ルパンが日本に来たのは仕事のためだった。
東北の山奥で一仕事終えてから、情報収集のために久しぶりに東京を訪れた。いつ
もの派手な赤いジャケットを着ていながら、その気配は見事に人混みの中に馴染んで
いた。
駅の売店で新聞を買う。
一面には昨夜おこり、その日のうちに解決された殺人事件の概要。現場写真はないが、
かの名探偵が現場に呼ばれたことが示唆されていた。
その名前が懐かしくて、ルパンは口元を緩ませた。あの時小さな小学生だった探偵
は、今は大学生のはずだ。
彼の正体を調べた時にネットで写真は見たが、元の姿を取り戻した彼を直接見たこ
とは一度もない。
ルパンは午後の予定の変更を決め、東都環状線に乗り込んだ。
目的の家を見つけるのは、泥棒家業の長いルパンにとっては朝飯前だ。それでなく
とも工藤家の人々は有名人だ。
米花町の高級住宅街をゆったりとした足取りで歩きながら、ルパンは今更ながら名
探偵が在宅か気になった。
休日の昼間だが、もしかしたらまた事件で呼び出されているかもしれない。
まぁ、特にこれと言った用事もないし、いないならいないでいいのだが。
立派な門の前で、躊躇うことなくインターホンを鳴らす。人の気配はあるようだか
ら、どうやら運はあったようだ。
『……どちらさまですか?』
「ひっさしぶり〜、探偵クン」
『……………』
「あらぁ?」
インターホンから何の反応も返ってこないことに首を傾げる。
インターホンにはカメラが付いているはずだし、隠れて見えないがあちらこちらに
高性能のカメラが仕掛けてあるような気配もする。
変装してきているわけではないし、まさかたった数年の間にこの顔と声を忘れたと
でもいうのか。
「えーっと、工藤新一クン?」
『工藤新一に、ご用ですか?』
再び聞こえてきた若い男の声に、少し驚く。
手が離せない時に誰かに応対を頼むのは不自然ではないが、工藤新一は両親がロス
に住んでいて一人暮らしのはずで、しかも家の中には一人分の気配しかない。
警察からの急な要請で、友人に留守でも頼んでいるのだろうか。
「はいはいそうです〜。工藤クンはいますかぁ?」
『……ちょっとお待ちください』
とりあえず形式的に尋ねると、インターホンが切られ、軽い足音がして玄関ドアが
開かれた。
「あら〜」
写真で見たことのある工藤新一に瓜二つの青年に、ルパンは首を傾げる。
そっくりな親戚がいるという情報は聞いていない。
「新一に用なんですよね。新一今朝からちょっと出ちゃってて。もうすぐ帰ってくる
と思うんですけど」
ということはもしかして、この青年は昨日からここに泊っているということだろう
か。
「よかったら中で待ってます?」とにこやかに言われ、ルパンは頷く。
そして門を開けに彼が出てきた時に、何か違和感を覚えた。
その感覚は不鮮明だが、青年が近づいてくるほど強くなった。
探偵に似た顔、年は20かそこら。人好きのする笑顔。
ルパンは内心眉を顰めた。
ただの大学生にしては、何かがおかしい。
例えば――そう、足音がほとんどしないのだ。
そしてインターホンが切られてから、妙に気配が薄くなった気がする。
最初に玄関ドアを開けた時にも、一瞬探るような目で見られた。
青年と目を合わせると、表情も雰囲気もやわらかいのに、目だけは鋭く光っていた。
ルパン自身、疾しいことはいくらでもある。身に覚えがある分、それを感じ取って
いるらしいこの青年にもやはり、何かあるなと直感的に感じた。
表面上は和やかな雰囲気で居間に通された。
「何か飲み物持ってきますよ」
「じゃあコーヒーお願いしま〜す」
青年がキッチンに消えてから、ルパンはふぅと息を吐いた。
ざっと見た立ち居振る舞いから、どうにも同業者のように思えてならない。匂い、
のようなものだ。
探偵の周りには、どうにも厄介な人間が集まるらしい。
「どうぞ」とカップをガラステーブルに置いた時も、まったく音がしなかった。
「それであなたは?」
「工藤クンの知り合い、かな〜」
「?」
「正確にはコナン君の、だぁから」
「!」
青年がほんの一瞬だけ目を見開いた。
「あんた、一体……」
青年が視線を鋭くした時、玄関の方で物音がした。
「ただいまー。快斗ー? 誰か来てるのか?」
ハッと青年が急いで立ち上がると、ちょうど居間のドアが開かれた。
「快斗? お客さん、か…って、え、ええええええぇぇぇ?!!!」
ソファに座るルパンの存在に気づいた青年が、驚きに固まった。
そうそう、この顔よ見たかったのは、とすかさずカメラを取り出し一枚パシャリ。
あの時同様、しっかり保存した。
「え、ちょ、ル、ルパンさん?! なんでここにっ?!」
「よぉ〜、久しぶり〜」
「新一、知り合い? っていうかルパンってまさか……」
「元気してたか〜?」
後篇
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