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スタジオの廊下は慌ただしく移動するスタッフたちで雑然としていた。
「あ、黒羽さん、控室はこちらです」
快斗と寺井に気がついたスタッフが案内してくれる。となりの扉の横には、工藤
新一の名前があった。
例のインタビュー以来、工藤新一が一体どんな人間なのか気になっていた。自分
に似ていると言われて、珍しく対抗意識が芽生えたのだ。
隣のドアをじっと見つめていると、突然それが開いた。
「あ……」
目が合って、数瞬、沈黙が流れた。
その間に、快斗はぼんやりと思った。
確かにテレビで見たように顔の造形はそれなりに似ているかもしれないけど、や
っぱり自分とは全然違う、テレビで見たよりももっと綺麗で肌白くて髪艶々で何よ
り目が青くて空みたいで吸い込まれそうで宝石みたいに綺麗で――――。
「あ、あの……?」
「へ? あ! いや、えっと」
無意識に観察しすぎていたようだ。つい見惚れて――いやいや、男相手に何考え
てるんだ俺。
気を取り直していつもの人懐こい笑顔を浮かべる。
「はじめまして、黒羽快斗です。これからよろしくお願いします」
「ああ、黒羽くんね。はじめまして、俺は工藤新一。同い年だから、敬語はなしな。
俺のことは工藤でいいから」
「そ? じゃあ俺も黒羽でいいよ」
「オッケ。よろしくな黒羽」
そして綺麗に笑った彼は、本当に綺麗で、優しそうだった。
***
ドラマの舞台は東都のど真ん中、立ち並ぶビル群。
平成のルパンと謳われる怪盗キッドとそれを追う平成のホームズ、探偵工藤新一
の対決。ミステリー、アクション、二人のそれぞれの日常、そして非日常の攻防の
中でやがて生まれる不思議な信頼と友情。
その第一話は、二人がニアミスする事件。
『か、怪盗キッド!!』
『中森警部。残念ですが、今度はあなた方とじゃれている時間はありません。どう
やら少々頭の切れるジョーカーを味方につけていられるようですし』
地上数十メートル、時計台の文字盤に現れた白い怪盗。
もちろん巨大な文字盤はスタジオのセットだが、実際に江古田にある時計台をモ
デルにしている。ヘリコプターの風に見立てた強風がスクリーンとマントを揺らす、
それなりに大変な撮影状況の中、快斗は不敵な笑みを浮かべた。
「お疲れ、黒羽」
「工藤。見てたんだ」
「ああ。この次俺のシーン撮るしな」
「あー、ヘリのやつな」
セットから離れたところで二人言葉を交わす。
「初めての役者の感想は?」
「んー。工藤から見てどうだった?」
本音では結構自信のあった快斗だったが、本業の新一を前にそう言うのは不安が
あった。だが新一はふっと笑って言った。
「お前、その顔は自信ありだな」
「げ」
ポーカーフェイスには自信があったから、あっさり見破られたことに少し落ち込
む。
「なかなか良かったぜ。初めてとは思えねぇ。お前と芝居するのが楽しみになって
きた」
そう言ってセットに入っていった新一を見送りながら、快斗は頬が緩むのを抑え
られなかった。
ヘリコプターの中。慌てる警部を余所に、高校生探偵が銃を構える。
『さあ、マジックショーのフィナーレだ。座長の姿を拝見するとしましょうか』
『そういえば目暮警部、まだ聞いてませんでしたよね、その泥棒の名前……まあ、
いっか』
それが二人の、互いの姿を見ることなく終わった、初めての対決。
セットの傍で新一の演技を見ていた快斗は、役に入った途端壮絶なオーラを纏っ
た新一に鳥肌がたった。存在感一つでその場の雰囲気をガラリと変える。
中森と電話しながらヘルメットを脱いだ時、初めて顕わになる青く煌めく瞳と、
気だるげに、しかし挑戦的に発せられる台詞。
『工藤新一。探偵ですよ』
カメラに真っ直ぐに向けられた強い視線に、映像を見ていた快斗はまるで、自分
が射抜かれたように感じたのだった。
***
「工藤くんお疲れ様! いやー、相変わらずさすがだね! ほとんど撮り直しない
し」
「お疲れ様です。また明日もよろしくお願いします」
挨拶を済ませると、マネージャーからペットボトルの水を受け取る。
「お疲れ様」
「サンキュ」
「今日はまた一段と調子いいみたいじゃない」
「わかるか志保」
「ええ。もしかして今回の共演者のおかげかしら」
「ああ、ちょっとだけ見てたけど、あいつ、なかなか……」
コンコン。楽屋のドアがノックされた。
「はい?」
「俺。黒羽だけど」
「ああ。どうぞ」
「じゃあ私は車を回してくるから」
「ああ、頼む」
ドアが開いて、志保と入れ違いに快斗が入ってくる。
「あれマネージャー? 美人だねー」
「ああ。元モデルだからな」
「元モデルがマネージャー? もしかして恋人とか」
「違うって! 長い付き合いだからな……そのよしみで面倒みてもらってるだけだ」
「へぇ」
快斗は志保が出ていったドアを見つめた。
「それで? 何か用があったんだろ?」
「あ、ああ。明後日オフだろ? 良かったら、食事でも一緒にどうかと思って」
「ぷ」
「へ?」
「あ、いや悪い。なんか女性を誘っているみたいだなって」
「ちがっ! そうじゃなくてただ――」
「わかってるって。これから長い付き合いになりそうだし、親睦を深めるのも必要
だよな」
くすくす笑う新一に、快斗は仏頂面を作るつもりが思わず見惚れそうになった。
***
「食事? 彼と?」
「ああ、だから明後日の午後は何も入れないでくれよ」
「わかったわ」
志保の運転する車で、米花町の家まで送ってもらう。といっても、彼女の家も隣
だから、一緒に帰っているようなものだ。
「でも珍しいんじゃない? あなたが初対面の人と食事に行くなんて」
「そうか? でもこれからしばらくは一緒に仕事するわけだし」
「そうね」
本当に珍しいのは、初対面の人間をそこまで気に入るということなのだけれど、
と志保は心の中で呟いた。この仕事が新一に良い刺激を与えることを、志保は願っ
た。
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時計台……
2012/04/11
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