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帰宅するやいなや、新一は着替えて書斎に籠もっていた。
「黒羽……マジシャン……黒羽盗一……」
父親の、怪盗キッドのファイルを漁る。最近活動していた怪盗と手口も雰囲気も似てい
るが、何かが違う。何度も直接対峙し、会話を交わした自分だからこそわかる、微妙な
違いだ。
若いだろうとは睨んでいたが、やはり同年代だったか。
優しく微笑む快斗の顔を思い浮かべる。
おそらく、向こうはまだ自分が探偵だとは気づいていない。
単純に、女の子にアプローチかけてるつもりで、男、しかも天敵の探偵に近づいている
なんて本人が知ったら、きっとショックだろう。
その上それが原因で、正体がばれるまでに至ってしまったのだから。
早めにこの曖昧な関係を終わらせるべきだ。
元々、相手を騙してデートなんてすべきじゃなかった。お互いのために。
だが、何故か決断できない自分がいる。
思い出すのは、暗闇で自分の手を包み込むように握った、温かい手。
そしてその手で生み出される胸躍るような魔法。
「どうしちまったんだ俺は……」
バンッ
突然、書斎の扉が開け放たれた。
「新ちゃーん!!」
「げっ」
そこにはここにいるはずのない母親、有希子がいた。
「新ちゃん、聞いたわよ! 可愛い女の子になってカッコいい男の子を誘惑してるんで
すって?」
「母さん、何でここに……って、はっ?!」
ロスにいるはずの母親が日本にいることも疑問だが、何だか気になる言葉が聞こえてき
た。
「何でそのこと知って……まさか!」
園子や蘭ではないだろう。文化祭の写真を脅しの切り札に使われたのだから、そうやす
やすと切り札を手放すとは思えない。
だとしたら、考えられるのは、隣だ。
そういえば女性用の変声機を造ってもらった時に、博士にわけを話した気がする。もし
かしなくとも、それが直接か哀経由でロスに伝わったのだろう。
「くそっ、油断した……」
「ということは本当なのね!」
「はぁ……」
言いまわしは気になるところが多々あったが、訂正は無駄だろうと思って諦めた。
まあ、大体は事実だ、不本意ながら。
「もう、そういうことならもっと早く言いなさい! ママが協力してあげるわ!」
「だから言いたくなかったんだよ……」
さっそく、有希子の衣裳部屋に連れて行かれる。
「それで、次のデートはいつなの?」
「そんなの、まだ決まってな――」
ポケットの携帯が震えた。
「まあ、メール?」
《件名:お誘い
送信者:黒羽快斗
今日はありがとう。マジック楽しんでくれたかな。
栞ちゃんに俺のマジックを見てもらえて、すごく嬉しかったよ。
ところで、さっき言いそびれちゃったんだけど、今週の日曜空いてるかな?
杯戸美術館のチケットをもらったんだけど、良かったら一緒に行かない?
期間限定のガラス工芸品展なんだけど、興味あるかな?
俺は栞ちゃんと行きたい。
返事待ってるね。》
「あらぁ〜」
「って母さん! 人のメール見るなよ!」
「ちょうど良かったわ。デートに来ていく服を見立ててあげる」
「まだ行くなんて一言も……」
「行くわよね」
「……はい」
妙な気迫のある笑顔に押されて頷く。
結局母親には逆らえない新一だった。
「そういえば母さん」
「なあに?」
「黒羽盗一に弟子入りしてたよな」
有希子は、衣装用クローゼットから何着もの服を取り出しては新一に合わせていく。
「ええ、そうよ。シャロンと一緒に変装術を教わったの」
「父さんと黒羽盗一さんは、面識あったのか?」
「優作? ううん、なかったと思うけど」
「そうか……」
もしあったのだとしても、それは夜の現場だけということか。
「どうしてそんなこと聞くの?」
「いや……」
母さんは黒羽盗一が怪盗キッドだったことを知っているのか、聞くことは躊躇われた。
この様子では何も知らなそうだが、彼女はどこまでも女優だ。息子を騙すことくらい容
易いだろう。
「でも、そうね……何だか秘密の関係だったんじゃないかしら」
「え?」
「一度ね、優作から盗一さん宛てに手紙を預かったことがあるのよ。そして何故だか、
盗一さんは元々中身を知っていたの。きっと私の知らないところで何かしらの交流があ
ったんだわ」
「手紙……」
それはもしや、自分が本当の小学生だった頃に預かった財布の返事ではないだろうか。
だとしたら、やはり父親は知っていたのだ、怪盗キッドの正体。そして、二代目怪盗キ
ッドの正体も。
「新ちゃん」
呼びかけられて思考から抜け出すと、思いのほか真剣な目をした母親がいた。
「新ちゃんは、どこまでも探偵よ」
「え……」
「でも、探偵だけじゃないの。時には恋する乙女になれるのよ。なっていいの。だって、
女の子は恋をすると強くなれるのよ」
「母さん……」
「今の新ちゃん、輝いてるわ」
有希子がふわりと微笑む。それは間違いなく母親の顔だった。
「……って誰が恋する乙女だー!!」
「さあ、お洋服を選びましょ」
「だから、俺は女じゃねー!」
結局は息子を着せかえ人形にして楽しむ有希子だった。
「つーか父さんはどうしたんだよ」
「優作はロスで編集者さんに泣きつかれて缶詰になってるわよ」
「またかよ……」
続
2012/07/28
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