(7)




『どこだよ、青子、ついてきてほしいところって』
『いーからいーから!』

学ランを着た青年、黒羽快斗は、セーラー服の少女に引っ張られていた。

黒羽快斗は江古田高校2年生。趣味はマジックと女の子のスカートめくり。
さらに体育の着替えの時には更衣室を覗いたりと、多少将来に不安を感じさせるが、
好きなパンツの色は白と意外と純情で、その明るくて気さくな性格から、男女問わ
ず人気者。

近所に住む中森青子とは幼馴染で、教室での痴話喧嘩は日常茶飯事。


ちょっとやんちゃで優しくて、どこにでもいそうな普通の高校生。


……しかし、実はその正体は、夜を駆ける白き魔術師、怪盗キッドなのだ。




………………という設定。



高校生という設定は最初から承知していたが、まさかこの年でまた学ランを着るこ
とになるとは……。
まあ、ドラマの高校生って、大抵はもう卒業した奴らだけど。


快斗は幼馴染役の少女に引っ張られて大通りを進む。
周りはエキストラだが、向かいの通りから快斗のファンらしき女性たちが首を伸ば
してこちらを見ている。


『ほら、ここよ』

ここは本当の店を使っている。
雑誌でもよく紹介されている、デザートの種類が多いことで有名なカフェだ。甘党
の快斗もプライベートで訪れたことがある。

『あ、蘭ちゃん! お待たせ!』
『……蘭ちゃん?』

幼馴染が手を振った相手を見て、快斗は一瞬驚いた顔をした。

(何で名探偵の幼馴染がいるんだよ!!)

『快斗? どうかした?』
『あ、い、いや……』
『? 紹介するね。これは黒羽快斗。この間言ってた私の幼馴染よ』
『これ、って……』
『毛利蘭と言います。よろしくね、黒羽くん』
『よろしく……』
『蘭ちゃんとは、この間お父さんに着替え届けてあげた時に、警視庁で会ったの。
蘭ちゃんのお父さんって、探偵さんなんだって!』
『へぇ』

もちろん知っている。何故ならブラックスターの事件の時、快斗は彼女の姿を借り
たのだ。

『しかもね! 蘭ちゃん、あの工藤新一くんと幼馴染なんだって!』
『……へぇ』
『もう、何よ快斗、興味ないの?』

その時、背後で、カランというベルが鳴り、ドアが開いた。

嫌な予感で頬を引き攣らせた快斗は、『俺、ちょっとトイレ……』と立ち上がろう
とした。

が。

『よ、遅くなって悪ぃな。……あれ?』

予想通りの声が聞こえてきて、快斗は立つに立てなくなった。

『お前……この間の』

仕方なく顔を向けると、確信したように言われた。

『何? 知り合いだったの?』
『えー! 快斗、工藤くんと知り合いだったの?!』

何で教えてくれなかったのよー、と言う青子に、新一は困ったような笑みを浮かべ
た。

『いや、知り合いっていうか……この間公園でマジックしているのを見かけただけ
だよ』

すると快斗はへらりと笑った。

『覚えててくれたんだ』
『あんなマジック見せられたら忘れねぇよ』
『ありがとう。俺も、こんな美人さんにあんなに熱心に見つめられたら忘れられな
いよ。また会えるなんて運命じゃねー?』
『あほか……』

新一は呆れた顔で蘭の隣に座った。




こうして素顔で知り合った探偵と怪盗。

一度知り合ってしまえば、巻き込んだり巻き込まれたり、運命のいたずらのように
二人の道は交錯した。

普通の高校生として。
そして、探偵と怪盗としても。


『何か大変そうだな……手伝おうか?』

『あれ? ここのタイルだけなんだか新しくねぇか?』
『どれどれ……あ゛』
『え?』
『名探偵っ!』

怪盗に引き寄せられる形で、二人は床に転がった。すぐ横のタイルを、斧の刃が粉々
に砕く。

『大丈夫か、名探偵?』
『ああ……何とか』

起き上がろうとして、二人は顔の近さに驚いて硬直した。

『あ……』
『え……』

怪盗を見上げる探偵。探偵を見下ろす怪盗。
いわゆる、押し倒し押し倒された格好。

『……あっ、その』
『あ、ああ、悪ぃ』

少しの沈黙の後、ぎこちない雰囲気で二人は起き上がった……。



                  ***



「……って、何ですかこの台本?!」
「どこかおかしなところでもあったかい、工藤くん」
「明らかに! 男二人であり得る展開じゃないですよこれ!」
「そうですよ監督! ベタすぎます! 今時少女漫画でもないでしょ、こんなアク
シデント!」
「突っ込むべきところはそこじゃねぇよ黒羽!」
「大丈夫、さっきの演技は完璧だったよ、二人とも。だから撮り直しは認めません」
「「監督〜」」
「それにしても君たちは本当にお似合いだね! ここから見ていて、年甲斐もなく
ドキドキしてしまったよ。やはり私の選択は間違ってなかった!」
「「はぁ……」」




「このドラマがどういう方向性を目指しているのか、俺には理解できねぇ……」
「んー、何かどんどん恋愛ドラマっぽくなっていくよね」
「ああ。けどそれにしたっておかしいぜ。恋愛ものなら俺たちのヒロイン役は毛利
さんと中森さんだろ」
「なのに蘭ちゃんはいつの間にか保健委員の設定で保健室の先生と仲良くなってる
し、青子ちゃんは白馬と二人でプリンス・プリンスのコンサートに行ってるし」
「元々は純粋に探偵と怪盗の頭脳戦を楽しむドラマだったよな」
「うん。っていうかこの間番宣で出演したトーク番組で、MCの人にさんざんからか
われたんだけど」
「からかわれた?」
「ハグシーンとかキスシーンはないのかとか」
「……はっ? 誰のっ?」
「それ聞く? でさ、今度俺ら二人で出る番組あんじゃん?」
「ああ、セットで呼ばれんの何気に初めてだな」
「なかなかスケジュール合わなかったからねぇ。それでさ、覚悟しといたほうがい
いと思うんだよね」
「覚悟って?」
「きっと突っ込んで聞かれるだろうからさ、イロイロと」
「…………」



















2012/08/16