「あそこがホテル・ベリッシモ・ポルト……」
「集まってきてるな」
 
次々と黒い車が正面に停まるのを双眼鏡で確認する。
 
「それより……」
 
徐に新一が双眼鏡を下ろして綱吉を振り返った。
 
「その骸って人、ちゃんと来てくれるんだよな?」
 
まだ一度も相見えていない待機組の骸に、少しの不信を覚えて問う。だ
が綱吉は躊躇いなく頷いた。
 
「ああ、大丈夫」
「いつも後からひょっこり現れるタイプだからな!」
「あ、そう……」
 
それならいいけど、と新一は再び双眼鏡を覗き込んだ。
いずれにせよ、待機組の出番までまだ時間はある。
 
「一階のレセプションホールと最上階のカジノラウンジを貸し切ってる。
表向きのパーティーはホールでやって、怪しげな取引はラウンジでって
わけだ」
「楽しそうなパーティーだこと」
「潜入のタイミングはほとんどの招待客がホールに集まる、マッジョー
レのスピーチの間だ。俺が合図する」
「セキュリティー管理室は十五階、防犯カメラの映像はそこと支配人室
で見られるようになってる。そっちは頼みますね、リボーンさん、入江
さん」
「奪還組は、地下の配電室でひとまず待機。移動は非常階段を使ってく
れ。通信機器の調子はいいか?」
「うん、問題なし」
「そろそろ行くぞ」
 
バンの扉に手をかけた新一を、綱吉が呼び止めた。
 
「ちょっと待って、入り込むのに招待状はどうするの?」
「そんなもの必要ねぇよ」
「え?」
「俺たちは招待客として入り込むわけじゃねぇからな」
 
言いながら、羽織っていた薄手のコートの前を開ける。
 
「! それって……!」
 
白いシャツに黒いベストとネクタイ。
快斗の方は形の違うベストと蝶ネクタイだ。
 
「客じゃなくて従業員に化けたほうが、ラウンジに入りやすいからな」
「でも従業員はIDカードがないと入れないんじゃ……」
「それは用意済み〜」
 
快斗の手から二枚のIDカードが出現する。顔写真に写っているのは素顔
の二人とは若干違う顔だ。これからその顔に変装するということなのだ
ろう。
 
快斗が手を一回翻すと、IDカードが七枚に増えていた。
一枚ずつ全員に配る。
 
「ごめんごめん、渡すの忘れてた。だいたいの場所はそれで開くはず。
総支配人にしか権限のないところはパスワードを入力しなきゃなんだけ
ど、まあ今回は必要ないでしょ」
 
カードが行き渡ったところで、新一が腕時計を見た。
 
「時間だ」
 
 
 
               ***
 
 
 
裏の従業員用口から入り込み、従業員用エレベーターの前で快斗と新一
は別れた。
 
「そんじゃ、そっちはよろしく」
「おう」
 
快斗はそのままエレベーターで最上階のラウンジへ。
新一は、一階のレセプションホールへ。
時間差で、監視組と奪還組も潜入する予定だ。
 
 
何食わぬ顔で準備室に寄り、よく冷えたワインの栓を抜くと、ソムリエ
もかくやといった手つきで丸い盆の上のグラスに注ぐ。そして左手で器
用に盆を支えると、新一は他のボーイに交じってホールへ入っていった。
 
「それ一つ」
「どうぞ」
 
グラスを配り歩きながら、招待客の顔をデータと照合していく。
 
(ベルティー二・ファミリーの人間はまだ来ていないな)
 
トレイの上のグラスがなくなる頃、パーティーの主催者、マッジョーレ・
ファミリーのドンが壇上に上がった。
見計らったように照明が少し暗くなる。
 
どこからともなく、拍手が沸き起こった。

「スピーチが始まった。みんな、裏から潜入してくれ」
『了解!』
 

パーティーの幕開けだ。
 
 
 
               ***
 
 
 
『マッジョーレのスピーチが終わった。今は招待客と話している』
 
新一の報告に、快斗は唇をほとんど動かさないように襟元の小型マイク
に答えた。
 
「了解。ベルティーニは確認できる?」
『それが、まだ来てねぇみたいなんだ』
「まだ来てない? ……これから傘下に入るってのに、ボスの誕生パー
ティーに遅れてくるか……?」
『招待状は確かに出されてたよな……』

イヤホンの向こうで、新一が考え込んでいるのがわかる。

「……とにかく、こっちは準備OKだよ」
『監視組は?』
 
すると、横からリボーンの声が入ってくる。
 
『問題ない。無事潜入してセキュリティー管理室にいる。支配人室のモ
ニターの映像をフェイクに切り替えるタイミングは、工藤、合図をくれ』
『了解』
 
通信が切れる。
 
ディーラーたちに交ざってカードやコインの準備をしながら、快斗は耳
の中の通信機の受信電波を盗聴器に切り替えた。
 
ほとんどの範囲をカバーできるように、ラウンジのいたるところに盗聴
器を仕掛けてある。
カジノテーブルの下、ルーレットの裏、バーカウンターの下、トイレ、
ソファのクッションの隙間……。
 
入江とともに改良した、小型ながらかなりの感度を誇る代物だ。 

小さなダイヤルを回して、受信信号を切り替える。

『……の数は足りてるか?』
『はい、冷蔵庫に今五袋――』

カチリ

『そろそろ下から客が来るぞ』
『こっちのテーブルは準備できてる』

カチリ

『……の奴どこ行ったか知らないか?』
『今日はヘルプで下のホールに駆り出されてます。後で戻るって……』

カチリ


メインエレベーターがチン、と粋な音を鳴らして開き、数人の気の早い
客がカジノラウンジへ入ってきた。

「こんばんは。いらっしゃいませ」
「やあ。私たちが一番乗りみたいだね」

マッジョーレはいない。招待客はかなりの数だから、挨拶回りに時間が
かかるだろう。

「君、腕はいいかい?」
「ええ」

一杯引っかけた客の一人に声をかけられて、快斗はにこやかに答えた。

「それじゃあまずはブラックジャックでも。皆さん、こっちで一緒にや
りませんかな」

その呼びかけに応えて、二人がやってきてテーブルの周りに座った。
それを取り囲むように数名の見物客が立つ。

快斗は滑らかな手つきでカードを配った。この中に要注意人物はいない
から、何の仕掛けもないただのカードゲームだ。



『……快斗、マッジョーレがホールを出る』

何ゲームか終わったところで、新一の声が耳に入ってきた。
了解の合図に、襟元を一回タップする。

『俺もそっちへ行く。入江さん、支配人室の防犯カメラ映像をフェイク
に』
『オーケー。一階の廊下は五秒後に切り替わる。3、2、1……』






















2013/05/30