<序>
白いスクリーン、眩しいフラッシュ。
カメラのレンズと、大勢のスタッフたちの視線は中央の青年ただ一人に向けられ
ていた。
「はい、オッケー。お疲れ様!」
「ありがとうございましたー」
「お疲れ様です」
「坊ちゃま、社長がお呼びです」
「今?」
「はい」
「……わかった。事務所へ」
撮影が行われたスタジオからそう遠くはない事務所へ、車を出してもらう。
裏口から滑り込んで最上階の社長室に辿り着くと、ノックもなしにドアを開けた。
「……早かったのね。ノックくらいはしてほしいものだけど」
執務机の向こうに、目を瞠るほどの美女が座っていた。長く美しい黒髪は光の加
減で赤みがかって見え、長い睫毛が切れ長の妖艶な目を縁取っている。
もっとも彼女のそんな美しさも、来客用のソファに踏ん反り返っている青年には
何でもないようだが。
「お前が呼び出したんだろ。何だよ、仕事の後に」
「その前に、今日の仕事は上手く行ったのかしら? ちょっと機嫌が悪いようだけ
ど」
「……スタッフの手際が悪かったからちょっとイラついただけだ。俺の方は問題ね
ぇよ」
「そう、それならいいわ」
「それで本題は?」
あからさまに不機嫌面の快斗に、紅子は諦めたようにため息をついた。
「少し大きな話だから、早めに話しておこうと思ったのよ」
「次の仕事のことか?」
「ええ」
「仕事の選別は大抵お前と寺井ちゃんに任せてあるだろ? その面ではお前を信用
してるぜ、俺は」
「それは嬉しいわね」
美しい女社長は薄く微笑み、そして言った。
「今度は俳優デビューしてみる気、ないかしら」
***
日本のモデル業界を賑わす若きモデル、黒羽快斗。
有名ファッション誌と契約し、それ以外にもテレビCMや広告、最近ではテレビの
バラエティー番組やラジオ番組にも出演している、今一番売れているモデル/タレ
ントだ。
彼の顔を知らない人などいないのではないかというほど注目を集めているその理
由には、ルックス以外にも、礼儀正しいながら人懐こく憎めない性格もあるだろう。
そんな彼が、今度は演技に初挑戦。
来シーズンの月9ドラマに出演、しかも主役に抜擢されたというニュースでエン
タメ業界は持ちきりだった。
しかしそれだけではなかった。ドラマにはもう一人、主役がいるのだ。そしてそ
の人物こそが――――
「黒羽さん、今度初めてドラマに挑戦するそうですが、意気込みを聞かせてくださ
い」
「演技経験もなしにいきなり主役に抜擢されて正直不安はありますが、精一杯頑張
ります。幅広い活動は僕にとってもいい経験になるはずですので、クランクインが
楽しみです。現場の皆さんと協力して、良い雰囲気の中で良い作品を作りたいです
ね」
「確かクランクインは来週でしたね」
「はい。まだ撮影も始まっていないのに、皆さん情報が早すぎますよ。途中で役を
降ろされたらいい笑い者ですね(笑)」
エンタメ情報番組に招かれて番宣を兼ねたインタビューを受けているところだ。
快斗の柔らかい笑顔を前に、インタビュアーの女子アナの頬がわずかに紅潮してい
る。
「それでですね、今度のドラマ、主演が黒羽さんのほかにもうお一人いらっしゃる
との情報が入っているんですが」
「はい、そうみたいですね」
「それが何と! あの工藤新一さんだという噂があるんですが!」
「え、ええ」
女子アナのテンションが一気に上がり、その勢いに快斗は少し押され気味になっ
た。
「工藤新一さんと言えば、若手実力派として今最も注目を浴びている俳優ですよね。
そんな工藤さんと、トップモデルの黒羽さんとの共演、しかもダブル主演はまさに、
日本の女の子たちの夢と言えるでしょう」
「そう、なんですか……」
「ところで工藤さんと面識は?」
「あ、実はまだ一度も」
「それじゃあ実際に会ってみたら、テレビで見るよりもっと驚くでしょうね」
「え?」
「工藤さんと黒羽さんって、お顔がよく似ているんですよ。雰囲気はだいぶ違いま
すけど。親戚じゃないかってよく噂されてますよ。御存じありませんでした?」
インタビューはつつがなく終了した。
「工藤新一、ね」
<1>
ついに始めてしまった芸能界もの……
2012/04/08
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