「ところで入江さん、リングのケースはどんなものですか?」
「スペアがあるよ。これだ」

入江が差し出したのは、シンプルだがかなり頑丈なケースだった。鍵穴
を見れば、スペアキーをつくりにくいタイプの鍵だとわかる。

「幸い鍵は別に保管していたから、盗られたのはケースだけなんだ」
「見せて」

快斗がケースを手に取る。こういうのは快斗の領分だ。

「どうだ?」
「なるほど、二重構造になってるのか……これは開けるのに苦労しそう。
中のリングのことを考えると、無理やり壊すのはリスクが大きすぎるな。
キーがないなら、盗ったはいいけど、まだ開けられていない可能性は高
そうだ」

俺なら開けられるけどね、と新一にだけ聞こえるように呟く。

「それなら、ケースが開けられる前に奪還してぇな」

リボーンの言葉に新一が頷く。

「作戦を立てましょう」

新一は手を顎に添えた。静かに見える瞳の裏で、頭の中は目まぐるしく
回転しているのだろう。


「新一」

小さな呼びかけだったが、新一は顔を上げて快斗を見た。

「ナポリで、別のファミリー主催のパーティーが開かれるらしい。ベル
ティーニのドンも招待されてる。今週の土曜だ」
「……なるほど。どうやら黒幕は別にいたみたいだな」
「どういうこと?」
「本当にボンゴレを潰したいと思っていたのは別のマフィアだったって
ことだ。おそらくこのパーティーの裏でリングの受け渡しをするんだろ
う。ベルティーニ・ファミリーにリング強奪を企てさせたのは目くらま
しのつもりか」
「どこのファミリーだ?」
「えーと、マッジョーレ……知ってます?」
「!!」

リボーンたちに緊張が走った。

「何かありそうですね」
「……数年前、ひと悶着あった奴らだ。マッジョーレのボスの愛人が殺
されて、うちが疑われた」
「犯人は見つかったんですか?」
「いや。こういう世界だからな。覇権争いは常にある。うちのもんじゃ
ねーとも言い切れねぇ。結局、抗争に発展してやり合った」

そこまで聞いて、それまで黙っていたビアンキが口を開いた。

「マッジョーレとベルティーニに繋がりがあったとは知らなかったわね。
ベルティーニはボンゴレリングを貢ぎものとしてマッジョーレの傘下に
入る気なのかしら」
「かもしれねーな」
「まあ目的が何にしろ、取引場所がわかれば何とかなるさ」
「どうするつもりだ?」

リボーンの問いかけに、二人は楽しそうな笑みを浮かべた。

「それはもちろん」
「潜入捜査だ」
「せ、潜入捜査って」
「「大丈夫なのか?」」

山本と獄寺の声が重なったが、込められた意味は違うものだった。
山本は危険な潜入捜査に対する二人の心配、獄寺は潜入という大役を任
せて大丈夫なのかという危惧。
リボーンも無言で見つめてくる。

「大丈夫さ。餅は餅屋、だろ?」

新一が快斗をちらりと見て言う。

「餅屋? どう意味だ?」

捜査は探偵の得意分野かもしれないが、一介の探偵が潜入捜査なんて、
普通しない。

「まあ、それはおいおい」

快斗の作り笑顔にリボーンは黙ったが、引き下がらなかった者がいた。

「さっきから誤魔化しやがって、いい加減吐けよ! てめーら一体何モ
ンだ!」

獄寺が噛みつく。ボスの右腕としては、得体の知れない人間を味方につ
けるのは不安だろう。裏切りを忌避する組織にいたら、それは当然の反
応だった。新一と快斗にもその気持ちはよくわかった。

新一は獄寺の真っ直ぐな視線を受け止め、小さく息を吐いた。

「味方に疑われてたんじゃやりにくいからな、少しネタばらししておこ
うか……数年前に、アメリカの巨大裏組織を瓦解させようと各国の警察
組織が動いていたのは知ってるんじゃないか? あんたらイタリアンマ
フィアも無関係じゃなかったはずだ」

リボーンが少し視線を巡らせる。

「……ああ、あの時のか。あれで新大陸の裏社会の勢力図が様変わりし
たんだったな。イタリアの方にも、経済的な影響はあった」
「奴らを瓦解させた作戦のリーダーが……俺たちです」
「何?」

リボーンが驚いたように見返す。

「あれはFBIとCIA、それからこっちの大陸の方じゃICPOが少し動いてた
と聞いたが」
「ええ、表向きには。でも裏で指示を出していたのは、俺たちです」
「何で君たちが……?」

綱吉が周りの疑問を代弁するように問う。
確かに、一介の探偵と、そしていたって一般人のはずのマジシャンの青
年が関わるような事件ではない。

「巻き込まれたんですよ、俺は」
「俺だって似たようなものだよ」
「オメーはどっちかっつーと積極的に関わってたような……」
「つーか新一の場合はもう必然の域だよね」
「どういう意味だコラ」
「また始まったよ……」

