夕方、快斗が夕飯の支度をしている時、工藤邸のチャイムが鳴った。
どうせ隣家のどちらかか幼馴染か宅配だろうと踏んだ新一は、イン
ターホンを取らず直接玄関へ向かった。

そして扉を開けて、固まった。

そこにはセーラー服姿の少女が立っていた。それもとびきりの美少
女だ。白い顔は人形のように小さく、切れ長の目とつんと尖った鼻
が少し冷たい印象だ。まっすぐに伸ばされた黒髪は絹糸のように艶
やかに流れている。

どうやって門をくぐったんだ、と聞く間もなく、少女は小さな桃色
の唇を開いた。

「彼に会いに来たの」

どうやら彼女は快斗の知り合いらしいことはわかったが、それにし
ても何故ここにいると知れたのだろう。
直感的に、快斗は自分の居場所を誰にも言っていないだろうと確信
していた。

「会わせて」

不機嫌そうに言い募った少女に、新一は困った。何故なら、彼女の
素性は江古田高校の生徒であるということ以外にわからないものの、
快斗が彼女に会いたがらないだろうということだけは、何となく察
してしまったからだ。

「あいつに何か用か?」
「あなたには関係ないわ」
「ここは俺の家だ」
「だから?」
「あいつに用があるなら俺を通してくれ」
「あなた、彼の保護者か何か?」

保護者、と頭の中で反芻する。あながちその表現は間違っていない
かもしれないと新一は思った。何せ土手で倒れた彼を、新一が“保
護”したのだから。

「そうかもしれないな」
「何を馬鹿なことを……光の強すぎるあなたが、闇に生きる彼を癒
せるわけないわ」
「光……? えっと、よくわからないけど、とにかく今日は無理だ。
快斗には伝えておくから、名前を――」
「私は門前払いされるためにわざわざ足を運んだんじゃないのよ。
いいから彼を出しなさい」
「……今はいない」
「嘘よ」

確信を持って否定されて、新一は空を仰ぎたくなった。一筋縄では
いかなそうな相手だ。

「今は会わせられない」
「何故?」
「体調が優れないんだ」
「……いい匂いがするんだけど?」

タイミングが悪い、と新一は吐きそうになったため息を呑み込んだ。

「そんなに私に会わせたくないのね……」

俯いた彼女からは怒りのオーラがじわじわと発せられている。

「会わせたくないっていうか、あいつがまだ誰とも――」

会いたくないと思うんだ、と続ける前に、彼女は顔を上げてキッと
新一を睨みつけた。美人だからか迫力がある。

「もういいわ! 勝手になさい!」

一際大きな声でぴしゃりと言い放つ。もしかしたら奥にいる快斗に
向けて言ったのかもしれない。
彼女はくるりと背を向け(長い髪が新一の鼻先を掠めた)、やたら
背筋を伸ばして帰っていった。

開け放たれたままだった門を閉めに行ってから、新一は中に戻り、
キッチンへ行った。
何だか疲れた、と冷蔵庫からアイスティーのペットボトルを取り出
してグラスへ注ぎ、一気に半分をごくごく飲む間、快斗は一度も振
り向かず、声を発さず、鍋をかき回していた。

新一はグラスから口を離して一息つくのに紛れてそっとため息を吐
いた。耳のいい彼に、彼女の声がまったく聞こえていなかったはず
はないのだ。

「彼女……」

快斗は振り返った。だが視線はすぐに新一の頭上の食器棚に向けら
れ、頭を低くした新一を避けて手を伸ばし、小皿を取り出した。鍋
のシチューを少し小皿に垂らし、口をつける。

「何者なんだ?」

快斗はもう一すくいシチューを小皿に垂らすと、無言で新一に差し
出した。受け取って口をつける。頷いて小皿を返した時、快斗がぽ
つりと呟いた。

「ごめん」

またこちらに背を向けてしまった快斗に、新一はガシガシと頭を掻
いた。

「……あのなぁ」

快斗の背が身構えるように強張る。新一は、馬鹿だなぁと内心呟い
た。

「オメーをここに連れてきたのは俺だからな」

パッと振り返った快斗は驚いたように目を丸くしていて、そうして
いると年相応の子供にしか見えない、と新一はくすりと笑った。
彼の背から徐々に緊張が抜け落ちていくのを感じ取って、こっちの
気分まで軽くなっていくようだった。

「……ありがと」

はにかんだ彼に、胸の内から愛しさが溢れ出てくる。たまらずその
頬にキスをしたくなって、新一は手を伸ばすと、自由奔放にはねて
いる柔らかい髪に指を差し入れた。

「……彼女の髪、綿飴みたいな匂いがした」
「意外と少女趣味なんだ、あいつ」

頬を擦り合わせると、微かな汗の匂いと、嗅ぎなれたミントの爽や
かな匂いが鼻腔をくすぐる。自分と同じシャンプーの匂いに安心し
て、深く息を吐いた。



              ***



快斗が来てから一ヶ月が経とうとしていた。
平日だが、依頼も要請もない。久しぶりに掃除をしようにも大抵の
場所は快斗が家政婦よろしく綺麗に掃除してしまったので、やるこ
とがない。今日も今日とてキッチンで甘いものを拵えようとエプロ
ンを着けようとする快斗に、新一は意を決して声をかけた。

「あのさ、快斗」
「何?」
「外に、遊びにいかないか」

背中でエプロンの紐を結ぼうとしていた手を下ろして、快斗は新一
を見た。揺れる瞳には、困惑と焦りとわずかな警戒と、怯え。

「……なんで?」
「あまり家にこもってるのも身体によくない」
「外になら出てる」
「庭だけだろ」

快斗が負う何かしらの傷が癒えるまで待つつもりだが、少し強引に
でも連れ出した方がいいような気がした。長い間閉じこもっていれ
ばいるほど、外の世界は遠ざかってしまう。

「街には行きたくない」
「人がいるからか?」
「…………」

快斗は背を向けて黙り込んだ。

「誰かに見つかりたくないからか? それとも、人が、怖いのか?」

快斗は何も言わず、ただ首を横に振った。それは確かに否定を示す
仕草だが、それはむしろ、人を怖がってしまう自分自身を拒否した
がっているように見えた。相当な精神的負荷だろう。マジシャンで
あり、人を楽しませるのが生きがいのような男が、人を怖がるなん
て。

「大丈夫だ、俺がついてるから」

そっと寄り添って背を撫でる。

「絶対に傍を離れないから」

空いている手で快斗の手を取り、優しく握る。快斗は顔を上げて、
迷うように瞳を揺らしてから小さく頷いたが、怯えの色が消えるこ
とはなかった。






















一旦切ります。

14/06/06