(14)



「うわぁ、やっぱくーちゃん可愛いな〜」
「お前な、さっきから鳩見すぎ。ちゃんとドラマ見ろよ」
「鳩以外だってちゃんと見てるってば」
「例えば?」

新一が胡乱気に問うと、快斗は少し考えてから答えた。

「お前?」
「は……」

こいつは確信犯なのか天然なのかよくわからない。
どちらにしても心臓に悪いと、新一は溜息を吐いた。

「そういや俺、くーちゃんと写真撮ったぞ」
「えっ、何それ?!」
「ほれ」

携帯のデータフォルダを探って快斗に差し出すと、飛びつくように覗きこんできた。

「うわー、仲睦まじくて眩しい。『鳩の似合う男、工藤新一』なんつって」
「それはお前だろ」
「え?」
「頭が鳥の巣みたいでちょうどいいんじゃねー?」
「うわっ、ひど!」

快斗の頭に手を伸ばして、ぐしゃにぐしゃに掻き混ぜてやる。ふわふわした髪の毛の感触が
掌をくすぐった。

「そういやさー、このあたりからだったよな、脚本にちょいちょい変更が出始めたの」
「あー。お前の恥ずかしい台詞が増えたんだよな」
「カッコいいって言ってよ。ちょっとした流行語にもなってるらしいからさ」
「『ショーの始まりだぜっ!』」

新一が怪盗の真似をしてニヤリと笑うと、快斗もお返しとばかりに手を顎に添えて、

「『真実はいつも一つ!』」

探偵の台詞を真似て言った。

二人でひとしきりクスクス笑い合った後、新一は少し遠い目をして言った。

「それにしても、本当に探偵と怪盗のラブストーリーっぽくなっちまったな。何つーんだ?
BL?」

画面の中では、怪盗が追いついてきた探偵に向かって投げキッスをして、ひらりと窓から飛
び降りた。

「最近オープンになってきてるとは思ってたけど、月9でBL展開とは大胆だよね」
「ぜってー上から苦情くる」
「だろうなあ」
「何だよ、どうでもよさそうだな。元はと言えば、お前が――」

言葉を切った新一に快斗が首を傾げる。

「俺が?」
「え、っと。お前が……」
「ん?」
「き、キスなんかするから」

言い淀みながら赤くなって視線を逸らした新一に、快斗はぱちぱちと瞬きを繰り返した。

「え……もしかして工藤、照れてんの?」
「照れてねー!」

しかしそう怒鳴った新一の顔は真っ赤で、どう見ても照れている。
そんな新一を見て、快斗はフリーズした。

新一が照れている。
新一が自分のキスで照れている。
新一がツンデレだった。
新一が………


ぐるぐると色んなことが頭の中を飛び交う。

自分とのキスで新一が照れるなんて、快斗は考えてもいなかった。
あの時も不意打ちのアドリブに怒ってはいたものの照れてはいなかったし、現場で監督にも
台本に書いてあればやると言っていたから、役者の新一にとっては演技中のキスの一つや二
つ、何でもないことだと思っていたのだ。

それなのに、快斗とのキスを意識している。
目の前で顔を背けて小声で言い訳めいたことを呟いている新一は、とてつもなく、可愛い。

気づいた途端、快斗も頬がカッと熱くなるのを感じた。

「お、おお俺、シャワー浴びてくるな!」

急いでリビングを飛び出して、二人を隔てる扉を背に深い深いため息を吐いた。







「……逃げたな」

ばたん、と閉じられたドアを見て、風のように新一の前から姿を消した快斗を思う。

「つーか気持ち悪いだろ俺……」

男とのキスを思い出して赤くなる男なんて、気持ち悪いに決まってる。
頬に手を当てると、まだ熱を持っている。

快斗がシャワーから出てくる前に平静を取り戻そうと、テレビを消して床に仰向けに寝転がっ
た。
そう言えば難破船の演技の話をしていた時、同じところに押し倒されたことを思い出す。
思い出したらまた何だか心臓がドキドキしてきて、新一は振り払うように頭を振った。

その時。

「ん?」

ソファの下に、何かが置いてある。
まるで慌てて押しこまれたような、そんな隠し方だ。

「何だ?」

気になって寝転がったまま手を伸ばすと、分厚い雑誌のようなそれは、写真集だった。

「これ………」

数年前に出た有名写真家の写真集。メインモデルは小泉紅子だ。
モデルとして写真集に興味を持つのは不思議じゃないし、もしかしたらこの写真家のファン
なのかもしれない。
あるいは、紅子の。

紅子のことが好きなのだろうか。

女性関係の噂を聞かない快斗だが、もしかしてそれは、社長のことが好きだから………


雑誌を隠したのは、その気持ちを新一に知られたくなかったからかもしれない。
ツキンと胸の奥が痛みながらも、あんな美人が近くにいたら当然かと、納得もできた。


「……あれ?」

ページの間に何かが挟まっている。
まるで栞代わりのそれに、挟まっていたページを開いてみる。
そして、息を詰めた。

挟まっていたのは、自分の写真だった。中学生の頃の写真が見たいと言われて渋々渡した、
あの写真だ。
そしてそのページに載っていたのは―――過去の自分。

「まさか………」

意図を持って見比べてしまえば、親戚かと思うくらいには似ている一人の少年と一人の少女。
実際、当時似た面差しに気づいた者にはそう誤魔化してきた。

知っていたのか、あるいは写真を見て気づいたのか。

卓球で何かを賭けようと言い出したのは快斗だ。新一の中学生の時の写真を強請ったのも。

誰にも明かしてはならない、最大の秘密。
それが、知られてしまった。しかもそのことを快斗は黙っている。


急に怖くなった。
快斗はどう思っているのだろう。どうするつもりなのだろう。何故何も言ってこないんだろ
う。
――何故、快斗は自分に近づいた?




「工藤、今日も泊まってくか? それならお前もシャワー浴びてこいよ」

リビングの戸が開いて、タオルを頭に被せた快斗が戻ってきた。
新一はその横をすり抜けると、引きとめる快斗の声を背に、逃げるようにマンションを飛び
出した。

















あと少し…。





2012/09/08