街が暗闇に包まれた頃。
不穏な気配が動き出す。
チュイン チュイン
サイレンサーをつけた銃声が闇を突き抜ける。
「はぁ、はぁっ」
路地を駆け抜けるのは、奔放に跳ねた髪を黒い帽子にしまった青年。
積まれたゴミ袋の陰に身を潜めて、荒い息を整えた。
「くっそ………」
右手で左肩を押さえる。ぬるりとした感触と、つき刺すような痛み。こ
れまでにも戦闘中の怪我は数えきれないほどしてきたが、仲間がまった
くいない状況というのは珍しかった。
目を伏せて、周囲の気配を探る。
数十メートル範囲内に、1、2、3、4……少なくとも十人以上はいそ
うだ。その全員が、銃を所持して殺気を迸らせている。
近くに一般人の気配がないのが唯一の救いだ。
こんな街だから、夜中のドンパチは珍しくない。公然の秘密だ。だから
危険な目に遭いたくなければ、一般人は暗いところを歩いたりしないし、
ましてこんな物騒な路地裏に入ったりはまずしない。
そのことにほっと息を吐いていると、敵が近づいてくるのがわかった。
このままここにいたら追いつかれてしまう。
青年は失血のせいで重い体を起こすと、できるだけ素早くゴミ袋の陰か
ら飛び出した。
「おいっ、いたぞ!」
すかさず銃弾が飛んでくる。
「こっちだ!」
後ろの追手ばかりに気を取られていたせいで、脇道の先で銃を構えてい
た敵に遅れを取った。
「っ、くっ」
脇腹を掠めた銃弾に、足がもつれる。
「とにかくっ、みんなに連絡を……!」
壁に手をつきながら、必死で前へ進む。思いのほか出血量が多かったよ
うで、意志とは反対にどんどん速度が遅くなる。
そしてとうとう膝をついてしまった。
背後からの追手の気配を感じる。
そしてそれと同時に、突然、目の前に気配が現れた。
(え……?)
湧いて出たような唐突さに驚きながらも、青年は意識が遠のくのに抗え
ず、目を閉じた。
最後に感じたのは、崩れ落ちた身体を包む温かい腕だった。
***
「……何これ」
「拾った」
「拾ったって……どう見ても堅気じゃないだろ……」
「まあ。拾っちまったもんはしかたねぇだろ」
「はぁ。まったく、こんなところでもトラブル体質なんだから……」
意識が浮上する。
「これどうすんだよ……」
「まぁ、動けるようになったら勝手に出てくんじゃね?」
「こんな得体の知れないの匿って、あとあと面倒なことになっても知ら
ねーよ?」
「大丈夫だろ。前にもこんなことあったしな」
「……それって、もしかしなくとも俺のことですよね」
「おー」
「もう、お人好しなんだから」
「オメーには言われたくねぇよ」
頭上でかわされるテンポの良い会話。
似たような声のやり取りが、何故か耳に心地よかった。
「お、気がついたみてぇ」
目を開けてもいないのに、意識が戻ったことに気づいたようだ。
青年年はゆっくりと瞼を開けた。
覗きこんでくる目が二対。綺麗に澄んだ蒼と紫紺。
似ているのは声だけじゃなかったようだ。血の繋がりを感じさせるほど
似た顔が、同じ表情を浮かべていた。
「え、と……イッ」
身体を起こそうとして、痛みが走った。
「無理すんなよ。手当てはしたが、銃創だからな。熱も出てるだろ」
かけられていたふとんを捲ると、左肩と脇腹に包帯が巻かれている。治
療のためか丸腰にさせるためかはわからないが、服はすべて脱がされて、
唯一下着だけを身につけている状態だ。
銃創がわかることといい、手当てが手慣れていることといい、どう見て
もこの二人が普通の人間でないことは確かだった。
「はい、どうぞ」
紫紺の瞳を持つ男の方が、水の入ったコップを差し出してきた。寝なが
らでも飲めるように、ストローがささっているあたり気遣いのできる男
のようだ。
「毒なんて入ってないからね。殺す気だったら、起きるのを朝まで待っ
てない」
疑っていたわけではない。目の前にいる人間が自分の敵か否か、それを
見抜けないほど勘は鈍っていない。
素直に水を受け取ると、爽やかなレモンの香りがした。
「……ありがとう」
窓のカーテンはしっかりと締められ、その隙間から太陽の光が漏れこん
でいる。電気が消されているのも、二人の方こそがこの状況を警戒して
