「ここはどのあたりか聞いてもいい?」
運んできてくれた食事を口にしながら、綱吉が問う。
ちなみにこの食事は、別室にあるらしい簡易キッチンで快斗が拵えたも
のだ。
シンプルながら、アジトのシェフが作るものに優るとも劣らない美味し
い食事に綱吉は感心していた。
「お前が倒れた場所から大して離れてない。追われてるなら、今日中に
でも場所を移した方がいいな。お前、仲間は?」
「あ、よかったらツナって呼んでよ。仲間にはそう呼ばれてる」
「おう、ツナな。っていうかツナの方が年上だよな?」
童顔なため今でも時々十代と勘違いされるが、さすが、探偵の目は誤魔
化されなかったようだ。
「うん、まあ。……仲間は、昨日から連絡が取れなくて……でも発信機
を持たされてるから、そのうち迎えにくると思うよ。この街はアジトか
らちょっと離れてるけど、あと一時間もすれば……」
だがその言葉を制して、窓際に立っていた快斗が言った。
「いや、どうやらその一時間も待ってらんねーみてぇだぜ」
カーテンの僅かな隙間から、外の様子を鋭い目つきで見ている。
「お客さんだ」
ドンドンドン ドンドンドンドン
乱暴なノックにドアを開けると、そこには黒いスーツを着た厳つい男が
二人。
『おい、昨晩ここに怪我をした若い男が来なかったか?』
『匿ったりなんかしたら、ただじゃすまねぇぜ』
イタリア語で捲し立てられる。
『若い男? いいや。残念ながら、若い女の子しか入れない主義なんで
ね』
そう言って、傍にいた黒髪の少女を抱き寄せる。
『昨日の夜、街でナンパしたんだ』
ウィンクをする男に、黒スーツの男たちはため息を吐きかけたが、ふと、
奥へと続くドアがあるのに気がついた。
『ちょっと調べさせてもらうぞ』
二人は無理やり押し入って、奥のドアを開けた。
そこはベッドルームで、ベッドの上にもう一人、驚いた表情でこちらを
見る少女がいた。
『ああっ、起こしちゃ駄目だよ。昨日はちょっと無理をさせちゃったか
らね』
俺ってばモテモテでさ〜、と背後から笑って言った男に、今度こそ黒服
の男たちはため息を吐いて部屋を出ていった。
「……行ったか?」
「……ああ」
男たちが完全にいなくなったのを確認してから、頭に手をやり鬘を外す。
「ああも簡単に騙されてくれるとはね。さすが俺」
「っていうか黒羽君、どうして鬘なんて持ってるの……それにマスクも」
「それは秘密〜」
言いながら快斗がイタリア人顔のマスクをすぽんと脱ぐ。
「さて、これでしばらくは安心かな」
「ありがとう」
だが、新一はまだ険しい顔をしていた。
「いや……まずいな」
長い黒髪の鬘を快斗に投げつけながら言う。
「鼻が慣れちまってて気づかなかったが、この部屋、まだ微かに血と消
毒液の匂いが残っている」
快斗がはっとして匂いを嗅ぐ。食事の匂いで気づかなかったが、確かに、
独特の匂いが混ざっている。
「奴らは気づいてなかったみたいだが、しまったな……このあたり一帯
で成果が出なければ、またやってくるぞ。次気づかれないとも限らない」
「早めにここを出た方が良さそうだな」
「うん……」
「ツナ」
快斗が錠剤の入った袋をいくつか寄こした。
「鎮痛剤と解熱剤と止血剤だ。一錠ずつな。俺用に作ってるから、ちょ
っと強めだけど……これから動かなきゃなんないからそれくらいがちょ
うどいいだろ」
「ありがとう」
綱吉がさっそく錠剤を呑みこむと、二人が身支度を始めた。
「荷物まとめたらツナの着替えも手伝うから、ちょっと待っててくれ」
「あ、うん」
今は隠されているが、さっきまで壁にツナのスーツが掛けられていた。
シャツはさすがに血にまみれすぎていたため、夜のうちに処分したらし
い。
さすがにあの血のついたスーツで昼間動き回るのはあまりに目立ちすぎ
