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「やあ、工藤くん」

楽屋に入ろうとしたところで声をかけられて、新一は振り返った。

「あ、白馬!」

そこに立っていたのは白馬探だった。

「久しぶりだな!」
「ええ。しばらく本業でヨーロッパの方にいたのでね」
「ああ、そうか、お前も元々モデルだもんな」

白馬探。
イギリス帰りの帰国子女で、本業はモデルだが、最近は役者やバラエティー番組
に出演するなど、幅広く活動している。
新一とも過去に何度か共演している仲だ。

「お前も探偵役だもんな。探偵同士、よろしくな」
「ええ。まあ、僕の方が少し、キッドとは長い付き合いですけどね。現実でも」
「?」

新一が首を傾げると、また後ろから呼びかけられた。

「工藤? そちらさんはどなた……って、げっ、白馬!」
「あ、黒羽」
「やあ、黒羽くん」

右手を軽く上げてスマートに挨拶する白馬に、快斗は思い切り顔を顰めた。

「そういや第四話で白馬が登場するんだった……」
「そんな嫌そうな顔しないでくれよ」

困ったように苦笑する白馬に、新一は疑問をぶつけた。

「なんだ、もしかして知り合いなのか?」
「不本意ながらな……」

快斗が肩を落としている間に、白馬が説明する。

「僕たちは同じ事務所に所属しているんですよ。芸歴は僕の方が長いですが、同
い年なので、僕としては仲良くしたいんですけどね……」
「けっ」
「……嫌われてしまっているようで」
「へぇ」

新一は不機嫌そうにそっぽを向く快斗を見たが、どうやら本気で嫌っているとい
うよりは、単に拗ねているだけのように見えた。

快斗とはまだ短い付き合いだが、現場でのスタッフや他の共演者との接し方や、
カメラの前での演技を見ていてわかったことがある。

くるくるとよく変わる愛嬌のある表情で見落としがちだが、この男はポーカー
フェイスがものすごく上手くて、大抵のことは顔に出さないし、苦手な相手であ
ればあるほど、それをさとらせない。

そんな男があからさまに毛嫌いしているような表情を向けるのだから、好かない
相手であっても、実際はかなり気を許しているのだろう。
それは一種の甘えのようなもので、それを向けられている白馬のことが、新一は
何故だか少し羨ましく思うのだった。

「しかし、今回のキャスティングは何だか豪華だよな」
「ええ。『黄昏の館』は監督も力を入れているようですからね。探偵役に、大御
所も結構集められたみたいですね」

頷いて、新一は往年の大女優の名を挙げた。

「千間さんともう一度共演できるなんてな」
「ああ、そういや一昨年の映画で一度共演してるんだっけ?」
「そうだけど……黒羽、よく知ってんな」
「えっ、あーまあ、俺もあの映画観たことあったし」
「ふぅん」

新一と千間が共演した映画を観たというのは本当だった。
ただ、観たのは最近、新一に興味を持って片っぱしから出演作品を調べた時に、
DVDを借りたからなのだが。

「っつーか千間さんも結構お歳なのに、あのロープで吊り下げられるシーン、ど
うすんだろな。あの監督は合成使いたがらねぇし、確か本物のヘリ使うとか言っ
てなかったか……?」
「まあ、ヘリコプターの部分は当然スタントでしょうね。あとは千間さんの顔ア
ップを編集で挿し込むんでしょう」
「あれ結構腰に来そうだもんな」

「これこれ、若い探偵さんたち」

突然背後から聞こえてきた声に、3人は飛び上がった。

「年寄り扱いとは随分じゃないかい。この老いぼれも、まだまだ現役なのよ」

恐る恐る振り返ると、そこには予想通りの人物が立っていた。

「せ、千間さん」
「お久しぶりです……」
「一体いつの間に……」

3人の幽霊を見たかのような表情に、千間は満足げに笑った。

「私が毛利探偵の車の前に現れた時も、その表情でお願いするわね」

そう言って去っていった千間の後ろ姿を呆然と見ながら、三人はしばらく立ち尽
くしていた。



                 ***



「黒羽君、ちょっと」
「あ? 何だよ」

その日新一が出るシーンの撮影が終わり、快斗も見学を切り上げて(今日は快斗
の撮影はない)立ち去ろうとしたところで、セットから降りた白馬に呼び止めら
れた。

そして白馬にしては珍しく、少し強引に人気のない自動販売機の方へと連れ出さ
れた。

「ったく、一体何だってんだ……」
「ちょっと気になることがあるんだ」

自動販売機のカフェオレのボタン押す快斗の背中に、白馬が躊躇いがちに話しか
ける。

「君は、その、工藤くんのことが……好きなのかい?」
「……はっ?!」

ばっと振り返ると、困惑気味な表情の白馬がいた。

「好きって……何、どういう意味だよ」
「いや、その」

快斗は盛大にため息を吐いた。

「あのなー……。俺も工藤も男だぜ? いくらこういう業界じゃゲイとかバイと
かが珍しくなくて、工藤が綺麗だとしても、だ」
「………………」
「……何だよ。納得いかねぇって顔だな」
「いえ。ただ……工藤くんのことで、ちょっと気になることを思い出してね」
「気になること?」

珍しく歯切れの悪い白馬に、快斗は眉を顰めた。

「その、工藤くんなんだが……誰かに、似ているような気がして」
「……誰かって誰だよ」
「それは……現時点では、ただの憶測というか、僕の勘のようなものだから」

そう濁した白馬は、口を割るつもりはないらしい。いくら二人のつき合いが長い
と言っても、迂闊に口を滑らせればどこで誰が聞いているかわからない。

「ふぅん。それで、その誰かに工藤が似ていたとして、それが俺のゲイ疑惑とど
う関係あんだよ」
「……ノーマルの君でも惹かれるんじゃないかと疑うほど、工藤くんが綺麗な人
だということだよ」
「はあ? 意味わかんねーし。つーかお前が狙ってんじゃねぇの、工藤のこと」
「それは誤解だ、黒羽くん。彼は僕にとって大切な友人だよ」
「あーはいはい。もういいだろ? 俺帰るから」

快斗はカフェオレを飲みながら、いまだ腑に落ちない顔の白馬を残して立ち去っ
た。











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白馬登場。




2012/07/20