最近駅前にショッピングモールが建設され賑やかになってきた、大き
すぎず小さすぎない町。商店街には昔からある店と新しい店が混在し、
ほどよい気安さで馴染みやすい。

そんな町の表通りから少しばかり奥へ入り込むと、そこに一軒の喫茶
店があった。

表には控えめな、木の看板。端っこには小さな猫のイラスト。
ガラスの填め込まれたドアを押し開ければ涼やかなウィンドチャイム
の音色が頭上で鳴り響く。

入口はひっそりと、奥は広く明るい、ここは知る人ぞ知るペット同伴
可の喫茶店だ。

テーブルとテーブルの間合いが十分に取られた配置は、飼い主の足下
で寛ぐペットのため。白い壁に沿うようにテーブルが並び、囲われる
ようにできた中央のスペースではペットが自由に動き回ることができ
る。
天気の良い日には奥のガラスドアを開け放ち、日当たりの良いテラス
席に出ることもできる。

きちんと躾され、マナーさえ守れればリーシュを外して自由に過ごす
ことを許されているこの喫茶店は、ペットオーナーたちの貴重な憩い
の場である。




黒羽快斗は半年ほど前からこの喫茶店に通っている。

半年前、川辺でふらふらしていた子猫を拾い、綺麗にしてやってつい
でに世話するうちにうっかり情が移ってしまい飼うことになったのだ
が、その時借りていたアパートの部屋はペット禁止。ちょうど契約の
更新時期が近づいていたため、ペット可の部屋に引っ越すことにした。

ペットと一緒でも住みやすい町を探していた時に、偶然この店の前を
通りがかったのだ。
入口のペット可の文字と看板の猫のイラストに惹かれて入ってみて、
すぐに気に入った。

今では週に3回はここに来て愛猫と一緒に寛いでいる常連だ。
女性客に人気だという絶品のフルーツタルトに舌鼓を打つ快斗の向か
いの席には、猫用のスナックを上品に齧っている白い猫が行儀よく座
っている。

「お、マンゴー発見。キッドも食うか?」
「みゃ」

もちろん冗談だ。
白猫も皿の上の鮮やかなタルトに興味は示すものの、自分のためのも
のでないのを理解しているのか、顔を近づけることはしない。


その時、シャララとウィンドチャイムが鳴り、新たな来客を知らせた。

(あ……あの人……)

やわらかな微笑を浮かべてマスターと二言三言交わし、隅の席へと向
かう。快斗の位置からでは首を無理に捻らないと観察できない。

「よし、キッド、ちょーっと席取り換えっこしよな」

にっこりと笑顔をつくって立ち上がり、向かいに座るキッドに腕を伸
ばす。

「にゃーにゃーにゃー!」

嫌がるキッドを抱え上げ、ひょいとあっという間に席を交換した。
さっきまでキッドが座っていた席からなら、自然に目的の人物を観察
できる。

「んなぁー」

キッドが不満そうに鳴くが無視する。

その人は艶やかな黒髪と宝石のようなアイスブルーの瞳の持ち主だ。
一見冷たそうな印象を与えかねない容姿だが、彼の纏う陽だまりのよ
うな暖かな雰囲気がそうさせない。

キッドも、今は椅子の上で向きを変えて、椅子の背もたれの隙間から
同じ人をじっと見ている。いや、キッドの場合、人の方ではなく、彼
が連れている猫の方を見ていた。

彼の肩にちょこんとバランスよく乗っている小さな黒い子猫。黒猫に
しては珍しく蒼い瞳をしている。
身体は小さいまでも、危なっかしさはなく、彼の揺れる肩の上でバラ
ンスを崩すということもない。彼が椅子に座ると、しっかりとした足
取りで彼の膝へと滑り降りた。

「んにゃー」

子猫が甘えるように鳴くのが微かに聞こえる。

「んにゃー」

目の前でも同じような小さな鳴き声がして目を向けると、キッドが子
猫の方を向いて鳴いている。
その声が向こうに届くことはないが、キッドもそれを望んでいるわけ
ではないのだろう。

子猫は毛づくろいを始めて、くしくしと顔を掻いた。
飼い主の彼は唇に微笑を浮かべて首の後ろを撫でている。

「キッドも撫でてやろうか?」

子猫をじっと見ているキッドにからかうように言うと、キッドはちら
っと快斗を振り返ったものの、すぐにまた視線を戻してしまった。向
けられた背が、放っておいてくれと言っているようだ。
最近飼い猫からの扱いが冷たい気がする、と快斗は嘆息した。


すっかりタルトを平らげてしまってからも、快斗は冷めきった紅茶を
ちょびちょびと飲みながらこっそり彼を観察し続けた。

彼はしばらく庭を眺めていたが、コーヒーが運ばれてくると、一口じ
っくりと味わうように飲んでから、文庫本を開いて読み始めた。

「今日は何読んでんのかな……」

タイトルを読みとろうと快斗は目を細めた。

彼はよくここで本を読んでいる。
今までも、トイレに立つふりをしてさり気なく彼のテーブルに近づい
て、彼が手にしている本のタイトルを盗み見たりしてきた。
彼は様々なジャンルの本を読むようだが、一番多いのは推理小説だっ
た。逆に、一度も読んでいるのを見たことがないのが恋愛ものだ。

「あ、またあの作家の……。好きなのかな」

こうして本を読んでいる彼を見かけた日は、帰りに本屋に寄って、同
じ本を探して買うのが習慣になっている。
ちょっとストーカーじみているかと自分でも思うが、これくらいなら
可愛いもんだと開き直ってからは躊躇いがない。


快斗が彼を初めて見かけたのは4ヶ月前のこと。
今日のようにケーキを食べていたところに突然店に入ってきた彼に、
快斗は一瞬で目を奪われた。

後でこっそりマスターに聞いて知ったのは、快斗ほど頻繁に来るわけ
ではないが、彼もこの喫茶店の常連客だということ。そして、快斗が
この店を知るより前からの客だということだけだ。

それ以来、快斗は彼の来店時に居合わせるたびに、予定を大幅に変更
して、こうしてさりげなく観察してきた。
彼がこっちを見ることは一度もなく、目が合ったことはない。だから
彼が快斗の存在を認識しているか否かはわからないが、気づいてほし
いような気づいてほしくないような、わからない感情にずっと名前を
つけられないまま持て余している。

ただ、彼と彼の猫を見ていると、心がほっこり温かくなるような、幸
せな気持ちになるのだった。















不定期でのんびり更新する予定です。



2013/04/17