大通りで他の観光客に紛れ、タクシーを拾った。
そしてアジトのある街の方へと向かうこと数十分。
「とりあえずタクシーの運ちゃんは大丈夫だったみたいだな」
「ああ。まあ、タイミング測ったからな」
仮に綱吉の変装がバレていたとしても、客を選びにくい場所とタイミン
グを計った。
「けど……」
「ああ。思ったより早かったな」
助手席に座った新一が、サイドミラーをちらりと見る。
いかにもな黒塗りの車が1、2……4台。
たった一人のためだけに4台も用意しているのだから、敵も気合いが入
っている。
綱吉もいち早く気づいて、振り返ることはしないものの、申し訳なさそ
うに言った。
「ごめん、迷惑かけて」
「今更だろ」
「そーだよ。それに、途中で放り出して死なれちゃ後味悪いし」
「あの、どうして俺のことこんなに助けてくれるの? マフィアなのに」
特に警察に協力する探偵からしたら、敵のようなものなのに。
言外にそう含ませた綱吉に、新一は笑った。
「わけなんているのかよ」
助手席から振り返って綱吉を真っ直ぐに見つめる双眼は、まるで空をそ
のまま切り取ったかのように美しく透き通っていて、綱吉は息を呑んだ。
「人を助けるのに、理由なんてねーよ」
「あ……ありがとう」
「ツナって、見てると何か庇護欲掻き立てられるもんなー。まあ、俺は
新一と違って、打算もあるけどね。ほら、イタリアンマフィアとの繋が
りなんて、そう簡単に手に入るもんでもないし?」
今後のイタリアでのビジネスに役立ちそう〜、と快斗が明るく言う。
そうしているうちに、追手のうち一台が、隣に並んだ。
「しまったな……おじさん、もっとスピード出せる?」
「おうよ!」
運転手も相手がマフィアだということは何となく気づいているのだろう。
何せこんな街だから。
縫うように他の車を追い越し、照準を定めさせない。
「快斗、次に並んできたら……」
「ああ、わかってる!」
早速追いついてきた車のウィンドウが下がりきる前に、新一と快斗はす
でに銃を構えていた。
敵の銃口が火を吹くよりさきに、引き金を引く。
まったく発射音のしないそれに綱吉が首を傾げると、「麻酔銃だよ」と
教えられた。
「さすがに本物の銃だと、機内に持ち込みにくいからな」
息の合った二人が、片側に並べてきた車の相手をしているうちに、反対
側からも車が迫ってきた。
「ツナ!」
「ああ!」
伊達につわものぞろいのマフィアのボスの座についているわけではない。
ここ数年で、拳銃の扱いにもだいぶ慣れた。
手に馴染んだ銃がタイヤに向かって真っ直ぐに火を噴くのを、静かな眼
差しで見つめた。
何発かタクシーの車体に銃撃を受けながらも、最後の一台を撃退したと
ころで、新たに接近してくるエンジン音が聞こえた。
「敵の援護か?」
「いや、あの気配は……ボンゴレだ!」
綱吉の言った通り、法定速度を裕に超えた速度で近づいてきたのは、ボ
ンゴレの紋章をつけた車だった。
そしてさらに頭上からは、ヘリの音。こちらにも大きなボンゴレの紋章
が掲げられている。
「十代目ーー!!」
車から飛び降りるなり駆け寄ってきたのは、銀髪の青年だった。
「獄寺君!」
金髪のウィッグを取り去り、満身創痍なタクシーから抜け出る。
「おっと、待てよ」
綱吉に飛びついて抱きしめようとした銀髪――獄寺隼人を、快斗が手で
制した。
「誰だテメー!」
「まあまあ、獄寺君、落ち着いて……」
噛みつく獄寺を宥める綱吉。
「てめぇ、十代目にちかづくんじゃ――」
「その十代目さんがひどい怪我をしてるから、止めたんだけど? あん
たが飛びついたら、傷口が開くだろ」
「?!」
獄寺は勢いよく綱吉を見た。
「十代目! 本当ですか?!」
「あ、その……」
「すぐに手当てを! あちらの広場にヘリを着陸させますので、さあこ
ちらへ!」
「獄寺君」
「何ですか、十代目」
獄寺を止めて、綱吉は背後の二人を指し示した。
「この人たちが俺を助けてくれたんだ。だから、お礼がしたいんだけど
……」
「こいつらが?」
獄寺が胡乱げに二人を見る。
「よかったら、二人もボンゴレのアジトに来ない?」
「十代目、本気ですか! いくら恩人だとしても部外者ですよ?! い
つ敵になるかもわからない輩をアジトに入れるなんて、リボーンさんが
知ったら……」
「彼らは大丈夫だよ」
そんなことにはならないと、何となくだがわかるのだと暗に告げると、
獄寺は一転して大人しくなった。
「……わかりました」
その目には、綱吉への強い信頼が見てとれた。
「敵にならない保証はないけど」
快斗は、にっこりと人好きのする笑みを浮かべて言った。
「このままさよならもちょっと寂しいよね。せっかくだから、お茶にお
呼ばれしようかな」
今日の便逃しちゃったし、とあっけらかんと言う快斗と新一に、獄寺は
警戒しながらも同乗を承諾した。
「ヘリってことは、結構遠いのか」
「まあね、入口はいくつかあるんだけど、屋敷は結構森の奥なんだ」
「へぇ、不便だな」
「万一襲撃された時に一般市民を巻き込むわけにいかねぇだろーが」
結局車でやってきた他の部下をその場の収集に当て、四人でヘリに乗り
込んだ。
「あのタクシーの運転手には悪ぃことしちまったかな」
「あの男にはこちらが新しい車を提供する」
「おお、さすがマフィアって感じだな」
新一が変なところで感心する。
「それでてめーら、一体何者なんだ」
獄寺の尤もな問いに、新一と快斗は再び顔を見合わせた。
そのデジャヴな光景に綱吉が苦笑を漏らす。
「何者って言われてもなー」
「別に、ただの一般人だよなー」
「いやいや、新一のそれは絶対ない」
「んだと? オメーこそそれはねぇよ」
「一般人はマフィア相手に銃ぶっぱなしたりしません!」
「それオメーもだろ……」
いつまでも決着のつきそうにない応酬に、獄寺がキレた。
「てめーら、ふざけるのも大概にしろよ!」
「獄寺君……この二人には無駄だと思うよ」
諦めたように言う綱吉は、すでにこの二人の性格がわかってきていた。
「二人も、あんまり獄寺君をからかわないでやって」
「「はーい」」
声を揃えて返事をした二人に、獄寺はさらにぶちぎれそうになるのを震
える拳で耐えたのだった。
キャラデータ
獄寺隼人(ごくでら はやと):
ツナの自称右腕。銀髪。直情的に見えるが実は結構理性的で頭はかなり
いい。
2013/05/07