一時間あまりの移動の後に降り立ったのは、とてつもなく大きな屋敷の
前だった。

「へぇ、でっかい屋敷だなぁ」

職業柄、新一も快斗も今までにさまざまな豪邸を見てきたが、これほど
までに大きな邸宅はなかなかない。二人は揃って黄昏の館を思い出して
いた。

見上げていると、ドタバタと慌ただしい気配がして、勢いよく扉が開か
れた。

「ボス!」
「十代目!」
「ツナ!」

口ぐちに綱吉の名前を叫びながら、わらわらと大勢の人間が飛び出して
きた。
あっという間に、綱吉たちは囲まれてしまった。

「ご無事でしたか!」
「お怪我は?!」

すると、獄寺が一喝した。

「みんなどけ! 十代目はひどい怪我をしておられる。すぐに治療室に
運ぶ! 医療班!!」

駆けつけた医療班が、嫌がる綱吉を軽くいなして担架に乗せ、屋敷の中
へと運んでいった。

「あー! その人たちは俺の恩人だから! 威嚇しないでよぉぉ!」

担架の上から辛うじて叫び声を残し、屋敷内へ消えていった綱吉に、新
一と快斗は苦笑した。


「ツナの恩人だって?」

周りを代表して2人に声をかけてきたのは、赤紫色の髪を伸ばした美女
だった。

「そんな大したものじゃない。偶然通りがかったところに、ちょっと手
を貸しただけですよ」

新一が答えると、彼女は手を差し出した。

「私はビアンキよ」
「俺は新一です」
「快斗です。どうも」

順に握手すると、ビアンキがついてくるように言った。

「とりあえずツナの治療が終わるまで、応接間で待っててもらうわね」

詳しい話もそこで、と言った彼女の目には、突然現れた見覚えのない二
人に対する警戒心が見て取れた。

「俺が見た限り、肩と腹の二ヶ所を撃たれています。今は俺が渡した解
熱鎮痛剤が効いてるから痛みはある程度抑えられてるはずだけど、傷口
はかなり深かった」
「治療なら大丈夫よ。今はたまたまシャマルもいるし、ラッキーだった
わ」
「シャマル?」
「天才闇医者よ。女しか診ないけど、ツナと隼人は別」
「へぇ……」
「たまたまってことは、いつもアジトにいるわけじゃないんですか?」
「敬語はいらないわ。……まあ、普段は日本に逃げてることの方が多い
かしらね」
「逃げてる?」
「女癖が悪くてどこかの王妃に手を出した揚句、国際指名手配されてる
のよ」
「うわぁ……」

新一がちらりと快斗を見る。快斗は顔をひきつらせた。
同じ国際指名手配犯でも、並べられるのは遠慮したい罪状だ。

「ところで、隼人は何か失礼しなかったかしら。あの子、ボスの右腕を
自負してるから、ツナのことになると直情的なのよ」
「隼人って、獄寺君のことだよな」
「ええ、私の弟よ」
「えっ! そうだったの!」

言われてみれば、確かに何となく風貌が似ているかもしれない。

「腹違いだけどね」
「へぇ」

マフィアの世界には色々と複雑な事情がありそうだ。



「よう、ツナが帰ってきたって聞いたんだけど」

突然ノックもなく扉を開いたのは、背中に刀を背負った日本人の青年だ
った。

「お。お前らがツナを助けたっていう日本人か。俺は山本武。よろしく
なっ」

こちらは獄寺とは対照的に、にこにこと友好的だった。

「工藤新一だ」
「俺は黒羽快斗。よろしくね」
「ツナなら今は治療室にいるわよ。シャマルに診てもらってるところ」
「怪我ひどいのか?」
「出血はそこそこあったようだけど、すぐに治るわ。今は隼人が傍につ
いてる」
「そっか」

ほっとしたように息を吐くと、山本は2人の向かいに腰を下ろした。

「二人にはツナを助けた時の状況を聞かなきゃならねーんだが、もうす
ぐリボーンがくるから、ちょっと待ってほしい」
「あら、戻ってきているの?」
「ああ」
「リボーン?」
「ええ。最強のヒットマンであり、そしてツナをボンゴレのボスに育て
上げた……」

音もなく扉が開いた。


「家庭教師だ」


そこに立っていたのは、黒いスーツを身に纏い、黒い帽子を目深に被っ
た、少年だった。


(子供?!)
(いや、ただの子供じゃない……!)

