(17)







『キッド!!』


突然、蹴り破る勢いで背後の扉が開かれた。

『め、名探偵?!!』

転がり込んできた探偵はそのままの勢いで、驚きに固まる男に麻酔針を撃ちこんだ。
男はガクリと意識を失い、装置のスイッチに翳していた手を落とした。その拍子にボタ
ンが押される。


ドォン!!


遠くに聞こえた爆発音とともに、建物全体が揺れた。

『くそっ、起爆装置だったのか!!』


ドォン!!


さっきよりも近くで再び爆発が起こる。衝撃で天井から破片がパラパラと落ちてきた。


『すべて破壊するつもりだな……!』

『キッド……』

呼ばれて見やると、気絶した男の手からパンドラを取り返した探偵が、床に膝をついて
いた。息が荒く、汗が滴り落ちている。

『名探偵! お前まだっ』

キッドを庇って撃たれた傷から血が滲み服を汚していた。
とてもまだまともに歩ける状態じゃないのは明らかだった。

『早くここから……』


ドォン!!


さらに近くで爆弾が爆発する。
その時、爆発の衝撃で天井の一部が崩れ、蹲る探偵の真上に落ちてきた。

『名探偵、危ない!!』

キッドが必死に手を伸ばした。





「カット!」

監督が声を上げると、途端にスタッフが二人に駆け寄った。

「工藤さん、黒羽さん、メイク直すのでこちらへお願いします」

一旦それぞれの控室に戻り、次のシーンのためにメイクを直す。直すと言っても、さら
にぼろぼろに見えるように汚れを足すのだ。そして服もあちこち切り刻まれたものに取
り換える。

「あ……ごめん、ちょっと台本取らせて」

髪の毛をいじっていたヘアメイク担当に断りを入れて、台本を取りに行く。
パラパラとページをめくる快斗に、周りは感心したように言った。

「こんな時にも見直しなんて熱心ですね」
「いや、ちょっと確認したいことが……」

そして、最後の方のシーンを見なおして、快斗は一人頷いた。






崩れた天井の一部が探偵を直撃する直前に助け出した怪盗は、探偵を抱きかかえるよう
に、二人で倒れ込んでいた。

『危なかった……』
『キッド……』

傷口から血を流しながら、探偵がキッドの袖を引っ張った。

『キッド、お前はここから飛んで逃げろ』
『わかってる。今名探偵も一緒に―――』
『バーロー……お前、その腕で俺を抱えて飛べるわけねーだろ?』
『えっ……』

キッドは左肘を抑えた。
今探偵を助けた時に、落ちてきた瓦礫にぶつかって左肘を怪我していたのだ。上手く隠
したつもりだったのに、探偵にはお見通しだったらしい。

『でもお前を一人置いていけるわけねぇよ!』
『一人じゃねぇよ。FBIの連中も連れてきたから、もうすぐ助けに来るはずだ』

だから大丈夫だ、と笑ってみせた探偵に、怪盗は表情を消した。

『………だ』
『え?』
『嘘だ。助けがくるなんて嘘なんだろ』
『嘘じゃな―――』
『見くびるなよ名探偵。お前の嘘なんてすぐにわかる』

キッドは取り出した布で肘を強く巻き固定すると、探偵に覆いかぶさるように強く抱き
しめた。

『何があっても絶対離さねぇ。お前を落とすくらいなら、俺も一緒に落ちてやる』
『何で、そこまで……俺は探偵なのに……』
『好きだからだよ。名た……新一のことが、世界中の誰よりも』

怪盗はトランプを放ち窓ガラスを砕くと、探偵を抱きしめたまま空中へと飛び出した。




                 ***



「クランクアップ、おめでとう!!!」

スタッフの拍手と共に、いまだ抱き締め合ったままだった二人に花束が渡される。

「いい加減離せ、黒羽」
「あ、ああ」

スタッフが撤収作業に入る中、出演者たちも打ち上げに参加すべく、集まっていた。

「工藤君、黒羽君、お疲れ様」
「監督……お疲れ様でした」
「打ち上げやるから、二人とも早く着替えておいでよ」
「「はい」」

忙しく動き始めた周りに取り残されるように、二人の周りだけ誰もいないかのように空
気が静まり返っていた。

「黒羽」

喧騒の中、不思議と新一の声が通る。

「最後の台詞……何で途中で変えた? また監督か?」
「違うよ。俺が呼びたかったんだ、お前の名前を」

だから「名探偵」を「新一」に変えた。

新一は目をすぅっと細め、そして無言で踵を返した。
快斗はその背を見送るだけで、引きとめることはしなかった。



快斗が自分の控室に向かうと、部屋の前に予想外の人物が待ち構えていた。

「宮野さん……?」
「お疲れ様。クランクアップおめでとう」
「ありがとうございます……工藤の控室なら、向こうですけど」
「わかってるわよ。今日は、あなたの答えを聞きにきたの」
「答え?」
「工藤君の様子を見ていれば、あなたたちが今どんな状態なのか大体わかるわ。それで
これからあなたはどうするつもりなの?」
「……何で宮野さんに言わなきゃいけないんですか」

快斗が不服そうに言うと、志保は視線を鋭くした。

「私は彼のマネージャーでもあり、友人でもあるの。友人に元気がなければ心配もする
し、担当俳優が仕事に打ち込めない原因は解消しなくてはならないわ」
「マネージャー………そうか!」

はっとしたように顔を上げた快斗に、志保は訝しげに問う。

「黒羽君? どうしたの?」
「志保ちゃん! お願いがあるんだ。ドラマの最終回が放送される日、工藤の仕事は一
切入れないって約束してくれ!」
「え? っていうか今志保ちゃんて……」
「お願いします!!」
「い、いいけど…………」
「ありがとう!」

晴れやかな笑顔で控室に消えた快斗を見送って、志保はしばらく呆然と立ち尽くしてい
た。




















今度こそあと1話、のはず。
クランクアップはこのシーンですけど、ドラマのストーリー自体は続きがあります。






2012/09/20