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「新一、その後黒羽くんとはどうなったの?」
「あー……」
月曜日の帰り道。
新一は、部活を引退した蘭と二人並んで歩いていた。
蘭は受験に向けて塾に通っていて、今日もこのまま塾に向かうらしい。
夕飯の支度ができないからと、先日から蘭の母親、英理が探偵事務所に戻ってきている
らしい。
彼女の破壊的な料理の才能を思い出して、新一は身震いした。
「昨日美術館デートしたって聞いたよ」
「っ、誰に?!」
「白馬君」
そう言えば口止めは忘れていた。
俺のプライベートは筒抜けなのかと、新一はがっくりした。
「新一がすごく可愛くてびっくりしたって言ってたよ。実物の破壊力はすごいって」
「ああ……母さんに服装やらメイクやら遊ばれたよ……ってちょっと待て。“実物”っ
てどういう意味だ?」
「ああ、えっとね」
何だかとてつもなく嫌な予感がした。
「文化祭の新一の写真、私も園子からもらったんだけど」
説明する幼馴染を、息を詰めて見つめた。
「鞄に入れたままにしてて、この間お父さんの捜査協力の付き添いで警視庁に行った時
に偶然白馬君に会ったのよ。新一が文化祭で女装したって話をしたら、興味あるみたい
だったから、つい」
「つい、で見せるなよ……」
「白馬君ならいいかなって。友達でしょ」
「そうだけどさぁ」
どうりで、快斗にすら見破られなかった女装がバレたわけだ、と新一は納得した。
「そんなことより、有希子さん今日本にいるの?」
「そんなこと……いや、今朝もうロスに帰ったよ。ったく、何しにきたんだか……」
「哀ちゃんか博士が知らせたのかしら。息子に恋人ができたんだから、そりゃ気になっ
て飛んでくるわよ」
「こいっ?!」
思わずむせそうになったが、蘭はけろりとしていた。
「こんなあからさまにデートに誘われるんだもの。相手は新一とつき合いたいと思って
るわよ。問題は、新一の方でしょ」
「おいおい、俺の方って言ったって、男同士で、しかも俺はあいつを騙してるんだぞ。
つき合うなんてできるわけねぇだろーが」
「できるできないじゃなくて、つき合いたいかつき合いたくないかよ」
別れ道までくると、蘭は立ち止まり、いくぶんまじめな表情で新一に言った。
「新一、彼のこと、本当はどう思ってるの?」
「俺は、別に……」
口ごもって、蘭の真剣な瞳から逃げるように視線を逸らす。
こんなの、自分らしくないのはわかっている。
その時。
「ちょっと快斗ー!」
「何だよ、うっせーなアホ子。ついてくんなよ」
聞き覚えのある声と名前。
ハッと顔を上げると、向かいの通りに彼がいた。すたすたと歩く黒羽快斗と、その後ろ
を追いかける可愛い少女。
「快斗がついてきたんでしょー。快斗がどうして米花町に用があるのよ」
「用っつーか……青子には関係ねぇだろ」
「何それー!」
内容は喧嘩のようだが、お互いの口調からしてただのじゃれ合いだ。少女の方からは甘
えと、少年の方からは優しさが滲み出ている。
「っ」
何だろう。
何だか嫌な気分だ。胸のところで何かが詰まって、もやもやする。
「あ、青子ちゃんだ」
快斗の腕を捕まえた少女を見て、蘭が呟く。
「……知ってるのか?」
「うん、同じ塾に通ってるの。クラスも一緒で……新一?」
ああ、なるほど、と納得する。
二人とも学校帰りなのだろう。セーラー服を見れば、青子と呼ばれた少女も江古田高校
の生徒だとわかる。
傍から見れば一目瞭然だ。
快斗は、青子を塾まで送るためにわざわざ米花町までついてきた。そして照れてそれを
誤魔化そうとしている。道行く人々もその様子を微笑ましく思っている。
それが自然だ。
女装した男がいつまでも彼の隣に並べるはずがない。
ましてあいつは、やっと平穏を手に入れたのだから。探偵がいつまでも近くをうろちょ
ろしていいわけがない。クラスメイトの白馬のことも疎ましがっていたくらいなのだか
ら。
「ねえ新一」
呼びかけられて、無理やり二人から視線を外す。
「私は、新一には幸せになってほしいの」
「蘭?」
「戻ってきてからの新一は、恋愛を遠ざけているように見えたわ。一年の間に何があっ
たのかは知らないけど、でも大丈夫よ、新一にだってちゃんと、幸せになる権利がある
のよ」
「蘭……」
「好きなんでしょ? 彼のこと」
ずっと近くで見守ってきたつもりだったけれど、自分が思っていた以上に、優しい幼馴
染は大人になっていた。
この幼馴染の前でなら、認められる気がした。黒羽快斗のことをいつの間にか好きにな
ってしまっていたと。
「好き、だ。俺、あいつが好きだ……でも。あいつが好きなのは久住栞だ。男の工藤新
一なんかじゃない」
「新一……。どっちも新一よ?」
確かに、性格に関してはほとんど素だったような気がする。だから新一も快斗と過ごす
のは苦ではなかった。傍にいると、楽だったし、安心できた。……でも。
「違いすぎるんだよ……」
女の栞と男でしかも探偵の新一とでは。
守りたくなるような可愛げのある、自分を受け入れてくれる女の子。
それが快斗が傍に置きたいと望む存在なのだろう。決して自分を罵倒し追い詰めるよう
な男のことなんて求めていない。
久住栞なんて、ちょっと魔が差して造り出してしまった、偽りの存在なのに。
どちらにせよこんな偽りの関係、所詮いつまでも続けられるわけがないんだ。
***
(side K)
「もー、快斗ってばどこ行くのよー!」
「だからついてくんなって。探してるやつがいるんだよ」
青子の塾が米花駅付近にあると聞いて、ついついてきてしまった。米花駅なら帝丹高校
の生徒もたくさん利用しているだろうし、この時間ならもしかしたら偶然会えるんじゃ
ないかと考えて。
案の定、青いブレザーはたくさん見かけるが、目的の少女はいない。
「探してる人? あっ、もしかして、快斗の好きな子? 今アタック中の」
「何でお前が知ってんだよ」
「白馬君が言ってたよ。帝丹のすごく綺麗で可愛い子だって。やっぱりこの間の文化祭
の時にナンパしたんでしょー!」
「白馬のやつ……つーかあいつ、栞ちゃんとどういう関係なんだ?」
美術館でやけに仲が良さそうだった。ただの知り合い、なんて嘘だ。だって内緒話して
いる時、かなり顔が近かった。
思い出して嫉妬に顔を歪めていると、携帯が鳴った。
「お、栞ちゃんからメールだ……明後日……おっしゃー! 初めて栞ちゃんからデート
のお誘いだ!!」
ガッツポーズをして喜んでいると、背後から幼馴染の呆れたような声が聞こえた。
「もう、だらしない顔。それじゃ、青子は塾行くからね」
「おう、とっとと行けよー」
「まったくもう……」
続
2012/08/06
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