二人のじゃれ合いのような言い合いに、同じような光景は何度も見せら
れた綱吉は苦笑した。

「はいはい、二人が仲いいのはわかったからさ」
「仲良いって何だ」
「仲良いどころじゃないよっ」
「オメーは黙ってろ」
「い゛っ……ひどいよ新一ぃ」

脛を押さえてしゃがみこむ快斗の頭に、肘を乗せて寄りかかる。

「とにかく。俺たちは二人とも、組織の奴らに喧嘩を売られたから買っ
てやっただけだ」
「わー、新一さんオトコマエー」
「何で棒読みなんだよ」
「いい゛っ、いだだだだっ、肘ぐりぐりって、肘っ……」
「…………」

だいぶ二人の力関係がわかってきた綱吉たちだった。


「さて、わかってもらえたところで作戦を説明するぞ」

新一が綱吉たちに向き直る。

「大きく分けて四つのチームに分かれる。一つ目はパーティーに入り込
む奴ら。要するに陽動だな。二つ目はその隙にリングをとり返す奪還組。
三つめはセキュリティールームに忍び込んで防犯システムや電気系統を
チェックして、奪還組と陽動組に指示を出す奴ら。そして四つ目は付近
で足を用意して待ってる待機組みだ」
「俺と新一は陽動組ね」

新一の足元で頭を押さえて蹲っていた快斗が、いつの間にか復活してい
た。

「次に奪還組が、ツナ、山本、獄寺君ね。監視組は入江さんとリボーン
さん、お願いします」
「何か……俺たちとリボーンたちで態度違くねぇか?」
「気にしたら負けだよ、山本……」

「ちょっと待てよ」
「何かな獄寺君」
「俺たちが奪還組なのはいいとして、お前たちに陽動なんて危険なこと
できんのかよ。パーティーの招待客として正面から入り込むなら武器だ
って没収されるし、敵に接触して顔を覚えられる可能性だってあるんだ
ぞ。大体お前らは一部の人間には有名なんだろーが。いくらアメリカの
組織を潰した実績があっても、陽動なんて派手な真似――」
「獄寺君、心配してくれてるの?」
「だ、誰が心配なんてっ!」
「わー、ツンデレだ」
「ツ、ツンデレっ?!」
「快斗、あんまり獄寺君をからかうなよ。……獄寺君、心配は嬉しいけ
ど、俺たちなら大丈夫だ。こういうのは慣れてるし、顔もこのままでは
いかねぇからな」
「ああ、もしかしてさっきの……」

宿で追手をやり過ごした時の変装を思い出した綱吉に、快斗がウィンク
した。その途端、突然快斗の身体からピンク色の煙が噴き出した。

「おわっ」
「何だっ?!」

数秒後には煙が晴れ、そこに立っていたのは……

「や、山本?!」
「わっ、俺が二人いる!」
「どういうこと?」
「幻覚か?」

本物の山本と突然現れた山本との間を四対の目が行ききする。そっくり
で見分けがつかない。

「いつの間にマスク作ってたんだよ……」
「さっきトイレでちょいとな」

声も口調も山本そのもので、一同はますます混乱した。

「お前……黒羽なのか」
「ぴんぽーん♪」
「ええっ?! 黒羽君?!」
「俺にそっくりなのな!」
「まるで鏡を見てるみたいだわ」

山本の姿をした快斗は、悪戯が成功した子供のように笑った。

「どうよ、俺の変装術」
「変装術はこいつの十八番のマジックだ。姿かたち、声、人格まで完璧
にコピーできる」
「さすがに同じ服は用意できなかったけどね」
「す、すごい」
「今の一瞬で……!」

一同が驚嘆の声を上げる。

「クロームや骸の幻術で誰かに化けることはできるが……」
「これなら、幻術を操る敵に見破られる心配もないわね」
「そういうわけで、潜入に関しては心配いらねーよ」

リボーンたちが満足したところで、新一が説明を再開した。

「おそらく一番危険なのは館内の電気室とセキュリティールームだ。侵
入者の存在に気づかれたら真っ先に防犯システムを確かめに敵がやって
くるところだろうからな。だからここは入江さんのガード役としてリボ
ーンさんに行ってもらいたいんです」

新一の言葉にリボーンが頷いた。

「待機組は、誰かいい人材います? 行きは目立たないようにビアンキ
にバンか何かを出してもらおうと思うんですけど、帰りは念のためヘリ
も用意しておきたい……それに、いざって時に乗り込める戦闘力の高い
人がいいんですけど」
「それなら……骸(むくろ)がちょうど明日、日本から戻ってくる」
「え……骸に待機組……?」
「大人しく従ってくれるような奴じゃないですよ……」
「勝手に動きまわりそうだな!」
「はは……」

リボーンの提案に一気に不安そうな空気を漂わせる面々。
これはまたひと癖ありそうな人物だ。

「その骸って人に任せて大丈夫そうか、ツナ?」

リボーンの提案は尊重すべきだが、決定権はボスである綱吉にある。
新一の問いかけに綱吉は少し眉を寄せて唸り、それから決心したように
頷いた。

「うん。骸に任せよう。幻術を使えば逃げる時の撹乱もできる」
「決まりだな」


























2013/05/23