る。どうしたものかと考えていると、目の前にポンと服が放られた。
「それ、俺の服だ。快斗はこう見えてかなり着痩せするから、たぶん俺
の服の方がサイズ合うだろ」
「ありがとう」
濃い色のシャツにジーンズ。こじゃれたベストが包帯で盛り上がった箇
所を上手くカモフラージュしていた。
サイズはほとんどぴったりだ。自分は仲間内でもかなり華奢な自覚があ
るが、どうやら新一もそうらしい。快斗は見た目にはほとんど変わらな
いが、言われてみれば、確かに多少、体格がいいかもしれない。
「さーて、持ちもんはこれくらいか? 食材とかはどうする?」
「そうだな……ここ貸してくれたおばさんに処分お願いしてもいいけど、
戻ってきた奴らと鉢合わせしちまったら申し訳ないし」
「あ、それなら、あとで俺の仲間に頼むから」
綱吉が慣れた風に言う。確かに、後始末や証拠隠滅なんかに関しては、
お手のものなのだろう。
「じゃあ、そっちは頼むわ。できれば大家さんと、ここ仲介してくれた
女の子の身の安全も」
「うん、任せてよ」
「じゃあ、」
徐に快斗がベッドサイドにやってきて、ぺろんとふとんを引っぺがした。
「く、黒羽君?」
「いくぜっ」
掛け声とともに不敵な笑みを浮かべた快斗に、綱吉は困惑した。
そんな綱吉を余所に、次の瞬間、どこからともなく大きな布が現れ、視
界を覆った。
「な、何?!」
驚いて目を瞑ったほんのわずかな時間の間に布は取り払われ、満足そう
な笑みを浮かべた快斗がいた。
「完了〜♪」
「え? ……わっ、いつのまに?!」
見ると、いつの間にか服を着ていた。
「ふっふ〜ん。さすが俺」
「はいはい。準備できたら行くぞ。ほら快斗、ツナに違う鬘出してやれ
よ」
「はーい」
快斗はいそいそと、今度は明るい金髪の短いウィッグを取り出した。
「うん、やっぱりね。ツナは色も白いし目が綺麗な琥珀色だから、似合
うと思ったんだ。金髪美少年のできあがり〜」
「おいおい、目立っちまったら意味ねぇだろ」
「大丈夫大丈夫、日本人だけの三人組より自然だって」
突然の早着替えに何が起きたかいまだわからず固まったままの綱吉に、
新一が声をかける。
「ツナ、立ち上がれそうか?」
「あ、うん。鎮痛剤が効いたみたいだ。何とか動けるよ」
快斗が綱吉に肩を貸す。
「荷物あらかた送っておいて正解だったな」
支度と言っても、二人は小さい手荷物しか持っていなかった。
「送ったって?」
「ああ、本当は俺たち、今日の便で帰国予定だったんだ。だから昨日の
うちに大きな荷物は日本に送っといたんだよ」
「えっ? 今日帰国だったの?!」
「もともと二週間の旅行できてるだけだったからな」
「俺は仕事も兼ねてな〜」
「仕事?」
綱吉が問い返すと、快斗は笑った。
「後で教えてあげるよ」
三人はいかにもちょっとそこまで出掛けるというふうを装って部屋を出
た。
綱吉は普通に歩けないため、当然歩調はかなりゆっくりになるが、他二
人の演技がそれを不自然に感じさせなかった。一見観光を楽しむアジア
人二人と、案内するイタリア人の友人といったところだろう。
「とりあえずタクシーか?」
「ああ……運転手が向こうの手のものってこともあり得るが……」
「そしたら応戦すればいいだけさ」
にやりと笑った快斗に、新一もそうだな、と頷き返す。
そんな二人の懐に、一般人なら決して持ち得ないものが収められている
ことに、綱吉は漠然と気づいていた。
「あ、あの、今更だけど……二人って何者?」
その綱吉の戸惑いに、二人は顔を見合わせ、そしてまったく同じ不敵な
笑みを浮かべて言った。
「「秘密」」
2013/05/03
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