「リボーン、どうしてあの二人に依頼なんてしたんだよ? リングの捜
索と奪還なんてボンゴレの調査団と俺たちでできるじゃないか」

さっそく作戦室に案内された二人を見送って、綱吉はリボーンに尋ねた。

「特に考えがあったわけじゃねーが、あいつらは使えそうだ。頭もきれ
るし、度胸がある。……それに、ちょっとした興味だ」
「興味?」
「ああ。あいつら、まだ何か隠してるみてーだしな」



               ***



作戦室に入った途端、快斗は目を輝かせた。

「す、すごい、この設備!」

大きなスクリーンに、いくつも並んだハイスペックコンピューター、最
先端技術が組み込まれた機器類を前にして、快斗は興奮を隠せないよう
だった。

「大学の工学ラボだってこんなに進んでねぇのに!」
「君、わかるのかい?」

背後からかけられた嬉しそうな声に、快斗は振り返り、そしてさらに驚
嘆の声を上げた。

「あ、あなたは、入江正一博士! まさか、リングのメンテナンスをし
た科学者って……」
「僕だよ。僕のこと知ってるんだね」
「もちろん! ノーベル賞最有力候補者の入江さんの研究については、
よく科学雑誌で拝見しています。あの、俺は東都大工学部二年の黒羽快
斗と言います」

快斗が名乗ると今度は、入江の方が驚いた表情を浮かべた。

「東都大の黒羽快斗君? あの、首席入学で一年生の時から特例で自分
の研究室を与えられてるっていう天才? 海外の学会でも噂になってる
よ」
「えっと、恐縮です。あの、この間入江さんが開発されてた――」

快斗のテンションが上がって挨拶がいつまでも終わりそうになかったた
め、新一が割って入った。

「はじめまして、入江博士。俺は工藤新一。東都大の理学部二年で、探
偵です」
「平成のシャーロック・ホームズ! もちろん知ってるよ。僕は入江正
一。よろしくね」
「入江さん、ボンゴレだったんだ……」
「まぁ、僕も中学生時代、色々あってね。綱吉君とは、その頃からのつ
き合いなんだ」
「へぇ」

話していると、作戦室に入ってきたリボーンが命じた。

「正一、襲ってきた連中についてわかっていることについて話せ」

途端に、新一の目が探偵のものに切り替わる。

「ああ。研究所の僕の部屋で、メンテナンスの終わったリングをケース
にしまっていた時だったんだ。守衛室から綱吉君たちが到着したってい
う連絡が入ったからケースを持って、入口がある上の階に行ったら、急
に銃を持った者たちに襲われたんだ。目の前の敵に気を取られていたら、
背後から殴られて気を失っている間にケースを取られ、逃げられてしま
った。僕が確認できた襲撃者は四人だけだったけど、もしかしたらもっ
といたのかもしれない」

申し訳なさそうに言う入江の頭には痛々しく包帯が巻いてある。
手帳を取り出して、新一が尋ねた。

「入江さんの部屋というのは、研究所の地下にあるんですか?」
「そうだよ。地下は極秘の研究を行ったりする時に使うから原則的に僕
専用で、僕以外の人間は基本的に入れないようになってる。出入り口に
は掌紋・網膜・声紋・顔の識別認証システムがあるから、かなり厳重な
セキュリティーだよ」
「なるほど。では、ツナ到着の連絡が来たのは何時頃でしたか?」
「20時17分。通話記録が残ってるから確かだ」
「そして上の階に出て襲われたのは?」
「あそこは廊下が結構長いから、4、5分後じゃないかな」

新一は頷いて、てきぱきと質問を重ねていった。

「襲われた時の状況を詳しくお願いします」
「えーと、そうだ、研究所の見取り図を出すね」

入江はコンピューターを操作し、部屋の中央の大きなモニターに見取り
図を表示させた。

「僕はここのエレベーターを使って一階に行ったんだ。一階に応接室が
あって、綱吉君たちはそこで待ってると思ったからそっちに向かったん
だけど、その時ここの角から、銃を持った敵が三人飛び出してきた」
「地下から上がってくる時は、いつもエレベーターを使うんですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど、階段はほら、正面玄関とは反
対側にあるから、応接室に行くにはエレベーターの方が近いんだ」
「階段は裏の非常出口側にあるというわけですね。こちらの鍵は?」
「いつも通り締まっていたよ。開けられた形跡もなかった」
「敵は正面玄関から侵入したというわけですね」
「おそらく。警備員は殺されていたから、事情を聞くことはできないん
だけど」
「でもそんなに厳重なセキュリティーを敷いているなら、防犯カメラは
あるでしょう?」
「もちろん。僕もチェックしたよ。でも……」

入江は少し言い淀んだ。

「研究所の出入り口に設置されていた外のカメラは遠くから撃ち抜かれ
ていて何も映っていなかったんだ」
「中のカメラはどうです?」
「撃ち抜かれる直前、数秒だけ襲撃者の姿が映っていたけど、全身着こ
んでいて、顔はおろか年齢も、性別すらわからなかったよ」
「リボーンさんは、どこのファミリーの人間か見当がついてるって言っ
てましたよね?」
「ああ……ボンゴレの情報屋が、北のベルティーニ・ファミリーが抗争
をおこそうとしているという情報を掴んでいた。……草壁の取り調べに
よると、ツナを襲撃してきた奴らは最近できたばかりの弱小ファミリー
らしい。ベルティーニに雇われた可能性はある。ボンゴレリングがなけ
ればツナたちはフルパワーで戦えねーから、戦力を削ぐためにリングを
奪ったのかもな」
「ツナを執拗に狙ったのも、あわよくばボスを殺ってしまおうというわ
けですか」
「ああ。いずれにせよ、今回の襲撃者がベルティーニの差し金っつー確
証はねぇけどな」
「とりあえず、そのベルティーニの情報をあるだけくれます?」

