<3>





「白馬、ちょっと顔貸せよ」
「黒羽君? いいけど、あと2分37秒で予鈴がなってしまうよ」
「いいから来いって」

朝、登校してくるやいなや、快斗は白馬を教室から連れ出した。

「快斗、白馬君に何の用なんだろう?」
「放っておきなさい。……どうせくだらない男の嫉妬だわ」
「嫉妬?」

首を傾げる青子に、紅子はため息を吐いた。




人気のない階段の踊り場までやってくると、快斗は白馬を睨みつけた。

「お前、帝丹に女の子の知り合いがいるだろ」
「帝丹高校かい?」

唐突な質問に戸惑いながらも記憶の引き出しを探っていくと、確かにヒットした。

「ああ、二人ほどいるね」

何度か事件で顔を合わせたことのある探偵の娘と、父親のつき合いのパーティーで挨拶
したことのある財閥の娘。
男も含めれば、友人が一人いるのだが。

「お前、その、綺麗で可愛くてお淑やかで優しくて可愛い方の子とは、どういう関係だ
よ」
「綺麗で可愛くて……?」

可愛いを2回も言ったが本人は気づいていないのか、いや強調したくてあえて2回言った
のか。

とりあえず、条件に合致するのはきっと毛利探偵の娘の方だろうなと解釈した白馬は、
「事件で何度か会ったことがあるだけだよ」と返答した。

「お前……その子のこと、どう思ってるんだよ」
「どうって……強くて優しい素敵な女性だと思っているよ」

すると快斗の機嫌はさらに悪くなったようだった。
「あいつに近づくな!」とか何とか、捨て台詞のようなものを吐いて去っていった。
そしてそれと同時に本鈴が鳴った。

「一体何だったんだい……」

何だかとばっちりを受けたような気がして、白馬はため息を吐いた。



                  ***




待ち合わせは前回同様、杯戸公園の噴水。
いわゆる放課後デートというやつで、帝丹からも江古田からもちょうどいい距離にある
この公園で、放課後待ち合わせをしていた。
したがって二人とも制服である。
帝丹の女子の制服は、言わずもがな園子がどこからか持ってきたものだ。

新一がやってくると、快斗はやはりすでに待っていた。
私服の時とはまた違った少年ぽさが感じられて、学ランもいいなと密かに思った。

「制服だとまた雰囲気変わるね」

思っていたようなことを快斗に言われて、どきっとする。

「今日は、この辺りぶらぶらしようと思うんだけど、どう?」
「うん、いいよ」

広い公園の中をゆっくりな歩調で歩く。
今日学校であったこと、好きな本の話、友達の話、世話焼きな隣人の話。

「栞ちゃんって、米花町に住んでるんだよね」
「うん」
「来年受験生だよね。大学もそのあたりのとこに行くの?」
「あー……」

そういえば、栞は高校2年生だと嘘を吐いていた。同学年だと、学校は違っても何かと
情報が漏れやすい。特に高3の秋ともなれば、塾で繋がりができたりするものだ。万一
にも正体を悟られないように、予防線だ。

言い淀んだところで、ふと思い出した。

「あれ? そういえば、黒羽快斗って名前……」
「ん?」

新一はハッとする。

「いつも全国模試一位の奴じゃね……じゃない!」

少し口調が素に戻りかけたが、快斗に気にした様子はなかった。
照れくさそうに頭をかいている。

「あー、まあね。俺、頭は結構よくってさ。でも、大学進学はちょっと迷ってて」
「どうして?」

その頭ならどこへでも行けるだろうに。それこそ、外国の大学にも。

「俺、実はマジシャン目指してるんだ」

ポン、と小さな煙が出て、飴玉が現れた。

「高校卒業したら、海外にマジックの修業に行こうかとも考えてるんだ」
「マジック……すごいのね」

新一は目を見開いて飴玉を見ていた。

「こっちきて……」

快斗は新一の手に飴玉を握らせると、手を引いて傍のベンチに座らせた。
そして自分は少し離れたところに立ち、優雅な仕種でお辞儀をした。

「今日は栞ちゃんのためだけに、魔法を見せてあげる」

公園に夕陽が差し込んで、快斗の背を照らした。自然と、逆光で顔が暗くなる。

新一は息を呑んだ。

飴玉を出した時にふと脳裏をよぎった影が、今度はもっとはっきりした形で蘇る。
今目の前に立つ少年は全身黒い学ランで覆われていて、その影とは似ても似つかない。
だが、お辞儀の雰囲気や、現場で時折、ふとした瞬間にコナンにだけ見せていたやわら
かい空気。あの冷涼な鋭い空気の裏には、きっと優しい男がいるのだろうと、そう思っ
ていた。

新一が世間に戻ってきたのと同じ頃に、姿を消してしまった確保不能の大怪盗。

きっと目的を遂げ、どこかで生きているだろうと信じていた。

「あ……」

快斗の手からはたくさんのトランプや薔薇や鳩が現れる。
その見事な手並みに感嘆すると同時に、つのる既視感。

飛び出した鳩のうち一羽が、ゆっくりと羽ばたいて新一の肩に舞い降りた。

「おや」

驚いた顔は、本物なのか演出なのかわからない。
すり寄る鳩をじっと見つめて、新一は直観的に悟った。

これは、あのエッグの事件の時に助けた鳩だ。

満足したように主人の元へ飛んで帰る鳩を見ながら、新一は確信していた。



黒羽快斗は、怪盗キッドの正体だ。















NEXT






2012/07/25