトを舐めた。
 
「あーほら、ついてんぞ」
 
紙ナプキンで口元を拭ってやる。
いつもは人目のあるところでは恐ろしいくらい綺麗に食べる男だが、
口も小さくなっているから感覚が上手く掴めないのかもしれない。
 
「んー。ありがと」
 
されるがままになっている快斗はめちゃくちゃ可愛い。
 
周りは仲のいい兄弟ねぇなんて微笑ましげに見ているが、たとえ片方
がこんなに小さくなっていても、二人の間に流れているのは恋人同士
の甘い空気だ。
新一もしかたないなぁ、というように口元を拭ってやっていても、弟
扱いしているつもりは毛頭なかった。
 
新一の中に、恋人を構い倒したいという気持ちは常日頃からある。特
に、大抵のことはできてしまう器用な恋人だから、その欲求は自覚し
ているよりももっと溜まっていたのかもしれない。
素直にその感情を表に出せるこの状況を利用して、新一は思う存分、
恋人を甘やかすことにしたのだった。
 

「なぁ新一、あれ行こうよ」
「お化け屋敷? オメーも俺もああいうの興味ねぇタイプかと思って
たけど」
「いいからいいから」

快斗に引っ張られるようにお化け屋敷の列に並ぶ。
すると、まだ入る前から快斗が新一の腕に縋るように密着してくる。

「おいおい……」
「怖いから離さないでよ」

快斗の幼い怯え顔で見上げられるが、目が完全に笑っている。
新一は苦笑して、快斗の頭をくしゃくしゃ撫で回した。

お化け屋敷の中は真っ暗で、入った途端ひやりとした空気に包まれる。
外の熱気から解放されてほっと息を吐くが、過ぎた冷気にだんだんと
肌寒く感じる。快斗の高めの体温に包まれた左腕が心地良い。

現れる仕掛けを適当にいなしながら歩き進んでいると、突然、左腕を
くいっと下に引かれた。

「? 快斗?」

引かれるままに屈むと、快斗の顔が近づいてくる気配がした。


ちゅ


「?! ちょっ、おま……」
「えへへー」
「見られたらどうすんだよ!」

お化けに扮した従業員もいるだろうに。
慌てる新一に、快斗はしれっとして答えた。

「大丈夫、このスポット誰も隠れてないっぽいから」

暗闇に浮かび上がる大きな紫紺の瞳が笑う。

「ったく……」

新一は苦笑いして、近くにある快斗の顔に手を伸ばし、頬をするりと
撫でた。快斗がくすぐったそうに掌にすり寄る。

それから二人は薄暗い道を、再び手を繋いで歩き出した。















甘いのってどうやって書くんでしたっけ…


2013/07/18