快斗が聞くと、

「ここに入っている」

リボーンが記憶媒体を投げてよこした。

「じゃ快斗は早速その情報のチェック頼むな。オメーの方が速いし。俺
は監視カメラの映像をチェックする」

新一の言葉に、入江が記録された映像を呼び出した。

「……ところでこの見取り図は、どこのコンピューターに入っているん
ですか?」
「ここ本部はもちろん、研究所のメインコンピューターにも入ってるよ」
「それだけですか?」

新一が少し怪訝そうに確認する。

「いや、確か研究所の建設はボンゴレのナポリ支部に任せたはずだ。そ
このコンピュータにも見取り図を送っただろ」
「ああ、そういえば」

リボーンの指摘に、入江が思い出したように頷く。
新一はその答えに納得したように言った。

「ハッキングされたのはそこですね」
「え……」

すると、それまで静かに聞いていた獄寺が反応した。

「ボンゴレの最先端セキュリティーシステムをかいくぐってハッキング
したっていうのかよ? 確かに本部のセキュリティーよりは厳重さが落
ちるかもしれねぇが、それでもそう簡単に侵入できるもんでもねぇ。一
介の弱小マフィアにそんなこと――」
「ああ。だから多少、機械に詳しい奴がいるのかもな。どうだ快斗?」
「んー、こいつなんかそうっぽいよ。多少はパソコンいじれそうだ」

快斗がモニターに映し出していた情報をスクリーンに飛ばす。
映し出されたのは、最近ベルティーニが雇った情報屋と殺し屋の詳細情
報だった。

スクリーンを見つめる一同に、新一が快斗に問う。

「快斗、どうだ?」
「んー。やっぱり侵入された痕跡があるな。ハッキングされたのは支部
のセキュリティーシステムで間違いねーな」
「なっ、どうやってそんなこと……」
「ちょっくら支部のシステムにハッキング〜」
「この短時間で?!」
「やっぱり……さすが黒羽君、IQ400は伊達じゃないね」

一同が驚きの声を上げる中、新一が言い放った。

「快斗ならどこにだって入り込めるぜ。たとえ、ここ本部のメインコン
ピューターだとしても」
「んだと……?!」

獄寺が噛みつこうとするのを、新一が制した。

「人が作ったプログラムである以上、完璧なセキュリティーなんて存在
しねぇ。必ずどこかに穴があるんだ」
「まあ、俺的に一番きついのは工藤邸のパソコンだけどねー」
「工藤君の家?」

綱吉の不思議そうな問いかけに、快斗は苦笑した。

「かーなーり、厳重だもんなぁ。どこの軍事施設?って感じ。さすが工
藤優作」
「あれはただの親ばかだ」
「親ばか……」
「それにまあ、俺もちょっと手を加えたからねー。そうそうハッキング
はできないはずだぜ?」

快斗が不敵な笑みを浮かべて笑った。



「この人……女性ですね」

不意に、たった数秒間の映像を何度かリピートで見ていた新一が呟いた。

「女性? どいつだ?」
「この、防犯カメラを撃ち抜いた人物です」
「なぜ言いきれる? 体格はほとんど区別がつかねぇのに」
「走り方ですよ。快斗、オメーもそう思うだろ?」

呼びかけられた快斗は、新一の肩越しに画面を覗きこむ。

「んーどれどれ……ああ、そうだな、これは女の人っぽい。肩と腰と腕
の動きが、何つーか、固くないんだよな。ここに骨格の差が出てくる」
「ベルティーニ・ファミリーの中に女性のヒットマンはいるか?」
「ちょっと待ってな……ああ、いるね。腕のいいのが」
「やっぱり首謀者はベルティーニで決まりか。支部のシステムに侵入さ
れるとはな……」
「それじゃあ、研究所のメインコンピュータがハッキングされていない
かどうかもチェックしたほうがいいかな」

入江の提案に、新一は首を振った。

「いえ、研究所のメインコンピュータは平気でしょう。もしハッキング
されていたら、セキュリティー自体をいじっていたはずです。例えば、
防犯カメラを切るか映像をすりかえるかしたり、地下に通じる扉の認証
システムを無効化したり。その方が、防犯カメラに映ってしまうリスク
を負って撃ち抜いたり、あなたを、他に人がいる一階に呼び出すよりも
ずっと効率的ですからね。それがないということは、見取り図しか盗み
見されていないということです」

それに対し、リボーンが疑問を投げかける。

「しかしこの女、侵入して真っ先に防犯カメラを撃ち抜いている。ここ
のカメラはわかりにくくしているから、元からカメラの位置を知らない
とそんな芸当はできねぇはずだ。見取り図には防犯カメラの位置なんて
記載してねぇぞ」

新一は再びゆるく首を振った。

「いえ、この見取り図さえあれば、どこにカメラがあるかおおよその見
当はつきます。特に防犯に気を遣っている施設ですからね、死角は最小
限に、最も効果的な位置、しかも侵入者から気づかれにくいところに設
置するとなると、場所は大体決まってきます。この設計なら、そうです
ね……こことこことこことここ、それからここ、ここ、ここ、ここに…
…こことここ」
「!」

入江は息を呑んだ。
新一が見取り図の上で指を差したところは、確かに防犯カメラの設置箇
所だった。誤差は一メートルもない。

「徹底的に効果的な場所を調べて置いたのが、仇になりましたね」

一同は言葉を失った。



































入江正一
優秀な科学者・技術者。気が弱くてすぐに胃が痛くなる。ツナと同い年。

(追記)


2013/05/18