<6>
カーテンを開けると、大きな窓から澄んだ月明かりが差し込んだ。
新一は、鳩の背にするりと指を滑らせた。
クゥ、と微かに鳴く。
『お前の主人に助けられちまったよ』
スコーピオンと対峙した時、どこからかトランプが飛んできたことに、新一は気づ
いていた。
不意に、鳩が羽を開いた。
新一は何かを察して、窓を開け放つ。
鳩は新一の周りを一周すると、外へと飛んでいった。
それを目で追うと、その先には、家の門の前に立つ怪盗がいた。
新一は部屋を飛び出した。階段を駆け下り、廊下を走り抜け、玄関の扉を押し開き、
もういないかもしれない怪盗を探した。
『っ、キッド!』
どうやら待っていてくれたらしい。
門の手前で、新一は立ち止まった。
『……オメーはエッグの秘密に気づいてたんだな』
『ああ』
『……お人好し』
キッドが少し笑ったような気配がした。
『名探偵。……あんま無茶すんなよ。いくら防弾ガラスの眼鏡をしていたからって、
あんな真似……』
『……キッド?』
新一に手を伸ばしかけて、止めた。二人の間には、高い鉄柵がある。
『……おやすみ、名探偵』
闇夜にも鮮やかな蒼い瞳を見つめながら、キッドはマントを捌いた。
『わぁい、ついたー!』
『新一さん、こっちですー!』
『ほら速く速く!』
『おーいお前ら、ちゃんと前見て走れよー』
日曜日、新一は、近所に住む子供たちに付き添って、ちょっと遠い隣町の公園まで
きていた。
普段は博士が面倒をみるのだが、今日は学会で家を留守にしているため、代わりに、
新一が付き添いを買って出たのだ。
『でも何だってわざわざ遠い公園までくる必要があるんだよ。大きい公園なら、米
花にもあるじゃねーか』
新一が疑問を口にすると、子供たちは何かを企むようににしししと笑った。
『行けばわかるよ!』
『あれは……』
公園のベンチが並んでいるところに、ちょっとした人垣ができていた。
『いた!』
『あっ、もうやってますね!』
子供たちがあっという間に人垣の中に消えていく。
新一も近づいてみると、その奥には、手品を披露する少年がいた。
トランプを次々と出しては消す。
簡易テーブルの上の小さな動物の人形を、念力で動かしているかのように操る。
黒いシルクハットから取り出した手乗りサイズのウサギのぬいぐるみを、再び消す。
すると一瞬後には、目の前で目を輝かせていた女の子の手の中に現れた。
そしてその少女の母親には一輪の薔薇を差し出す。
『あいつの手品……』
かなりレベルが高く、素人の手品でないことは新一の目に明らかだった。
人垣から少し離れたところから鋭い視線でマジックショーを見ていると、不意に少
年が新一を見た。
ほんの一瞬、目が合う。
『…………』
すぐに逸らされてしまったが、新一はじっと見つめ続けた。
***
「お疲れー」
「ああ、お疲れ」
ノックと共に、快斗が楽屋に入ってきた。
「工藤、昨日、見たか?」
「ああ、見たぜ。どんなふうに編集されてるか気になるしな」
昨日の夜、いよいよドラマの放送が始まったのだ。
「視聴率やばかったらしいな〜」
「そうみたいだな。早速インタビューの依頼が数件入ってる」
「俺も俺も。うーん、やっぱり工藤と俺の魅力かな」
「言ってろバカ」
「バカってひどい!」
演技過剰に泣き顔を作った後、快斗は少し言いにくそうに口を開いた。
「あのさ、来週のドラマの放送の時間って、何か仕事入ってるか?」
「来週? いや、入れてないはずだぜ。あんまり夜遅くに仕事入れるの、志保が嫌
がるんだ……」
「あ、そうなんだ……。あっ、でさ、俺も仕事入れてなくて、その、もしよかった
ら一緒に観ない?」
「一緒に?」
「そう! ほら、演技の話し合いとかもできるし……」
「いいぜ」
「ホント?!」
「ああ」
微笑んだ新一に、快斗は胸が高鳴るのを感じた。
――いやいやいや、胸が高鳴るって何だよ。ただ楽しみでわくわくしてるだけだろ。
なぜそんなに楽しみなのか、追究しない快斗だった。
続
2012/08/05
|