グローバルな工藤夫妻が国内旅行を提案するはずもなく。強制的に海を飛び
越えさせられて、二人+六人は異国の地にきていた。
六人というのは。
「おい。婚前旅行はいいとして、何で父さんたちも一緒なんだよ」
「いいじゃないか、新一。大事な一人息子を攫っていく男をよく知れるいい
機会だしね」
「しかも博士と哀ちゃんまで……」
「あら、私は嬉しいわよ。研究の息抜きにもなるしね。一度買い物に来たい
と思ってたのよ」
珍しくうきうきしている様子の哀の背後には、聳え立つ凱旋門。
十二の道が交わる広場だ。
「坊ちゃま、盗一様は昔パリでご活躍されていたのです。お二人の婚前旅行
としましては、ぴったりの国でしょう」
寺井は昔を思い出すような、遠い目をして言った。
シャンゼリゼ大通りで買い物をして(主に有希子と哀に振り回されただけだ)、
高級レストランで食事をし、ホテルに戻ってきた一行。
ようやく部屋で二人きりになって、新一と快斗はほっと肩の力を抜くことが
できた。ちなみに、スイートルームは全力で阻止した。
「聞いてはいたけど、新一の親って、パワフルっつーか何つーか……」
「悪いな、つき合わせて」
「いや、俺の母さんだって一枚噛んでるわけだし。……それに、新一と婚前
旅行に行けるっていうのは、俺としても嬉しいし?」
「な、何言ってんだよ」
「だって婚前っていうからには、当然結婚と新婚旅行があるってことだろ?
期待していいんだよな?」
「…………だ、バカ」
「え? 何?」
「……あたり前だって言ったんだバカ!」
「し、新一!」
顔を真っ赤にして言った新一に飛びつき、快斗の体重を支えられなかった新
一をその勢いのままうしろのベッドに押し倒す。ちなみにキングサイズだ。
「うわ、バカ、何してんだよこんな時に」
「こんな時だからこそだろ? 何たって婚前旅行だし?」
新一の肩にぐりぐり鼻を押し付ける。
「と、隣、母さんたちだぞ!」
「大丈夫、聞こえないよ」
そうして婚前旅行第一日目の夜が更けていく。
***
「今日は二人で好きに観光してね。夕飯は一緒に食べましょう。お店を予約
してあるから、19時にまたここに来てね」
「灰原はどうするんだ?」
「哀ちゃんは私たちと一緒に観光する予定よ。女同士、男同士、行きたいと
ころも違うでしょうからね」
別れ際に、優作が快斗を呼びとめた。
「いいかい快斗君、旅行中に新一を危険なことに巻き込ませたりしたら……」
「父さん! 行くぞ快斗」
「うん。……優作さん、ご心配なく。新一は俺が守ります」
「快斗! オメーもバカなこと言うな」
六人と別れた快斗と新一は、まずはセーヌ川沿いに歩き、ノートルダム大聖
堂へ向かった。
その途中で小さな雑貨屋を見つけ、自分へのお土産のようなものも買ったり
しながら、2人はパリの街をのんびりと散歩した。
「新一も一緒に買えばよかったのに……」
「まだ言うか」
快斗は土産物をおそろいで買えなかったのをまだ引き摺っている。
「そう言えば、大人になってからパリってちゃんと観光したことなかったな」
「俺も。小さかった時は、親父の仕事についてって、しばらくパリにいたこ
ともあったんだけど」
「ああ……初代怪盗キッドが活躍してた時代だな」
「時代とか言うなよ。まだ十数年前の話だぜ」
「十分昔だろ」
くすくすと笑い合って、二人は大聖堂を見上げる。
「知ってはいたけど、荘厳だなあ」
「大きな薔薇窓だね」
「塔の方にも行ってみようぜ」
午前中いっぱいパリの街を歩き回った後、オープンカフェでクレープを食べ
る。
「フランスでもクレープかよ……」
いつも食べてるだろ、と呆れたように言う新一に、快斗はフォークとナイフ
を器用に扱い、まるで貴族の晩餐会のような気品を漂わせてクレープを食べ
ていた。
「まあ、知ってると思うけどクレープってフランス発祥のデザートだしさ。
せっかくだから本場で食べたいじゃん?」
「おいおい、そんなこと言ったら、エクレアだってマドレーヌだってマカロ
