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「栞ちゃん!」
「快斗君」
いつもの待ち合わせ場所で、噴水の縁に腰掛けて待っていると、快斗が走ってくる
のが見えた。
柄にもなく緊張して、だいぶ早めに来てしまったのだ。
「ごめん、待った?」
「ううん。快斗君こそ早いね。まだ15分前なのに」
「せっかく栞ちゃんから誘ってくれたんだもん。楽しみで」
満面の笑みを浮かべる快斗は本当に嬉しそうで、新一は痛む心を抑えて曖昧に微笑
んだ。
「ちょっと座ろ?」
近くのベンチに移動すると、快斗が飲物を買ってくると言って走っていった。
時刻は5時を回っていて、公園には夕陽が差し込んでいる。3回目に会った時、ここ
で快斗のマジックを見た。
この制服を着るのもこれで最後だろう。どこから入手したのかは知らないが、園子
に返さなくてはならない。クリーニングに出す時、店員に変な目で見られないだろ
うか、なんて今は関係ないことを考えた。
「お待たせ。コーヒーで良かった?」
「うん。ありがとう」
しっかり無糖のコーヒーだ。
一緒にいた時間は短かったのに、ちゃんと好みをわかってくれていることに、余計
に胸が苦しくなった。快斗の手には予想通りココアがあって、新一の方こそ、相手
の好みを把握してしまっている自分を自覚する。
「俺さ、ホントに嬉しかったんだ。初めて栞ちゃんから連絡くれて。浮かれすぎて、
今日学校でずっと上の空でさ。担任にチョーク投げられちまって――」
「あのね、快斗君」
「何?」
しばらくの他愛ない会話の後、本題を切り出す。
手の中のコーヒーはすでに冷めきっていて、少しずつ辺りも暗くなってきていた。
「私、何度か快斗君に会って、すごく楽しかったわ」
「ほんと? 嬉しいな」
「快斗君って、本当にいい人ね。きっとすごくモテるんでしょう?」
「……栞ちゃん?」
新一の物言いに何か感じたのか、快斗が不思議そうな顔で覗きこんでくる。
その無垢な表情を見ると、彼を傷つけてしまうことに罪悪感が募る。
でもすべては遅すぎる。
最初から、新一は快斗を傷つけることしかできないとわかっていたはずだ。
女と偽ってつき合いを続けたところで、いつかは壊れてしまう関係だ。それを己の
わがままで長引かせて、さらに傷を深くするようにしてしまった。
しかも、男にキスしたなんて知ったら……
快斗のためにも、自分が男だとは今更明かせない。
「快斗君」
せめて、後腐れなく、別れを告げよう。
「私たち、もう会わない方がいいと思うの」
「……え?」
瞠目して、呆然とした様子の快斗に、畳みかけるように言う。
「急にごめんなさい。でも、やっぱりうまくいかないと思うの、私たち」
「なんで……」
「大丈夫よ、快斗君なら、ほかにもっと相応しい人がいるはずだわ」
「何か気に入らないことあった? それなら俺、」
「快斗君が悪いわけじゃないの。全部、私のせいなの」
快斗が苦しげに顔を歪める。
やはり、傷つけてしまった。
「この間、いきなりキス、したから……?」
「っ、」
唐突に唇にあの時のキスの感触が蘇った。
じわじわと、浸食する快斗の体温。
「やっぱり、」
「違うの! ……私が、悪いの。だからお願い、もう、会えない……」
「栞ちゃん!」
鞄をひっつかんで踵を返そうとすると、快斗に腕を掴まれた。
「何すっ……!」
強い力で引き寄せられて、強引に唇を塞がれた。
「ん、ふ、ゃめ……ん」
この間とは比べられないくらい、深い口づけ。
がっちりと頭をホールドされ、貪るようなキスをされた。
「んーっ、ふっ、ん!」
ドゴッ
「っ、いって……」
つい、蹴ってしまった。
そして蹲る快斗を置いて、今度こそ公園から走り去った。
続
2012/08/07
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