(13)




学校の帰り、二人は駅前のドーナツ屋に寄っていた。

『黒羽、今日もうちで夕飯食べてくか?』
『あー。悪ぃ、今日はほら……』
『ああ! キッドの予告日だもんな。また見に行くのか?』
『そうそう。獲物は17世紀にヨーロッパ最高の宝石職人が研磨した深い青色のダイヤモンド、
その名もレインボースカイ! 珍しい七角形のカットで、光が当たると反射して七色の光が
煌めく様がまるで青空に虹がかかっているようだということからその名が付いたんだ。これ
までアメリカの博物館に所蔵されていたのが、今回特別に一週間だけ日本にくるんだ!』
『詳しいな……』
『ファンだからねっ』

うきうきと言った快斗に、新一は苦笑した。

『お前、本当キッド好きだよな』
『そりゃあねー』

頬張っていたチョコレートドーナツを飲みこむ。

『工藤は? 現場行くの?』
『いや、今回は呼ばれてねーし。家にいるよ』
『え、呼ばれてねーの? 何で?』

快斗が驚いたように問い返した。
怪盗キッドと高校生探偵はすでに世間的にライバルとして認識されていて、当然怪盗キッド
の現場に要請がかかっているものだと思っていたのだ。

『何でって……今までは暗号を解いたついでに助言求められたり、宝石の持ち主に依頼され
たりしてたから現場に行ってただけだからな。今回は予告状の暗号も簡単で警部が自分で解
けたみてぇだし、依頼もきてねぇし。……俺が行く理由ねぇだろ』
『そうなんだ……ちぇっ、怪盗キッドと名探偵の対決、楽しみにしてたのにな』
『お前、キッドが捕まってもいいのかよ』
『キッドが捕まるわけねーじゃん』
『オメーな……』

新一は頬を引き攣らせた後、一つ息を吐いて言った。

『……確かに、俺にはキッドを捕まえらんねぇかもしんねーな』
『……工藤?』
『あー、その、何だ。キッドには、色々借りがあんだよ。不本意ながらな! だからそれを
返すまでは捕まえらんねぇっつーか』
『へぇ』

快斗は最後に残っていたアイスティーを飲み干すと、時計を確認して立ち上がった。

『んじゃ、俺そろそろ行かねーと』
『ああ。俺も出る』







『さて。今日のお仕事も無事完了、と』

普段よりも一層華麗なショーをで観客を沸かせ、警察を撒いた後で降り立ったのは東都タワー
の展望台の上。

風はすっかり秋の気配を纏っている。
眼下に広がる都会の夜景も壮観だったが、澄みきった空に浮かぶ一際明るい満月も美しかっ
た。

『おっと、月見をしにきたんじゃなかった』

まあ、ある意味月見だけど。

怪盗は胸ポケットから今晩の獲物「レインボースカイ」を取り出した。
ビッグジュエルには入るが、大きさとしてはそれほどではない。これまでにもっと大きくて
価値の高いダイヤモンドを手にしてきた。
それでも珍しいカットのせいか、これを盗った時、何か特別な感情が湧き上がった気がした。

宝石を、月に翳す。


『………え』


怪盗は目を見開いた。


月光に照らされて、深い青色の中に淡く浮かび上がる七色の虹。
その七色の中の赤が、徐々に輝きを増していき、ついには他の色が見えなくなるほどに発光
した。

『……う、そだろ…………』


見つけた。



宝石に見入っていたのはわずかな時間だった。
しかし、あまりの驚きとともに湧き上がった色々な感情に気を取られて、背後の気配に気づ
くのが遅れた。

二発の銃声。

『くっ……』

咄嗟に避けて急所は外したが、腕と脚に焼けつくような痛みが走った。

思わず宝石を取り落としてしまう。
宝石は床を転がって、ちょうど手の届く範囲から出てしまった。

『どうやらそれがパンドラだったようだな』
『スネイク……!』

負傷した腕を押さえて刺客を睨みつけるが、フェンスに寄りかかって立つのが精いっぱいだっ
た。

『終わりだな、怪盗キッド』

まっすぐに銃を向けられる。狙いは頭。先ほどは失敗したが、殺し屋らしく一発で仕留める
つもりなのだろう。

(せめて、パンドラを道連れに……)

