(11)
ひとしきりヤギと戯れた後、二人は海辺に並んで座っていた。
『おいおい、ヘリに乗せてもらうとして、どうやって飛行船に乗り移るんだよ』
『それはもちろん、オメーのハングライダーで――』
『その俺を、何て言って警視庁のヘリに乗せてもらうんだよ』
『あー……』
目暮に連絡し、ヘリに乗せてもらう手筈は整えたものの、怪盗キッドと名探偵が手を組む
状況を何と説明したら良いのか。
『そこはオメー、蘭か服部にでも変装して……』
『無理。マスクの準備もなしに女の子に変装なんてできねーし、西の探偵も濃い色のファ
ンデがないと』
『使えねーな』
『おいコラ』
探偵が少し考えるように手を顎に添える。
『キッド、オメー、前に俺のこと調べてたよな』
『まあ、敬愛する好敵手のことですから?』
『じゃあ、黒羽快斗って知ってるか?』
『え゛』
うっかりポーカーフェイスを落とした怪盗には気づかずに、探偵は続けた。
『だってオメー、マスクなしで俺に化けられるってことは、地が結構似てるってことだろ?
黒羽って奴も俺と似た顔立ちだし、あいつになら多少の化粧で変装できるんじゃねぇか?
まあちょっと違ったとしても、一課の二人が黒羽の顔を知ってるとは思えねぇし』
『え、いや、まあ』
『なあ、できるだろ?』
あくまで無垢な瞳で強請るように寄ってくる探偵に、怪盗は押される形で頷いた。
***
カメラが止まった途端、新一は小さなくしゃみをした。
「さみぃ……」
「工藤、これ着てろ」
快斗が素早くキッドの衣装のジャケットを脱ぎ、新一に羽織らせる。
この話の季節設定は夏だが、実際の季節はまだ春に入ったばかりだ。半袖で海風に吹かれ
るには早すぎる。
冷え切った身体に、ジャケットの温もりが心地良い。さっきまでそれを着ていた快斗の体
温が残っていて、まるで抱きしめられているような錯覚を覚えて頬が紅潮した。
――工藤とだったらいいかな、って。
唐突に前回の撮影の時に言われた言葉を思い出して、さらに赤くなる。
「工藤? 大丈夫か? 顔赤いけど」
「だっ、大丈夫だ」
「そうか? このシーンの確認終わったら今日はもう終わりだからさ、ホテル行って温泉
にでも入ろうぜ」
「ああ、そうだな」
「そんで卓球勝負だ!」
「卓球台なんてあんのか?」
「さっきスタッフに聞いた〜」
「お前な……」
気が早い快斗には悪いが、もう少しの間、このジャケットを手放したくないと思ってしまっ
た新一だった。
二人連れ立ってホテルの温泉に向かうと、中は他に誰もいなかった。
「ラッキー、貸し切り状態だな」
「スタッフさんたちは集まって会議やってるからな」
広々とした風呂に二人きり。
背格好は似ていると思っていたけれど、どうやら快斗は着痩せするタイプらしいことがわ
かった。無駄のない筋肉が羨ましい。
無意識にじろじろ見ていると、快斗の方も新一を見ていた。
「この間抱きしめた時も思ったけど、工藤って結構華奢だよなー」
「えっ」
この間、というのはいつのことだろう。
撮影の時? それとも、快斗の部屋に行った時?