ンだって、それにブリオッシュやフィナンシェだって、全部フランスのスイ
ーツだぞ。スイーツ食べ歩きでもするつもりかよ」
「ミルフィーユやオペラ、スフレやクレームブリュレもね。うーん、食べ歩
きもいいなあ」
「マジかよ……」
「あっ、でもやっぱりクロカンブッシュが食べたいな!」
快斗が甘えたような声で言うと、新一は一瞬クロカンブッシュ?と首を傾げ
た後、まさかと顔をひきつらせた。
「クロカンブッシュって、あの、シュークリームを積み上げた……」
「そう! フランスのウェディングケーキ!」
想像したのか、さらに顔を顰め、新一は嫌な予感に溜息を吐いた。
「何か、母さんが好きそうなサプライズだな……」
「旅行最終日に用意されたりしてね!」
「勘弁してくれ……」
クレープを食べ終わった後、ガイドブックをパラパラ捲る新一に快斗は提案
した。
「せっかくだからルーヴル行かない?」
「ルーヴル……いいけど快斗、それって元からなのか?」
「何が?」
新一が声を潜める。
「美術館結構好きだろ? それともキッドの影響か?」
パンドラはすでに見つけて破壊済みだが、快斗は今でも時折新一を誘って美
術館に足を運んでいる。そしてやはり、見る対象は宝石類が多い。
「あー。まあ、知的好奇心は元からだけどね。ほとんど職業病っつーか」
宝石を見る目を徹底的に鍛えたせいか、いいものを見たいという欲求も湧い
てくるらしい。
二人は溢れる観光客に交じって美術館に入った。
「大英博物館ほどじゃねーけど、ここもかなりでかいな」
「逃走経路もいっぱいありそうだ」
「おいおい」
観光客たちが群がる有名な絵画はほとんど飛ばして、宝飾品の階を回る。
「……何しにルーヴルに来たんだか」
「まあ待て。あまり大々的には公開されてないけど、今ルーヴルに収蔵され
てるダイヤモンドがあって」
「ダイヤモンド?」
「そう」
浮かれた表情を隠し切れていない快斗に、新一が眉を顰めた。
「まさかオメー……」
「違う違う! ただ興味があるだけだって! 至って純粋にっ」
慌てて否定する快斗をじっと見つめて、新一はため息を吐いた。
「ま、いいけど。旅行中に盗みなんかするなよ」
「しないって! っていうかもう怪盗じゃないし!」
そこは絵画の展示スペースよりも人が疎らだったが、それでもいくつかの展
示ケースの前には列をつくって人が立ち止まっていた。
長いガラスの陳列ケースに並べられたアンティークジュエリーや宝石の数々。
フランス王家の持ち物だったものも多く収蔵されていた。
「ルイ15世の王冠だってさ」
「うん。こっちは世界最大のイエロー・ダイヤだって」
「それが見たかったダイヤか?」
「違うよ。それはこっち………」
ごく自然な動作で、快斗が新一の手を引く。
「お、おま、こんなところで……」
「大丈夫、誰も見てないって」
やんわりと繋がれた手を振り払う気にはなれずに、新一は顔を俯かせて快斗
に導かれるまま通路を進んだ。
「あった、これだ」
展示室の一番奥に置かれたガラスケースに、いくつかの他の宝飾品と一緒に、
一つのバングルが展示されていた。
「王室最後のお抱えの職人が作ったもので、散りばめられたサファイアと、
中央に埋め込まれたティアドロップ型のダイヤモンドが、滅びゆく王家の悲
哀を表しているとされて――」
快斗はそこで言葉を切った。
「…………」
ケースに顔を寄せ、吸いこまれるように宝石を見つめる。そして険しい表情
を浮かべた。
(これ、本物じゃない……)
「どうかしたのか?」
けれどそれを新一に告げようとした瞬間、今朝の優作とのやり取りが頭の中
に蘇った。
(俺が守るって約束したんだ)
新一を危険なことに巻き込むわけにはいかない。
「快斗?」
「………いや。何でもない」
快斗は誤魔化すと、興味を失ったように陳列ケースを離れた。
「? もういいのか?」
「ああ。ちょっと期待外れだったよ」
2013/02/04
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