側近を連れて非常階段を駆け下りてきたマッジョーレの首領は、踊り場
で待ちかまえていた綱吉の姿を認めると、一瞬驚愕に目を見開いた。し
かし、すぐに平静を取り戻す。

「……なるほど。ボンゴレの小僧どもが潜り込んでたわけか」
「まずは誕生日おめでとう、エンリコ・ディ・マッジョーレ」
「ほう。ボンゴレのボスに祝辞をもらえるとは! いやはやありがたい」
「ボス、ここは私が」

側近がボスの前に進み出ようとするのを、ボスは手で制した。

「いや、この小僧はお前がどうにかできる相手ではない。お前が先に部
屋の様子を見に行け」
「わかりました」
「悪いけど」

十九階へと通じるドアを塞ぐように立ちはだかった綱吉は、グローブを
嵌めた手をぎゅっと握りしめて見せた。

「今日の俺の役目はただの足止めだからな。ここでお前たちを倒すつも
りはないが、誰も通すわけにはいかない」
「……やはりボンゴレリングを取り返しに来たか。だが、見つけられる
かな?」
「見つけるさ。今日の俺たちの手札には、とびきりのジョーカーが二枚
も入ってるからな」
「ジョーカー……?」

もっとも、手札なのは俺たちの方かもしれないけどな、と綱吉は心の中
で呟いた。

「……まあいい。リングのないお前たちに何ができる」
「……あまりボンゴレをなめるなよ」

ちょうどその時、獄寺の呼びかけが耳から入ってくる。

『十代目! 今すぐ応援に――』

リングを無事取り戻したとわかって、綱吉は淡い微笑を浮かべた。

「加勢はいらないよ、獄寺君。こいつは俺が何とかするから、獄寺君は
リングを持って先に脱出してくれ」

言うや否や、綱吉のグローブに鮮やかな橙色の炎が灯る。

一般客も大勢いるこの建物に被害を出さないために、ここで爆発的なエ
ネルギーを放出するX(イクス)バーナーを放つことはできない。

それならば。

綱吉は深呼吸をして集中力を上げた。
その澄みきった目に、いつもの頼りない雰囲気は欠片もない。

一瞬、その強い眼差しに気圧されたマッジョーレが足を竦ませたように
見えた。

「……死ぬ気の零地点突破」

囁くほどの小さな声で、それは発動した。

「――ファースト・エディション」

次の瞬間、圧倒的な冷気が空間を支配した。

「!!」

四肢を氷漬けにされたマッジョーレのボスと側近が、身動きとれずに床
に倒れ伏す。
ボンゴレリングなしでは、この程度の威力が限界だ。代替のリングは、
綱吉の力の放出に耐えきれずにひび割れた。

だが、伝説のボンゴレ奥義を目の当たりにして、マッジョーレはあっけ
ないほどに戦意を喪失していた。

綱吉はふぅっと息をついて、マッジョーレに近づいた。

「今日は場所が場所だし、あくまで目的はリング奪還だったからな。こ
の続きはまた次の時に持ち越しだ。できれば、話し合いで解決したいと
俺は望んでいるけど」




綱吉が屋上への扉を開くと同時に、頭の上に突然、ボンゴレの紋章をつ
けたヘリが現れた。骸の幻術で姿を隠していたようだ。

投げ落とされた縄梯子を危なげなく上って、ヘリに乗り込む。
一番先に乗り込んでいた獄寺と山本に合流した。

「十代目! ご無事で!」
「リングは取り返したぜ」
「うん。骸も、駆けつけてくれてありがとう」
「まったく、リングを盗られるなんて。相変わらず世話の焼ける子です
ね、君は」
「てめぇっ、十代目に何て口を――」
「ハハッ、落ち着けよ、獄寺」
「山本! てめぇは黙ってろ!」
「ところでツナ、ベルティーニの奴らはあのまま放っておいてよかった
のか? フィオナ・ランツァも眠らせたまま放置してきちまったし」

