扉の前に、二人、スーツの男が立っている。
お喋りに夢中になっていて、こちらの気配に気づく様子はない。

仕事中に無駄話しやがって、と獄寺が軽蔑を含ませて吐き捨てた。

「だから格が違ぇんだよ」

壁の陰から獄寺と山本が同時に放った麻酔針が、音もなく男たちに刺さ
り、二人は何が起きたかもわからないまま床に崩れ落ちた。

フロアに他に誰もいないことを確認してから扉に駆け寄り、快斗に渡さ
れたカードで鍵を開ける。

「……本当に開いたな」

山本が感心したように呟いた。


ドアを開けた先に広がるのは、赤い絨毯を敷き詰めたリビングだ。
十人がゆったりと座れそうな革のソファーに、巨大スクリーン。
部屋の奥にはミニバーがあり、ガラスケースにはそこらのレストランで
はなかなかお目にかかれないラベルのワインとウィスキーのボトルが並
んでいる。
海側は全面窓ガラスで、昼間は太陽に煌めく地中海の波が見えるだろう。

「リングはどこだ?」

二人は部屋を見渡す。

「手当たり次第探す時間はねぇぞ」
『今、獄寺君のカメラ映像を見てる』

新一の声が聞こえてきて、獄寺は襟元に取りつけていた小型カメラを見
下ろした。

『とりあえず、部屋の様子を見せてほしい』

新一に従って、端からゆっくりと部屋全体を映すように動く。

ドアは四つ。
寝室が二つに、バス・トイレ、そしてバルコニー。

どれも部屋の中央から十歩前後の距離だ。
 
「どこの部屋かわかるか?」
『……それぞれの部屋の前まで行ってくれ』
 
左から順に、バス・トイレ、ベッドルーム、バルコニー、ベッドルーム
の戸を開け、中をくまなく映す。
 
『とりあえずバス・トイレは違うな』
 
当然だが床はタイル張りだ。だが、あの時マッジョーレの足音が変わっ
た様子はなかった。
 
『ベランダも違う。今みたいに風の音はなかった』
「ってことはベッドルームのどっちかだな」
「荷物はこっちに置いてあるぞ」
 
山本が指差したのは広い方のベッドルームだ。マッジョーレはこちらを
使うつもりらしい。
 
「大事なものはなるべく傍に置いとくだろ」
「いや……あからさますぎねぇか?」
 
山本と獄寺の意見が割れる。
 
「手分けして探せば……」
『その時間はなさそうだよ』
 
突然、快斗の声が割り込んでくる。
 
『側近が見張りと連絡が取れないことに気づいて不審がってる。たぶん
何人かがそっちに向かう。ボスはできるだけここに引きつけておくけど、
2ゲームが限界だ』

何度も連続して勝たせれば、さすがに不審がられる。

『手下が二人、エレベーターでそっちに向かっている』
 
監視カメラをチェックしていたリボーンが言う。
 
『戦闘になるな……』
「上等だ」
『エレベーターを停める?』
『いえ、急にそんなことをしたらセキュリティー管理室を乗っ取ってい
ることが向こうにバレてしまいます。二人が降りてから、全基一階に下
ろしてください』
『やっぱり俺もそっちに行こうか?』
『いや。ツナはそこで待機。じきにボスも来る。山本君、二人を廊下で
食い止められるか?』
「任せろ」
『その間に獄寺君はリングの捜索だ』
「了解」
 
新一が次々と指示を飛ばした。
 

               ***
 
 
山本が部屋を出ると、廊下の反対側に二人の男を発見した。
山本と、部屋の前で倒れている見張りの姿を見て、顔色を変える。
 
「貴様、何者だ!!」
 
銃を構える二人に、山本は緊張感の欠片もない様子でのんびりと向き直
った。
その態度を舐められていると正しく受け取った男たちが、容赦なく発砲
する。サイレンサーがついていることに少し安堵しながら、山本は冷静
に銃弾の軌道を読み、軽い身のこなしで避けた。
 
「くそっ、ちょこまかと……」
 
細長い廊下で、盾になるものは部屋の扉くらいだ。長引かせて応援を呼
ばれても面倒だ。
続けざまに発砲してくる男たちに、山本は一瞬腰を落とすと、床を蹴っ
て一気に加速した。
 
「時雨蒼燕流、攻式・八の型……」
 
ボンゴレリングがない分、百パーセントの力は発揮できないが、これく
らいの攻撃なら代替リングで十分だ。
 
「なっ……貴様まさかボンゴレの……!」
 
はっとして銃撃を止めた一瞬が、隙を生んだ。
気がついた時には、いつの間にか刀を抜いていた山本に懐に入られてい
る。
山本の刀の及ぶ範囲に入ってしまった時点で、勝負はついていた。
 
