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「はぁ……」
「………ああもう! 何なのよ、暗くて鬱陶しいわよ!」
いつも元気なムードメイカー、黒羽快斗はずっと、一分おきくらいにため息
をついている。
青子は鬱陶しさ半分、心配半分で、幼馴染の頭をノートでバコンと叩いた。
……反応がない。
「本当にもう、どうしちゃったの、快斗」
常にない気の落ちように、いよいよ心配になる。
「おはよう、青子さん」
「あ、白馬君」
「おや、黒羽君はどうしたんだい?」
「朝からずっとこんな感じなの。家から引っ張り出すの大変だったんだから!」
ふむ、と白馬は何か考えるように唸った。
「そういえば、栞さんとはその後、上手く行ってるのかい?」
ピシリ。
快斗の周りの空気が固まる。
さては、と青子が続ける。
「確か、白馬君のお友達なんだよね」
「ええ」
「……白馬」
机に突っ伏した快斗から低い呟きが漏れる。
「そういえば白馬君言ってたよね。その人、すっごく綺麗で可愛くて、魅力
的な女性だって。快斗にはもったいないくらい」
「え、ええ、まあ」
すると、快斗の肩がぶるぶると震えだした。
「……白馬ぁ! てめー、栞ちゃんと本当はどういう関係なんだよっ!」
「本当も何も、友人だよ。大切な」
「この間はただの知り合いだって言ってたじゃねーか! お前やっぱり……!」
「……快斗、その人と何かあったの?」
がくっと快斗は項垂れた。
「……ふられた」
「えっ」
「おや」
さっきの勢いはどこへやら、また机に逆戻りしてずびずびと涙声の快斗。
「結構脈アリだと思ってたのに。やっぱりいきなりキスしたのがまずかった
のか……」
「えっ」
「快斗、いきなりキスしたの?!」
驚愕に目を見開く白馬の横で、青子が赤面しながらも興味ありげに問う。女
の子はこういう話が大好きだ。
「ああ、二回も……それも一回はかなり無理やりっぽかったし……」
「きゃー!」
「黒羽君……君って人は」
はしゃぐ青子と、呆れたように首をふる白馬。
友人が男にキスをしたということと、もう一人の友人が男にキスされたとい
うこと。どちらに同情すればいいのかわからない。
「栞ちゃん……運命の相手だと思ったのに」
「……そんなに真剣だったのかい」
「そりゃあもう! 俺の一生分の愛を捧げるつもりだったんだ」
「熱烈だね……」
「……初めてだったんだ」
「え?」
「あんなに、俺を見てくれて、理解してくれていた人がいたなんて、知らな
かった」
「黒羽君……」
栞を思い浮かべてか、この男が儚げに笑うところなんて見たことがない。
これはもう、相当本気かもしれない。
ため息を吐いて、白馬は友人のために一つ、助言してやることにした。
「彼女は君のことをよく見てくれていたんだろう? それなら君も、もっと
よく彼女のことを見るべきだ」
「よく見るって……俺はちゃんと」
「本当に? 本当に、彼女のことをちゃんと知ってあげてるかい?」
「……どういう意味だよ」
快斗が怪訝そうな目で白馬を見上げる。
「彼女を手に入れたいのなら、彼女の本質を見極めなければならないだろう。
君にはそれができるかい?」
「……何だかよくわかんねーけど、俺に不可能はねぇよ」
少しだけ、快斗の瞳に不敵な光が戻った。
***
「ねぇ新一、黒羽君と別れちゃったの?」
「だから、何で知ってんだよ……」
新一が半眼で問うと、幼馴染は困ったように笑った。
「馬鹿ね、今日の新一見てればわかるわよ」
あの後、帰ってすぐに制服を脱ぎ、近所のクリーニングに出した。
もうあの制服を着ることはない。
「はぁ……」
これでよかったはずだ。すべてが解決したはずだ。
そう思うのに、別れ際の快斗の辛そうな顔を思い出すと、胸が締め付けられ
る。快斗を傷つけてしまった。しかもそれが好きな相手なのだからなおさら
きつい。
「新一……」
幼馴染の心配そうな声は聞こえないふりをして、新一は帰り支度を始めた。
「あら?」
蘭の驚いたような声に、新一は顔を上げた。蘭は窓の外を見ている。
「あそこにいるの……あの時青子ちゃんと一緒にいた……」
ハッとして窓に駆け寄る。
正門のところに、確かに快斗が立っていた。
青いブレザーの中にぽつんといる黒の学ランは目立っていて、下校中する生
徒から注目されていた。
快斗は校舎を見上げていたが、当然、新一と目が合うことはない。
快斗には帝丹の2年生だと嘘を吐いていたし、2年生の教室は新一たち3年生の
下の階だ。案の定、快斗の視線も、新一のいる場所より下の方に向けられて
いた。
「なんで……」
久住栞は嘘で塗り固められた存在だ。
いくら探しても、見つかるわけないのに。
「悪ぃ、先帰るな」
賑やかになっている正門を尻目に、新一は裏門から学校を出た。
この恋は、封印すると決めたのだ。
続
2012/08/07
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