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「綺麗……」
「よかった、楽しんでくれて」
日曜日、新一と快斗は杯戸美術館に来ていた。
日曜ということもあってそこそこ混んでいたが、快斗のさり気ないエスコート
で人にぶつかることもなくスムーズに回ることができた。こういうところはキ
ッドそのものだよな、と腑に落ちる。
キッドをしていたころの影響なのか、快斗は美術品には詳しかった。プレート
の説明を補足するように、新一の知りたいことを教えてくれる。それが嫌みで
なく、男の新一からしても羨ましくなるくらいスマートだった。
「すごい、この透明感」
「エッチングの微妙な度合いで表面の雰囲気を変えているんだ。そこの模様は
詩に登場する女性をかたどっていて花瓶そのものが一つの物語を語っているん
だよ」
快斗と話しているのは、純粋に楽しい。
本人も言ってたその膨大な知識量に加え、頭の回転の速さや、相手の感情に敏
感に気づくところ。女性に対する気遣い。
知的な反面、普段はどちらかというと明るくて元気な少年のイメージを持って
いる。
どこをとっても、いいところしか思いつかなくて、新一は困った。
(親友になれたら、よかったのに)
男同士、ただの友達として出会えれば、きっとこんなに困ることもなかった。
初めての感情に戸惑う。
どうしたらいいのかわからない、なんて。
「黒羽君?」
背後から、快斗を呼ぶ声がした。
新一はどきっとした。何せその声は、新一も知っているものだったからだ。
「あ? 白馬? 何でこんなとこにいんだよ」
案の定、そこにいたのは同じ高校生探偵の白馬探だった。
コナンの時にも会っているが、新一自身、警視庁で何度も会ううちに友人にな
った男だ。ホームズの話題で盛り上がることのできる貴重な友人だ。
そういえば、白馬とは知り合いだと言ってしまったことを思い出す。
あの後のフォローをすっかり忘れていた。
「イギリスから友人が来ているから、東京を案内していたところだよ」
確かに、少し離れたところで外国人が江戸切子を繁々と眺めている。
「君こそ、なぜ今更美術館に?」
「今更って何だよ」
「いや、何でもないよ。それより、そちらの女性は……?」
「は? お前も知り合いなんじゃ――」
「あー! えっと、白馬君、久しぶりね! ちょっといいかな!」
かなり無理があるだろうと思いつつ、がしっと白馬の腕を掴むと、急いで快斗
から距離をとる。
「え?」
「あ、おいっ」
二人の困惑は無視して、白馬に小声で耳打ちする。
「あの、ごめんなさい、私帝丹高校の者なんですけど、白馬君と知り合いだっ
てつい嘘ついてしまって……この場だけでいいので、知り合いのふりしてもら
えませんか?」
「帝丹……? ああ、あなたのことだったんですね」
「え?」
「いいえ。それより、何故そんな嘘を?」
「あ、それは、その。私、毛利蘭の友達で、白馬君が江古田だって話聞いてた
から、つい。知ってますよね、毛利蘭。」
「なるほど。ええ、蘭さんのことは存じてますよ。彼女の幼馴染みとは友人で
すし……って、あれ?」
「えっ?」
不意に、白馬がぐいっと顔を寄せてくる。驚いてのけぞると、がしっと肩を掴
まれた。白馬の目は驚愕に見開かれている。
「え、ちょっと待ってください。もしかして……工藤君?」
「あー……」
目を逸らすと、白馬は呆気にとられた表情になった。
「く、工藤君、何故そんな格好を……」
「はぁ。お前には通用しなかったか……。まあ詳しい話は省くけど、文化祭で
女装させられてた時に黒羽と出会って、色々とな」
「……なるほど。それで僕と知り合いだとつい言ってしまったんですね」
「そういうことだ」
「……事情は大体わかりました。何とかフォローしましょう」
「助かる」
快斗のところへ戻ると、少し離れたところで二人を見ていた快斗はかなり不機
嫌なようだった。主に白馬に対して。
「……内緒の話は終わったわけ」
「ああ、悪かったね黒羽君。彼女とは久しぶりに会ったからちょっと話しこん
でしまったよ」
「ふーん」
「あ、あの快斗君、怒ってる……?」
「栞ちゃんに怒るわけないじゃん。さあ、次見に行こう?」
「う、うん」
「白馬はついてくんなよ」
「わかっているよ」
白馬に別れを告げて歩き出す。
いつの間にか快斗に手を引かれて次の作品のところまで誘導されていた。
「ねえ、快斗君と白馬君って、仲悪いの?」
「え? ああ、いや……悪いってわけじゃないんだけど、前にちょっと色々あ
って。今は普通にダチだけど」
「色々?」
「うーん……前に、俺あいつに怪盗キッドだって疑われてたんだ」
「え……怪盗キッド?」
何で白馬にばれてるんだよと少し不機嫌になった新一には気づかずに、快斗は
頷いた。
「キッドはもういなくなっちまったけど、あいつは今でも俺のこと疑ってるん
だ。前みたいにそれを口にすることはなくなったけど、今でもこの近辺の美術
館を時々見に来てるのは、キッドがまた犯行をしないか見張ってるんだと思う
ぜ」
「…………」
「俺はキッドのファンだったけど、犯罪者だと疑われるのはちょっと、なあ」
「快斗君……」
自分を犯罪者だと言った時の表情が何だか辛そうで、新一は眉を顰めた。
キッドは目的を遂げて消えたが、自分が犯罪を犯していたという過去は、快斗
の中から消えたりしない。
新一がコナンになっていた壮絶な一年間を心の奥に抱えているように、快斗も
また、キッドの業を人知れず抱えているのだ。
「キッドは、確かに窃盗犯だけど」
快斗の横顔を見ていたら、自然と言葉出ていた。
「いつも前を見ていて、たくさんの人たちにとって希望だった。キッドに助け
られた命もいっぱいあるはずよ。義賊っていうのとは違うけど、人間が好きな、
優しい子供だったと思うわ」
快斗が驚いたように新一を見る。
「栞ちゃん……」
「あ……ごめんなさい、勝手なこと言って。でも、私はそう思うの」
「……ありがとう」
そう言って嬉しそうに笑った快斗に、心臓が高鳴った。
「栞ちゃん」
「え?」
気づいた時には、目の前に快斗の顔があった。
一瞬だけ触れて、すぐに離れた体温。唇に残った温度が、じわじわと体中に広
がった。
「ごめん、いきなり」
「快斗君……」
キス、された。
だが、何より衝撃的だったのは、それを嫌だと思わない自分だった。
続
2012/08/04
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