姿を現すまでまったく気配がなかったというのに、今目の前の小さい体
から発せられる圧倒的な存在感。
これまで多くの殺し屋や裏稼業の人間に出会ってきたが、これほどの格
を感じさせる者は片手で足りる。

新一は一瞬脳裏にジンを想起したが、ジンのように痛いほどの殺気は眼
前の少年から一切感じられなかった。

殺気はおろか何の感情も見せない黒いつぶらな瞳が、密かに息を詰めた
新一と快斗をひたと見つめた。

「俺がリボーンだ。お前らがツナの言っていた恩人か……二人とも、ど
こかで見たことのある顔だな」

緊張感はポーカーフェイスの裏に隠して、二人は立ち上がった。

「俺は工藤新一と言います。こっちが」
「黒羽快斗です。ツナの厚意でお邪魔させてもらっています」
「ふむ」

リボーンは二人の握手に応じると、思い出したように言った。

「そうか、日本の探偵の工藤新一と、マジシャンの黒羽快斗だな」
「よくご存じで」
「光栄ですね」

「えっ、リボーン知ってるの?!」

声がして目を向けると、部屋の入り口に綱吉がいた。新しい服に着替え、
獄寺に肩を借りて立っている。

「おかえりツナ」
「ツナ! 歩いて平気なのか?」
「ああ、まあ。まだちょっと痛むけど、ちゃんと治療してもらったから
大丈夫だよ」

昨晩銃で撃たれたばかりだというのに、綱吉はけろりとしていた。

「ていうかリボーン、帰ってたんだ……」

尻つぼみに呟いた綱吉の顔が引き攣っている。

「お前はいつになってもダメツナだな。ボスが一晩行方不明になって、
本部は大騒ぎだったと聞いた。ファミリーに心配かけるようじゃ、まだ
まだボスとしての自覚がないな」
「あーもうっ、わかってるよリボーン!」

十歳かそこら子供の口から出る辛辣な言葉に、ツナは情けない顔でため
息を吐いた。

「黒羽ってマジシャンだったんだな」

山本の顔にわずかな期待の色が見えて、もちろんそれに応えない快斗で
はない。

「チッチッチッ、ただのマジシャンではありませんよ、私は世紀の魔術
師。お望みとあらば夢のような魔法をお見せしましょう」

ぽん、と小さく破裂した煙の中から現れるたくさんのキャンディー。指
を鳴らせば、それらは一つずつ、部屋にいた全員の手の中に出現してい
た。

「わっ」
「えっ、いつのまに?!」

どこからともなく黒いシルクハットを取り出し、空っぽだった中から数
羽の鳩が飛び出して部屋を旋回した。
そして手の中から次々と花を取り出すと、リボーンとツナに一輪ずつ渡
し、あとの花はくるりと器用にリボンで束ねてビアンキに差し出した。

「わぁっ、ありがとうっ!」
「素敵ね」
「お前すごいのな!」
「今のどうやったんだ?!」
「見事なものだな」

口ぐちに褒められ、快斗は照れくさそうに笑った。

「それよりリボーン、黒羽君のこと知ってたの?」
「ああ、先週ローマでショーをやっていただろう。黒羽の名前と顔はポ
スターで見た」
「ああ、なるほど。黒羽君が言ってた『仕事』って、マジックショーの
ことだったんだね」