スネイクの引き金にかけた指が動き、怪盗が最後の覚悟を決めた時、突然、二人の視界を何
かがよぎった。

一発の銃声が響いた。


『え……』

何が起きたのか、一瞬理解できなかった。

銃弾は確かに銃口から真っ直ぐ飛び出していて、今キッドの足元には人が倒れている。顔は
見えないが、その特徴的な癖毛は間違えるはずもない――。

『ッ、名探偵!!!』

急いで探偵の身体を仰向けに起こすと、かろうじて意識があるのか、わずかに開けられた目
で怪盗を見上げる。

『な、んで……今日は来ねぇって言ったじゃねーか!!』
『……よ、かった』
『え?』
『間に合って、よかっ……』

そうして微かな笑みを浮かべた探偵に、怪盗は絶望的な表情で目を瞠った。

『めぃ、たんてい……』

手に、衣装に、床に、どろりと赤い液体が広がっていく。
それと同時に浸食する確かな死の気配に、怪盗は震えた。

『い、やだ……嫌だ! 名探偵! 名探偵!! ッ、新一ぃぃっ!!!』

探偵はすでに意識を失っていて、怪盗の叫びは届かない。


『な、何だそいつは……!』

突然現れた探偵にうろたえる三流の暗殺者。
怪盗は今までの比でない殺気を込めて睨みつけると、生まれた隙に探偵を抱きかかえ、その
まま背中越しにフェンスを乗り越えて。

立ち尽くす暗殺者の目の前で、二人は落ちて行った。





                     ***




スタジオは何だか異様な雰囲気に包まれていた。

「あ、あの……?」

カットの声がかかってから、いつもは聞こえるスタッフの作業のざわめきが一切ない。
それどころか、しーんと静まりかえって皆が快斗と新一を見つめていた。
その上なぜか、一同の目が赤いような……。

「あの、監督……?」
「よか、よかったよ、二人とも……!」
「うわあぁん、工藤君死なないでえぇ!」
「いや、死なないし。つーかアンタが書いたんじゃないですか……」

監督と脚本家のコンビまで鼻水を流している。汚い。

「とりあえず着替えねー、工藤?」
「ああ」

血糊べったりな主演二人はさっさとシャワー室に向かった。


「あー、来週からもう最終回の撮りじゃん」
「そうだな。何だかあっという間だったな」

隣合わせのシャワーに入り、水音に紛れながら会話を続ける。

「ってか皆泣いてたなー。どうよ、俺の迫真の演技。やっぱあの『新一ぃぃっ!』って叫び
がいいんだよな」
「ハッ、それよりぜってー俺の弱々しい微笑みの方だろ、泣けたのは。つーか俺怪盗庇うと
か超カッコイイ」
「はあ? 何言ってんの。カッコイイの俺だし。いつも俺の方がお前を姫抱きすんじゃん。
つーかあの『間に合ってよかった』の台詞、難破船の回のキッドのパクリじゃね」
「パクリじゃねー、引用だ。そしてその言葉の重なりがいいんじゃねぇか、わかってねーな」
「あーはいはい」
「お前から振ってきたくせに適当に流すな。……あー、今日どうすんだ?」
「ああ、今夜第5話放送だっけ。えーっとあれだな、メモリーズ・エッグ」
「くーちゃんが主役のな」
「うわあぁ、くーちゃんめっちゃ可愛かったよなぁ。最近の撮影だとあんま鳩と戯れるシー
ンないからさぁ。実際キッドの鳩なのにお前の方がくーちゃんとの撮影シーン多かったろ?
まじジェラシー」
「アホなこと言ってんな。……そんでどうする?」
「あ、今夜? 一緒に見ようよ」
「おう。またお前ん家でいいか?」
「おーけー。ってか工藤ん家行ったことないんですけど。何、顔に似合わずすっげ汚いとか?」
「うっせー。お前ん家の方がスタジオから近いってだけだ。……つーかこの血糊落ちねぇ」
「あー、量半端ないもんなー。お前顔と髪にも付いてたからちゃんと洗えよ」
「おー」

テンポのいい会話を楽しみながら、二人は快斗の運転する車でマンションに向かった。






















自分が見たい快新的最終回。








2012/09/03