ルーヴルを出る頃にはすっかり陽が落ちていて、二人はそのまま待ち合わせ
の場所に向かった。


「それでねぇ、素敵なオープンカフェで美味しいクレームブリュレを食べた
のよ〜」
「あのカフェのウェイターさんイケメンだったわねぇ」

レストランの個室に通され、大きなテーブルを八人で囲む。
女性陣(主に有希子と千影)が一日の行動を事細かく話しているうちに、あ
っという間にフルコースが終わり、食後のコーヒーが出てきた。

「博士たちはどこに行ったんだ?」
「優作君が知り合いに会いに行くと言うので一緒についていったんじゃよ」
「僭越ながら私もご一緒させていただきました」
「へぇ……なかなか濃い面子だな」

快斗が紅茶に四杯目の砂糖を入れたところで、それを見ていた優作が口を開
いた。

「快斗君。今日は何事もなかったかな?」
「父さん! また余計なことを……」

新一とて自分が事件吸引機であることは自覚しているが、だからと言って過
保護に心配されるのは好きになれない。恋人にこんなふうに念を押すのは特
に。

「大丈夫ですよ、優作さん。俺がいる限り、新一に危険は近づけさせません」
「それは良かった」

完璧な愛想笑いを浮かべる優作に、新一はため息を吐いた。







「快斗、さっきは何であんなこと言ったんだよ」

部屋に戻るなり、新一が不機嫌さを隠しもせずに問い詰めた。

「あんなこと?」
「父さんに、俺を危険に近づかせないとか」
「ああ」

思い出したように頷いた快斗に、新一は焦れてにじり寄った。

「朝だって、俺のことを守るとか何とか」
「本心だよ?」

快斗はけろりと言ったが、それがますます新一には気に入らなかった。大体
にして、自分が守られるべき存在として見られるのが嫌なのだ。プライドに
障るし、何よりそんな重荷になり兼ねないような存在を快斗の隣にいさせる
べきではないと思った。たとえ、それが自分であっても。

「優作さんも俺も、新一のことが心配なんだよ。目を離すとすぐ危険なこと
に首を突っ込むから」
「何だよそれ。まるで俺が落ち着かないガキみたいに」
「優作さんは父親だからともかく、俺は新一を子供扱いなんてしてないよ」
「どうだか。案外、俺がコナンだった時の扱い引き摺ってんじゃねーの?」
「コナンだって、子供だなんて思ってなかったよ。じゃなきゃ『名探偵』な
んて呼ばない」
「はあ? 首根っこ捕まえたり抱き抱えたり、完全にガキ扱いじゃねーか。
ちょいちょい世話焼きやがって」
「それは状況的にしょうがなかったからでしょ! ガキとか関係ないよ……」
「大体、目を離すと危ないのはオメーの方のくせに」
「……は?」

快斗が微かに眉を寄せたが、目を逸らしていた新一は気付かなかった。

「お人好し野郎が。すぐに他人を助けるために危険に飛び込みやがって」
「それは新一のことだろ? 大体俺はお人好しなんかじゃないよ。手助けし
たのは新一のことが好きだったから……」
「ハッ、本当に危険な時に黙って一人で背負っちまうようなただの馬鹿のく
せに」
「まさか、組織戦の時のこと言ってんのかよ?」
「ああそうだ。オメーが嘘吐いて俺に黙って中枢に入り込もうとしてるって
わかった時、俺がどれだけ―――」
「わかったって! それはもう謝っただろ? つか、何年前の話してんだよ」
「3年前だ。俺はまだ赦したわけじゃねぇ」
「はあ?! もうとっくに終わったことじゃねぇか!」
「終わったことでも何でも! オメーは同じ状況になったら、今でもきっと
同じことをする」
「じゃあどうすればよかったって言うんだよ?!」
「素直に俺に助けてくれって言えばよかったんだ!」
「言えるわけねぇだろ? 死ぬかもしれないところに、新一を連れていける
わけねぇよ。わかってくれって」
「お前こそわかれよ! 俺がどんな思いで知らせを聞いたか! 俺はただ守
られるだけの弱い存在になりたくねぇんだ。お前の足枷になんて、なりたく
ねぇんだよ」
「足枷なんて思ってねぇ! 新一には、俺の帰る場所になってほしくて……」
「二人で一緒に帰んなきゃ意味ねぇだろうが!! 大体、あの時俺が助けに
行かなかったら……」
「はいはい! その節はありがとうございました!」
「礼が欲しいわけじゃねぇよ!」
「ッ、言っとくけどなあ、俺だってまだ赦してねぇことあるんだぜ。ショー
の後にスネイクの奴らが撃ってきた時、新一俺のこと庇っただろ! 何であ
んなことしたんだよ」
「それは、身体が勝手に……」
「ほら見ろ! だから目が離せねぇんだ」
「はあ?! オメーだってジェットコースターから爆弾取って……」 



堂々巡りの口論が、そのあと30分もの間続いた。





結局、部屋を飛び出した新一は向かいの阿笠と哀の部屋に押し掛けていた。

「さっき、氷を取りに廊下へ出たのよ」

哀が淡々と言う。
つまり、口論の声が廊下にまで聞こえていた、と言いたいのだろう。

哀の意図を間違えることなく汲み取った新一は、ばつが悪そうに今一度謝罪
の言葉をもごもごと発した。

「しかし、いいんかのぉ? せっかくの婚前旅行じゃというのに。今からで
も快斗君に謝りにいった方が……」
「ああ? 何で俺が。博士はどっちの味方なんだよ」
「工藤君。後悔でいっぱいだからって、博士にあたらないでちょうだい」
「誰が後悔なんて―――」
「不法侵入扱いにして蹴り出してもいいのよ」
「……すみません」

ぴしゃりと言い放った哀の冷たい視線に晒されて、新一は口をつぐんだ。懸
命な判断だ。新一にしろ快斗にしろ、哀には頭が上がらない。

「それで、明日はどうするのよ」

明日も今日と同じで、二人で観光を続ける予定だった。
だがそれも今となってはぎくしゃくするだけだろう。

「なあ、」
「私と博士についてきたいなら別にいいわよ。貸しになるけどね」
「…………」

一番、借りは作りたくない相手だ。

「……わかったよ。部屋に戻るって」
「そう」

そっけない哀と心配そうな博士に背を向け、新一は部屋を出た。


そっと、音をたてないように自分の部屋のドアを開ける。自分から飛び出し
ていった手前、一時間と経たないうちに舞い戻ってくるのがいたたまれない。

だが、中に人の気配がないのに新一は首を傾げた。

「いないのか?」

照明をつける。トイレ・バスの方にいるわけでもなさそうだった。

「………なんだ」

どんなふうに顔を合わせようと緊張していたぶん、拍子抜けした。

ベッドにごろんと寝転がり、目を閉じる。
広いベッドに、一人。慣れない感覚だ。



結局その夜、快斗が部屋に戻ってくることはなかった。


























2013/02/05