綱吉が納得したように言う。

「それで、二人がツナを助けた経緯を聞かせてもらおうか。ちょうどツ
ナも来たことだしな」

そう、元々その話をしていたのだ。

快斗と新一は頷くと、かいつまんで説明を始めた。

「俺が真夜中すぎにナポリの街を歩いてたら、路地の方がざわついてい
たんで覗いてみたんです。そしたらツナが怪我をして倒れていたんで、
滞在中借りてた部屋まで運んで手当したんです」
「ちょっと待て、そもそも何でそんな時間に一人で街をうろついていた
んだ? ナポリは観光地だが治安もかなり悪いことくらい、知ってんだ
ろ?」

獄寺が突っ込むと、新一はちらりと快斗を見やり、快斗はそれを受けて
気まずそうに目を逸らした。

「? 何だ?」
「いやー、それは何と言うか、諸事情と言いますか」
「諸事情?」

口ごもった快斗に、事情を聞いていた綱吉がくすくす笑った。

「昼間ジェラートを食べすぎてお腹が痛くなっちゃったから、工藤君が
薬を買いに行ってあげたんだって」
「あっ、ツナお前ばらすなよっ」
「あはは」

獄寺が呆れたように半眼で快斗を見るが、すぐに立ち直って追及を再開
した。

「さっきシャマルのところでお前らがした処置を見たが、かなり的確だ
とシャマルが言っていた。銃創の処置に慣れているなんて普通じゃねー
な。大体、包帯や鎮痛剤を持っていたのも都合がよすぎるだろ」
「新一の事件遭遇率を考えればあたりまえの準備だよ」
「おい快斗、俺を事件吸引機みたいな言い方すんなよ」
「事実でしょ」
「お前ら、何の話だ?」
「新一は事件遭遇率が異常に高いんだよ。出歩けば大抵事件に遭うから、
おちおちデートもできなくて……いだっ」

新一が快斗を肘で小突いた。小突いたというか、思い切り脇腹に入って
いた。悶絶する快斗を無視して、新一が言う。

「探偵なんてやってると敵が多いからな。犯罪者と戦って怪我すること
もある。でもそれを言うなら、こいつだってマジックで火薬使うことも
あるから、こういう遠出する時には万一に備えて治療用具を持っていく
んだ」
「マジックでそんなに大きな怪我をすることがあるのか?」

山本の疑問に、快斗が苦笑した。

「マジックにもよるけど……俺の親父は、脱出マジックの最中の爆発で
死んだんだ」
「あ……悪い」
「黒羽……そうか、お前黒羽盗一の息子か」

リボーンが納得したように言った。

「親父を知ってるんですか?」
「昔ショーを見たことがある。確か東洋の魔術師と呼ばれたマジシャン
だったな」

「だったとしても!」

獄寺が語気を強めて言った。

「あの銃はどう説明する! タクシーを追ってきた敵と応戦して全滅さ
せてたじゃねーか!」
「ああ、麻酔銃のこと」
「嫌だな、そんなの探偵なんだから、銃の一丁や二丁……」
「持っててたまるかあぁ!!」

とぼける2人に、獄寺は突っ込み疲れて深いため息を吐いた。
そんな獄寺を尻目に、リボーンが2人に問う。

「それでお前らは、何者なんだ?」

それは、綱吉と獄寺が問い、誤魔化された問いだった。
新一と快斗はきょとんと同じ表情で顔を見合わせ、そして笑った。


「ただの探偵と奇術師ですよ」



























キャラデータ

ビアンキ
獄寺の姉。つくる料理はすべて猛毒になる。リボーンの愛人。

山本武
ツナの中学時代の同級生。底抜けに明るい。元野球部。武器は刀。実家
は寿司屋。

リボーン
ツナをボンゴレ10代目にするべくやってきた最強のヒットマン。スパル
タ家庭教師。ツナの前に現れた時(10年前)はわけあって赤ん坊の姿に
されていたので、今は見た目11、2歳。



2013/05/10