「色も白いし、美人だし。もしかして中学生の時は男女ともにモテたクチ?」
「ばーか、そんなんじゃねぇよ」
「えー?」
すぐ隣に浸かっていた快斗がにじり寄ってくる。心なしか視線が下だ。
「っていうか工藤のって……可愛いね」
「ッ! うるせー! 俺のは普通だっ。オメーのがでけーんだよ!」
「いやん、新ちゃんのえっち」
「きもいっ、寄るな!」
湯の下でげしげしと蹴りを繰り出すと、ニヤニヤしながら快斗がさらにすり寄ってくる。
すると、唐突に脱衣所との間の扉が開いた。
「君たちほんと仲良いねぇ」
「か、監督っ!」
どうやら会議は終わったらしい。
「お疲れ様です」
「お疲れ様。君たちが仲良いと現場が和むからね。助かるよ」
「そんじゃもっと仲良くしよーね、新ちゃん」
「新ちゃん言うな」
そろそろ身体も熱くなってきたし、ほかのスタッフの影もちらほら脱衣所に見え始めたこ
ともあって、新一と快斗は揃って風呂を出た。
「工藤〜」
風呂の前の休憩所でお茶を飲んでいると、快斗がスリッパをパタパタ言わせながら走り寄っ
てきた。
「フロントで借りてきた」
そう言って卓球のラケットを差し出してくる。
「ホントにやんのか……」
「もっちろん!」
「やるからには負けねぇぞ」
「望むところだぜ!」
激戦は他のスタッフたちが風呂からあがってくるまで続けられ、卓球台の周りには二人の
勝負を観戦するスタッフたちの輪ができた。
中には、小型のカメラを回し始めるカメラマンもいたのだが、本気になった二人が気づく
こともなく。
「ゲームセット!」
「くっ」
「やったー!」
結局何度もデュースとアドヴァンテージを繰り返した後に快斗が勝利を収めた。
「くそ〜」
「へへん。約束通り、今度中学生の時の写真見せろよ」
「う……」
「そんなもの賭けてたのかい、君たち……」
ホテルとは言いつつも洋室と和室と選べるタイプらしく、新一と快斗は、特に快斗の強い
希望で和室になった。
そう、同室なのだ。
「何でお前と同室なんだ……」
「しょうがねーじゃん、手違いで一室予約取れなかったんだから」
「いや、俺には何か意図的なものが感じられるんだが」
大体一室足りないからと言って、真っ先に新一と快斗に頼んでくるあたりが怪しい。
「しかも和室って」
「いいじゃねーか。 温泉って言ったらやっぱ布団だろ! まくら投げできるし」
「お前は中学生か!」
まるで修学旅行みたいなノリに、新一は少し緊張していたのが馬鹿らしくなった。
「おら、さっさと寝るぞ」
「えー、まくら投げは?」
「一人でやってろ!」
新一がさっさと布団に入ろうとすると、背後から不服そうな声が上がった。
「えいっ」
「おわっ?!」
背中に衝撃。
見なくともわかる。まくらだ。
「……てめー」
「え。わっ」
すかさず投げ返すが、受け止められてしまった。
へへん、と笑う快斗にむかっときて、自分のまくらも投げつける。
するとそれも受け止められて、今度は二つのまくらを同時に投げられた。
「うわっ」
視界が一瞬、白に遮られる。
まくらをキャッチしてほっと息を吐いた瞬間、更なる衝撃に新一は後ろに倒れた。
快斗が突っ込んできたのだ。
「くすぐりの刑〜」
「わっ、ちょ、おま……ふぁ、そこ……やめろってっ」
「う……や、やめませーん」
「ちょ、黒羽ぁ!」
何故か若干弱まった快斗の手に、少し涙目で訴える。
その時だった。
「はーい、こんばんわ! ドッキリ突撃隊でーす。工藤さん、黒羽さん、お休みのところ
失礼し、ま……す?」
「「………………」」
入ってきたのはマイクを持ったスタッフとカメラマン。
カメラの脇には赤いランプが点いている。ばっちり回っている。
新一と快斗は固まったまま、現状を確認した。
乱れた布団、散乱したまくら、そして新一の上に乗り上げている快斗。
「え、えーっと。何、してらしたんですか?」
何だか気まずい空気の中、とりあえず用意してあったんだろう質問をするスタッフ。
「「ま、まくらなげ……?」」
固まったままの身体と頭で、何とか答えた二人だった。
続
ドラマと現実と同時にそろそろ話のクライマックスへ。
2012/08/27
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