「……篠突く雨!!」
 
防御する間もなく、男たちは斬撃に吹き飛ばされた。
 
 
               ***
 

「それで、どっちを探すんだ?」
 
獄寺の問いに、新一ははっきりと答えた。
 
『どっちでもない』
「は? どっちでもないって……」
『ミニバーだ』
「ミニバー? だが、ドアの開閉音は俺も聞いたぜ」
『部屋のドアじゃない。酒をしまってるショーケースの扉だ。さっき見
た時気づいたが、取手を回して開けるタイプで鍵もかけられるようにな
っている。俺たちが聞いたドアの開閉音はそれだ』
 
リビングに引き返してミニバーへ駆け寄る。
 
カウンターの奥に設置されたショーケースのガラス戸には、確かに取手
と鍵穴がついている。
 
「中にケースは見当たらねぇけど?」
『最初に見た時に違和感があったんだ。ケース全体の奥行きと、実際の
収納スペースに食い違いがある。つまり、奥の板が二重になっていて、
数センチ分の余分なスペースがあるってことだ』
「酒瓶は金庫のカモフラージュってわけか」
『窃盗に対する最大の防犯は、守っているものの場所を敵に知られない
ことだからな』
「確かに。けど、こんなすぐに割れそうなガラス戸の中に隠すなんて無
防備じゃ……」
 
疑わしげにガラス戸に触れた獄寺は、何かに気づいたように言葉を切っ
た。
 
「意外と分厚い……防弾ガラスか」
 
コンコン、と確かめるようにガラスをノックする。
 
『割れるか?』
 
快斗だったらピッキングで鍵を開けるが、獄寺ならガラス戸を破壊する
という選択肢しかない。
それも、リングのケースを傷つけない程度に力を加減しなくてはならな
い、繊細な作業だ。
 
だが、新一の懸念を吹き飛ばすように、獄寺は唇の端を吊り上げた。
 
「問題ねぇよ」
 
抜きん出た破壊力と勢いで攻撃の核となる“嵐”の属性を持つ獄寺だが、
その反面、他の属性も繊細に使いこなす技巧派だ。そしてその優秀な頭
脳が、攻撃における緻密な計算を可能にする。

「やっと俺の領分だぜ」

腰を上げ数メートル距離を取ると、腕に取り付けられた火炎放射器にダ
イナマイトをセットし、まっすぐショーケースに向けた。

ガラスの厚み、強度、構造、距離、角度から、狙うべき一点と攻撃の破
壊力を素早く計算する。いくつもの数字と計算式が獄寺の脳内を飛び交
い、ほどなく弾き出された答えに獄寺はすぅっと息を吸った。
 
「システーマC.A.I、フレイム・アロー!!」
 
赤と青の炎が発射され、ショーケースのガラスを貫通した。
 
『……お見事』

綺麗に鍵の部分だけ撃ち抜かれたショーケースに、新一が感嘆の声を零
した。ガラスのすぐ向こう側の酒瓶は、一つも割れていない。

「嵐属性と雨属性の炎で貫通力を高めた。言っただろ、俺の領分だって。
……まあ、お前の人選は間違ってなかったっつーことだな」

遠回しな褒め言葉に、新一はくすりと笑いを漏らした。

「……んで、この奥が金庫になってるって? ……おわっ」

ガコン、と奥の板が外れる。
現れた空洞の中に目的の物を見つけて、獄寺は口笛を吹いた。

『……目的は果たした。後は脱出するだけだが……どうやら頭同士の戦
いが始まったみたいだ』
「十代目! 今すぐ応援に――」
『加勢はいらないよ、獄寺君』

綱吉の静かな声が聞こえてきた。

『こいつは俺が何とかするから、獄寺君はリングを持って先に脱出して
くれ』
「……わかりました」

綱吉の指示に頷くと、獄寺はリングのケースを抱えて部屋を出た。
刀を鞘に戻した山本と合流する。

『ホテルの出入り口はすべてマッジョーレの手の者が塞いでるわ』

タイミング良くビアンキの報告が入った。

『獄寺君、山本君、屋上に向かってくれ。ビアンキもそこから離れるん
だ』

新一は指示を出しつつも、不安を拭い去れない様子で呟く。

『ヘリは準備できてるんだよな……?』

その時、聞いたことのない独特の含み笑いが電波に割って入ってきた。

『くふふ、あと105秒でホテル上空に到着しますよ』
「骸!」
『あんたが骸……?』
『ええ。あなたが誰かは知りませんが、マフィアの揉め事に首を突っ込
むなんて命知らずな人ですね』
『褒め言葉か?』
『くふふ、さあ、どうでしょう』

新一と骸のどこか不穏なやり取りを聞きながら、獄寺と山本は、綱吉が
マッジョーレと相対している方とは逆の非常階段を駆け上がり、屋上へ
と飛び出した。























追記:

六道骸(ろくどう むくろ)
ボンゴレの守護者の一人。幻術使い。マフィア嫌い。髪型がパイナップ
ルっぽい。



2013/06/20