いるからだろうと容易に想像できた。それなのに、この二人からはまっ
たく緊張感が感じられない。単になめられているのか、それとも……。
「助けてくれたんだね。ありがとう。それであの、あなたたちは……」
問おうとした青年に、紫紺の男がストップをかけた。
「質問はこちらからだ。いいな?」
大人しく頷く。男から、妙な威圧感を感じた。覚えのある感覚だ。
「さて、聞かれたくないかもしれないけど、こっちも厄介事に巻き込ま
れんのはごめんだからな。いくつか質問に答えてもらうぜ」
「答えられる範囲で」
「まず、あんた日本人なんだな」
「うん」
「でもこっちの人間だな。しかも堅気じゃない」
「まぁ、そんなところかな」
「で、昨日追われてた、と」
「うん……危ないところを助けてもらったみたいで」
質問と言いながら、それはほとんど確認だった。
「はぁ、やっぱイタリアンマフィアか……しかも」
「ただの下っ端じゃないな」
言葉を引き継ぐように、ずっと黙り込んでいた青い瞳の男が言った。
その言葉に驚いて目を瞠ると、鋭い光を宿した目に射抜かれる。
ぞくりとした感覚が背中を駆け上がる。
一般人じゃないとは思ったが、何なのだろう、このすべてを見透かされ
そうな感覚は。
緊張した青年に気づいたのか、男は視線を緩めて苦笑した。
「悪ぃ、あんま尋問すると熱が上がるな」
「あ……」
「まあ、勝手に拾ったのは俺だし。出ていきたきゃ出ていけばいい」
これは自分への気遣いだろう。助けたことに対し、恩も警戒も感じる必
要はないという。
しかしこの青い瞳の男、どこかで見たことがある気がする。見た感じ自
分より年下だろうけれど、年下の知り合いなんていただろうかと首を捻
る。
日本人だから、見たとしたら日本でだろう。
青年は日本での記憶を必死に掘り起こす。
(そういえば、前に日本に一時帰国した時……)
「……あーーーっ!!」
「えっ」
「な、何だよ急に」
「思い出した! 工藤新一だ!」
思わず目の前の男を指差す。すると、男――工藤新一は、きょとんとし
た。
「……ああ、知ってたのか、俺のこと」
「前に新聞で見たよ。高校生探偵って」
「今は大学生だけどな」
「あ、俺は沢田綱吉。ツナ、とでも呼んでくれれば……」
本来は警察と繋がりのある探偵に名前を明かすのはまずいのだが、この
人たちは敵にはならないだろうと、直観が告げていた。
だが、反応は新一ではなく、隣の男からもたらされた。
「ちょっと待った! 沢田、綱吉だって?! あんたが?!」
「え、はい、そうですけど……」
詰め寄られて思わず敬語になる。
「前に裏で聞いたことがある……何年か前に、イタリア屈指の大マフィ
アのドンが、日本人の子供に代替わりしたって。名前が、ツナヨシ・サ
ワダだったはずだ。まさかあんたが……」
「何でそれを……」
マフィアの世界では大ニュースとなった出来事だが、表の世界にそう易
々と流れる情報でもない。
「はー、雰囲気からしてただの下っ端じゃないとは思っていたが、まさ
かボスとはね。しかもあのボンゴレの。ちょっとした旅行のつもりがこ
んな大物と出会っちまうなんて、さすが新一……」
「いや、オメーのせいじゃね? あんな夜中に腹なんて壊すから。いく
ら本場だからってジェラートの食いすぎなんだよ」
「いいじゃん! 楽しみにしてたんだから」
「何でこんだけ薬やら治療道具やら常備してんのに腹薬だけ持ってねぇ
んだよ。あの時間に店開けてもらうの大変だったんだぜ」
「う……すみませんでした……」
目の前のやりとりに、綱吉は思わずくすくす笑ってしまった。
「「あ……」」
綱吉の存在を思い出して、二人は気まずげに顔を見合わせた。
「えっと。俺は黒羽快斗」
「改めて。工藤新一だ」
差し出された二人の手を順に握って、綱吉は笑顔で言った。
「俺はボンゴレ十代目、沢田綱吉。助けてくれてどうもありがとう」
とりあえずツナとの出会い。
2013/05/01
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