突っかかってくる獄寺をかわして、山本が尋ねる。
いつもの光景に苦笑を洩らしながら、綱吉は考えるように言った。

「まあ、今回はあくまでリングの奪還が目的だったし……これ以上はベ
ルティーニ自身の問題だ。それに、訳があったとはいえ俺たちの仲間を
傷つけたベルティーニに、ただの同情で手を貸すことはできない」

そう言い切った綱吉には、ファミリーのボスとしての威厳があった。


それから一分もしないうちに、入江とリボーンも屋上に姿を現した。

だが、ヘリによじ登ったリボーンが、揃った顔ぶれを見回して僅かに顔
を顰めた。

「……おい、あいつらはどこだ?」
「え?」
「工藤と黒羽、どこ行った?」
「そういえば……」
「てっきり、リボーンたちと合流したものだと思ってたけど……」

綱吉の言葉に、入江が勢いよく首を振る。

「そんなはずないよ! さっき工藤君から、二人とも獄寺君たちと合流
したって連絡が入ったんだから……」
「えっ?」

一同は顔を見合わせた。

入江がはっとしたようにノートパソコンを開いた。
皆が見守る中、焦ったように操作する。
それから唐突に、画面を見つめる目が見開かれた。

「ない……! 二人の通信機についてる発信機の反応が消えてる!」
「何だって?!」
「ど、どういうこと……?」
「あいつらどこに行ったんだよ?!」
「カメラは?」
「駄目だ……呼び出せない」

一同が口ぐちに戸惑いの声を上げる中、沈黙を守っていたリボーンが徐
に携帯を取り出した。

「リボーン?」
「……俺だ。ちょっとあの二人の部屋を……ああ。…………なるほどな」

ピッ、と通話を切ったリボーンを、一同は固唾を呑んで待つ。
促す視線に応えるように、リボーンは静かに言った。

「アジトからあいつらの荷物が消えている」
「…………は?」
「それって……」

リボーンは舌打ちした。

「やられたな」
「……え、えええ?!」

綱吉が驚愕する。

「え、だって……何で?!」

身元はバレているというのに、なぜ今更こんな逃げるような真似をする
のか。

「さあな……だが、荷物がねぇってことは、あいつらは最初からそのつ
もりだったんだろう」

すると、入江が慌てたように口を開いた。

「えっ、ちょっと待ってくれよ。それなら、工藤君が僕たち全員にカメ
ラを装備させたのって……」
「獄寺たちと合流せずに、リング捜索の指示を出すため……か」

黙って様子を傍観していた骸がくふふ、と笑う。

「どうやら、ボンゴレはその二人組に出し抜かれたようですね」
「てめぇ、」
「君たちは簡単に人を信用しすぎです」

別に信用していたわけじゃない、そう言い返そうとして、反発しながら
もいつの間にか彼らを頼りにしていたことに気づいて口を噤んだ。

あの二人は期待以上の働きを見せたし、悪い人間でないことは、ボンゴ
レの超直感に頼らずともわかっていた。人を惹きつける、人の信頼を勝
ち取る何かが、あの二人にはある。

「……でも、裏切られたわけじゃない」

綱吉の言葉に、獄寺が思い出したようにリングのケースを取り出した。
綱吉が鍵を取り出し、ケースがカチャリと開くのを、一同は固唾を呑ん
で見つめた。

ケースの中には、七つのボンゴレリングが鎮座していた。

その変わらない姿に、皆ほっと安堵の息を吐く。

「リングの捜索と奪還。それが依頼内容だ」
「依頼は果たしたから去った……そういうこと?」
「でも何で黙って消えたんだ……」

その疑問には、誰も答えることができなかった。

「……とにかく、依頼は完了した。俺たちも戻ろう」

綱吉の言葉に、ヘリがようやく動き出した。


「しかし、惜しい奴らを逃したな。面白い奴らだったんだが」

リボーンの呟きに、綱吉が苦笑する。

「本当にね。……でも、彼らが何かに縛られて生きるのは想像できない
から」

必要なのは、きっと、お互いだけ。


夜のナポリを見下ろしながら、今頃二人であの意地の悪い、楽しげな笑
みを浮かべているのだろうなと想像して、綱吉はまた少し笑った。



















骸の口調が思い出せん……


2013/06/26