(8)




その夜、新一は快斗の部屋に来ていた。

都心の高層マンションの一室で、独り暮らしには些か広すぎる2LDK。

モノトーンのシックなデザインで揃えられた調度品は、快斗のセンスの良さを表し
ていた。

「いい部屋だな」
「でしょ? 夜景も綺麗だよ」

カーテンを開けると、都心の無数の灯りが眼下に広がり、確かにロマンチックな夜
景だった。


「ね、ドラマ始まるまでまだ時間あるから、これ開けようよ」

片手に白ワインのボトル、もう片手にワイングラス二つ。

「いいチーズがあるんだ」
「お前……」

少し呆れたようにため息を吐いた新一。
モテる男は一緒にドラマを見るだけでもこうも違うらしい。


「そういえばさ、工藤って白馬と仲良いの?」
「あ? 何だよ急に」
「いや、ただ共演したことがあるってだけにしちゃ、仲良さげじゃん?」
「あー、まあ何つーか、趣味が合うんだよな、色々と。好きな本のジャンルとか、
映画とか舞台とか。時々一緒に食事にいくこともあるし」
「そうなんだ……」

何だか少し複雑な気持ちになった快斗に、新一はおかしそうに言った。

「何だよ、ヤキモチか?」
「え?」

ヤキモチ。
この胸につかえるようなもやもやは、もしかしたらヤキモチに近いものがあるかも
しれない。
白馬にヤキモチ? でも……何故?

「心配しなくても、お前から白馬をとったりしねぇから」

からかうように言った新一に、快斗は否定しようとしたが、しそびれた。
音量を下げてつけっ放しになっていたテレビで、ちょうどドラマが始まったのだ。

OPに流れる意味深な音楽をバックに、すらりとした立ち姿の新一。そこにオーバー
ラップする怪盗の不敵な口元。

早くもこのオープニングがかっこいいと話題になっているらしかった。

「この屋上のシーン大変だったよなあ」
「ああ、マントがはためきすぎて、実際お前の台詞もほとんど聞こえなかったし」

二人の細かい表情が緊迫感を生む。さらに絶妙なカメラワークと編集とで、かなり
良い出来に仕上がっていた。

「つーか俺後半ほとんど出番ねぇよな」
「まあ、変装してたことになってるからな」


放送を観終わって二人でいくつか反省点を挙げた頃には、ワインボトルはすっかり
空になっていた。快斗の勧めで、すでに2本目を開けている。

「今度の撮影さー」
「あー?」
「ハグシーンあるじゃん」
「ぶはっ」

新一がワインを少し噴き出した。

「はいタオル」
「おまっ、ハグシーンとか言うなよ! 飛行船から落ちた俺を助けるだけじゃねー
か」
「まあそうなんだけどさ。あれってどうやってお前のこと抱けばいいと思う?」
「抱っ?!」
「ほら、背中からか向き合うか、とか。横で腹のところに腕回してたら何か荷物抱
えてるみたいに見えちまうだろ?」
「あ、あー……俺が落ちる時の体勢考えたら、普通に背中からじゃねー?」
「でも背中からだとハンググライダーで飛んだ時、お前の下半身がぷらぷらしすぎ
ねぇか? 飛行の邪魔だし、お前がまぬけに見えるし、それに……」
「それに?」
「お前が俺に背をむけて落ちてくの、想像できねぇ。俺が助けるの期待してねーみ
てぇじゃん」
「……別にいいんじゃね?」

新一が小首を傾げて言うと、快斗は怒ったように身を乗り出してきた。

「よくない! だって名探偵は俺が絶対助けにいくって自信があったから、テロリ
ストの要求に応じてあっさり飛び降りたんでしょ? 飛び降りる瞬間の不敵な笑み
はそういうことなんでしょ?!」
「あ、ああ、まあ……」

快斗が力説しながら新一に迫ってくる。顔が近い。というか、心なしか快斗の顔が
赤い気がする。もしかして酔ってるのだろうか。

「だったらさ、ちゃんと期待して俺を待っててよ」

何だか口説き文句みたいだな、と思った瞬間、新一は仰向けに倒れた。いや、倒さ
れた。快斗の手で。
肌触りの良いカーペットは寝転がるのに心地よいが、問題はそこではない。

「え、」
「だからこうやって、上を見て、俺を待ちながら落ちてよ。そんで俺が追いかけて
いったら、俺に手を伸ばしてよ」

そしたらこうやって、抱きしめるから。


そう言って、快斗が新一に覆いかぶさった。体重がかかり、強く抱きしめられて、
体の隙間がゼロになる。

「ちょっ、く、黒羽……」
「キッドだよ、名探偵」
「キッ……」
『……よかった』
「え?」
『間に合って、よかった……』
『キッド……?』

快斗の台詞が、台本と重なる。
キッドはこの時、ほっとしたような怯えたような、複雑で苦しそうな顔を浮かべる
のだろう。
それなら、今の快斗はどんな顔でこの台詞を言っているのだろう。
見たくても、快斗は新一の肩に顔を埋めていて、顔は見えない。身をよじろうとす
ると、余計に腕に力が込められた。
否応なしに快斗の体温が移ってくる。身体が、熱い。

「お、おい、黒羽、いいかげんに……」
「――っていう感じ?」
「え?」

快斗はぱっと身を起こすと、新一から離れた。

「やっぱ向かい合わせがいいと俺は思うんだけどなー」
「……は」
「それか……」

快斗がいたずらっぽく口角を上げて言う。

「お姫様抱っこっていうのもありじゃん?」
「なっ」

新一の顔が引きつる。

「それだけはぜってー阻止する!」
「あはは」


どきどきと脈打つ心臓を紛らわすように、新一は不機嫌そうに顔を顰めた。





(やべーやべー)

あんなことするつもりなんて全くなかったのに、身体が勝手に動いていた。
抱きしめていた間伝わってきた新一の体温を思い出す。
この心臓の異常な動きは、新一にバレていただろうか。

(……いい匂いがしたな)

新一の肩に顔を押しつけていた時にふわりと香った新一の匂い。
何だか変な衝動に駆られそうになって、慌てて離れたのだ。あの時理性が戻ってよ
かった。でなかったら、何だかわからないがとんでもないことになっていた気がす
る。


気を紛らわそうと、快斗はグラスに残っていたワインを呷った。






















天空の難破船地上波に合わせてupしました!
新一だとコナンみたいに抱えて飛ぶの大変だろうなーと。



2012/08/17