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「はあ……」
机に突っ伏して、深い深いため息を吐いた。
「……どうしたの、新一?」
心配そうに声をかけてくる蘭の隣に、対照的に嫌な笑みを浮かべた園子。
ちなみに今は昼休みだ。新一は朝からずっとこんな状態で、授業もまったく聞いていな
かった。
「ははーん、さては恋煩いね。文化祭の時に何かあったわね」
文化祭、というキーワードに思わず反応する。
「えっ、新一、本当なの?」
「ちげーよ!!」
恋煩いなどという可愛らしい悩み事ではない。
「ミスコンの後に何かあったんでしょー?」
う、と言葉に詰まる。
園子、妙なところで鋭い。
「そうなの?」
「とっとと吐きなさいよ」
「何でお前に言わなきゃいけねーんだよ」
言いたくない。言えばこの面白いことが大好きな園子のことだ、絶対に何かとんでもな
いことを言い出すに決まっている。
新一が面倒くさそうにあしらうと、園子は意味深に笑った。
「そんなこと言っていいのかしら?」
「……何だよ」
「これを工藤夫妻に送ってもいいのよー?」
「は?」
園子がひらひらとちらつかせるそれは……ミスコンの写真。
「なっ、え、はっ? だって撮影禁止のはずじゃ……」
「甘いわね。誰がスポンサーになったと思ってるのよ」
「?!」
予想外のところで発揮される鈴木財閥の力。
どうやら鈴木家が雇ったカメラマンが公式に撮影していたらしい。女装に気をとられす
ぎて気づかなかった。
「不覚だっ……」
「さあ、吐きなさい」
そうしてすべて話すことになってしまったのだった。
文化祭当日にあった出来事も。そしてその後、少年からメールが来て、今週の土曜日、
デートのようなものに誘われていることも。
「行きなさい」
「はっ?」
「それにはまず女の子の服がいるわね。こうなったら金曜日の放課後に駅前のモールで
ショッピングよ! いいわね、蘭」
「うん」
「蘭?!」
裏切られたような気持ちで幼馴染を見ると、彼女はあくまで優しく微笑んでいた。
「だって、新一が悩むくらいだから、その人のこと気になるんでしょう?」
確かに、どうでもいい相手だったら、こんなに悩んだりしない。
「黒羽快斗、だっけ? その人」
「ああ」
「なーんか、どっかで聞いたことあるような……」
園子がうーん、と首を傾げる。
「まあ、それなりにかっこいい奴だったから、お前のセンサーに引っかかってたのかも
な。帝丹の文化祭に来るくらいだから、近くに住んでんのかもしんねーし」
「とにかく、金曜は空けといてよね!」
「はぁ……」
どうも、悩みが増えたようにしか思えない新一だった。
***
金曜日。
こんな時に限って世の中は平和で、事件の要請もなく、新一は二人に連れられて駅前に
新しくできたモールに来ていた。
女の子の服を試着するのに不自然でないようにと、園子がどこからか入手してきた女子
の制服に学校で着替え、文化祭で使用した鬘も着用している。
さすがにメイクはしなかったが、それでも十分女に見えてしまうことが、何とも言えな
い気持ちにさせた。
「デートだから、やっぱりスカートよねー」
「ワンピースが良いんじゃないかしら」
「マジかよ……」
所在なさげに立ち尽くしている新一に、蘭と園子は次々と色々な服を合わせていく。
まるで母親とショッピングしている時のようだ、と嫌なことを思い出しかけて頭を振っ
た。
「なあ、ちょっとそこの椅子で休んでるから」
はしゃいでる女性陣を尻目に、近くのベンチに腰掛ける。
「ちょっと! 新一君の服を選んでるんじゃない!」
「どーせ俺の意見なんて聞く気ねぇんだろ」
「……まあ」
ため息をついてベンチに腰掛ける。同じフロアには似たようなブティックがいくつも入
っていて、これを順に回っていくのかと思うと気が滅入った。
