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スマートに屋上に降り立ち、不敵な笑みを湛えてゆっくりと歩み寄る。
じっと息を詰めて睨む探偵の目は挑戦的に煌めいていた。

『おや。こんなところで何をしているのです?』
『……ちょっと、花火をな』

さっとしゃがんで火を付ける。小さなそれは、しかし信号としては十分な役割を
果たした。

『お、警察のヘリが気づいたみたいだぜ』
『……ただの子供じゃないようですね』
『工藤新一、探偵さ』

前話では映像越しでしか見られなかった鋭い視線に、快斗は心臓が高鳴った。
ぞくぞくと、得たいの知れない何かが背筋を這い上がる。

そして何より、楽しい。

二人をとり囲むカメラとスタッフの存在は、すでに頭から抜け落ちていた。

『ほぉう?』

次の手を促す探偵に、キッドは何食わぬ表情で無線を取り出す。
警察の指揮官になり替わって指示を出していくキッドに、探偵はただ呆然と立ち
つくし、手も足も出なかった。

おもちゃの閃光弾を袖口から落とすと、腕で顔を庇う探偵に近づき、耳元で囁い
た。

『よぉ、探偵君、知ってるか? 怪盗は鮮やかに獲物を盗み出す創造的な芸術家
だが、探偵はそのあとを見て難癖つける、ただの批評家にすぎねぇんだぜ?』
『何っ?!』

そして煙幕に紛れて消えた怪盗。

『消えてしまった!!』

警察官のざわめきの中、ひらりと舞い落ちた新たな予告状。

それをじっと睨みつけて、探偵は悔しそうに歯を食いしばった。

『あんにゃろー……』



                 ***



「〜〜〜さっっっみいぃぃぃ〜〜〜!!」

腕を抱いて震える快斗に、新一はスタッフから毛布を受け取って渡してやった。

「あ、ありがと……」
「ははっ、今日のビルの屋上にしちゃ、薄着だからな」
「それは工藤も同じじゃん……」

名探偵と怪盗の邂逅ストーリー。

スタジオのセットで撮って編集すれば済むのだが、リアリティーを追求した監督
の一声で、本当にハイドシティホテルの屋上で撮影することになった。

季節は一応春だが、ホテルの屋上、それも夜となれば気温は低いし風は強いしで、
相当に厳しい撮影となった。

「このへんてこな衣装のせいだ……」
「まあまあ。その衣装のおかげで、救われるかもしんねぇんだから」
「え? どゆこと?」
「今はそろそろ春だから、その衣装でも何とかなるだろ?」
「まあ……ビルの屋上のシーンさえなければね」
「それは諦めろ……で、だ。このドラマの季節設定は四季すべてに渡るから、当
然これから夏のシーンや冬のシーンも撮ることになる」

快斗はふんふんと聞いていた。

「その場合、お前は怪盗キッドに扮している間はその衣装で済むが、俺や他の出
演者たちは、季節設定に合わせて半袖やコートを着なきゃならない」
「あ……」
「半袖で震えているわけにもいかないし、コートとマフラーで汗だくになるわけ
にもいかねぇんだ」

今日も厳しい撮影だと思っていたが、さらに厳しい撮影状況になるという。

気を引き締めつつ、とりあえず快斗は新一を毛布の中に引き込んだ。

「うおっ、な、何すんだオメー!」
「いいからいいから。この方が暖かいっしょ」

快斗に毛布を渡したくせして自分は平気そうにしているから、てっきり寒さに強
いのかと思っていたが、毛布の中で抱き寄せた肩はすっかり冷え切っていて、小
刻みに震えていた。

「離せって! わかったから! もう一枚毛布借りてくりゃいいんだろ!」
「ちぇー」

しぶしぶ新一を離した快斗は、腕の中が一気に寒くなった気がして、無意識に身
震いした。


そして二人は、スタッフがそんな二人のやり取りを盗み見てにやにやしていたこ
となど、もちろん知るよしもない。






















〜おまけ〜





『また会おうぜ、名探偵。世紀末を告げる鐘の音が、鳴りやまぬうちに……』




編集し終わったばかりの映像を見るべく、数人の女性スタッフが集まっていた。

「うわぁ〜、キッド様かっこいい〜。ファンになっちゃいそう」
「黒羽さんが演技未経験なんて、信じられないわ」
「そのおかげか工藤さんも楽しそうよね」

そういえば、と一人が思い出したように言う。

「工藤さんと黒羽さんって、もう二人で食事に行っちゃうほど仲がいいんです
って」
「えー? 一緒に撮影するシーンって、実際あんまりないのに」
「まぁ、キッドの変装は別の人使うわけだしね」

映像の中ではキッドが去った直後、気障な台詞に呆れ顔の新一。
そんな呆れ顔の新一も可愛いと彼女らは騒いでいた。

しかしハンググライダーが視界から消えて、新一が踵を返した時、カメラから
見えるか見えないかの微妙な角度で一瞬、新一が不意に浮かべた、苦笑とも照
れとも取れる微かな笑みに、彼女らの視線は釘付けになった。


「……い、今の、見た?」
「……見た」
「やば……超――」

「「「「かっこいい……!!」」」」

怪盗キッドに初めて「名探偵」と呼ばれたことへの照れ隠しのような、温かみ
のある笑み。
それは、まだ僅か3度目の対決で、すでに互いを認め合っているような信頼を
確かに感じさせるやり取りだった。

彼女らは改めて台本をパラパラと捲ってみる。

確かに、二人が共に一つの殺人事件に関わりを持つ重要な回だったが、そこま
での信頼関係はまだ築かれていない。


「……工藤探偵と怪盗キッドって、結構相性いいのかも」




この発言をきっかけに、ドラマの脚本は思わぬ方向に向かっていくのだった。










NEXT<4>






劇中劇って楽しい。




2012/04/27