大体、何故こんなことになってしまったのだろう。
あの時ちゃんと自分が男であることをバラしてしまえば、こんなことにはなっていなか
った。それなのに、口から出てきたのは、その場で思いついた嘘の名前。
ばれたくない、なんて。
頭を過ぎった確かな思い。
その理由は、まだわからない。
***
杯戸公園の噴水。
待ち合わせ時間の10分前に着くと、目的の相手はすでに待っていて、噴水の縁に腰掛け
ていた。その姿が妙に決まっていて、周りの女性たちの視線を集めている。
「あ、あの」
本格的に女のふりをすると決まってから、博士に協力してもらって、奥歯に仕込むタイ
プの小型変声機を造ってもらった。声は一種類しか出せないが。
「! こんにちは」
「こんにちは……お待たせして、ごめんなさい」
「栞ちゃんに会いたくて、早く来すぎちゃったんだ」
さらりと言う少年に、少し恥ずかしくなる。こんな気障な台詞、普通の高校生が言うに
はレベルが高い。
「あの時のゴスロリの衣装も似合ってたけど、今日の服も可愛いね」
「あ、ありがとう」
昨日蘭と園子が選んでくれたワンピースだ。水色のシフォンがふわりと風に揺れる。
……さすがに下はボクサーパンツだが、詰め物を入れて何とブラジャーまでしている。
新一はため息を呑みこんだ。
「どこか行きたいところある?」
「いえ、特には……」
「それじゃあ、一緒に行きたいお店があるんだ。甘いものは好き?」
「まあ、それなりに」
「おいしいチーズケーキのあるおすすめのカフェがあるんだ。良かったら、そこでゆっ
くり話したいな」
そう言ってふわりと笑う少年に、新一は誘われるようにこくんと頷いた。
***
「おいしい……」
「よかった。栞ちゃんはブラック派なんだ?」
「うん」
「すごいね。俺は苦いの苦手でさー、コーヒーは砂糖とミルク入れないと」
「甘党なのね。……何か、可愛いかも」
「………」
黙り込んだ少年に、首を傾げる。
「あの、黒羽君って、」
「快斗」
「え?」
「栞ちゃんには、できれば快斗って呼んでほしいな。駄目?」
「う、ううん。快斗、君」
「うん」
「快斗君って、帝丹じゃないよね?」
「ああ。俺は江古田高校の生徒だよ」
「江古田……」
最近聞いた名前の高校だ。
「知ってる?」
「うん、知り合いが確か江古田に――」
言って、ハッとした。知り合いと言っても、それは工藤新一の知り合いだ。久住栞ので
はない。
「知り合い? 誰だろう」
「えっと……」
答えを待つようにじっと見つめられて、新一は観念した。
何故だか、この不思議な深みを持った瞳に見つめられると居心地が悪くなった。
本人には後で何とか言いわけしておこう。
「白馬、探君」
「……白馬?」
何だか、相手の機嫌が一気に悪くなった気がする。もしかしたら、仲が良くないのかも
しれない。
「えっと、知ってるの?」
「ああ。クラスメイトだよ。栞ちゃんと白馬って、どういう知り合い?」
「えーっと……」
言い淀んでいると、快斗が首を振った。
「ごめん、言いたくなかったらいいよ。もし事件関係だったら、口外できないこともあ
るだろうし」
「あ、うん……」
「……嫉妬したんだ」
「え?」
「ごめんね。まだ会うの二度目なのに、何か、そんな気しなくて」
「ううん……」
それから色々な話をして、新一は快斗と別れた。
送っていくと言われたが、家がバレたらかなりまずいので丁重に断って、駅で別れた。
「また、会ってくれる?」
本当は断った方がいいのだろう。
こんな、相手を傷つけることしかできないこと、続けても無意味だ。
「うん……」
それなのに、つい頷いてしまった。
新一の悩みは、しばらく解決しそうにない。
続
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