<1>
そして文化祭当日。
「きゃー、すてきー!」
「可愛い〜!」
用意された衣装に着替え、蘭に化粧をしてもらってクラスメイトにお披露目すると、
一気に騒々しくなった。
鏡を見れば、自分で言うのも何だが、確かに結構可愛い女の子そのものだ。フリルをふ
んだんにあしらった黒っぽい服(園子が用意してきた)で体格を上手く隠しているから、
男だと思う人はまずいないだろう。
「はあ……」
周りの反応は何となく予想できていたが、それでも心中はだいぶ複雑だ。深いため息を
ついて項垂れると、耳の両脇から垂れた長いツインテールが揺れた。
「ってかこれ短すぎねぇ?」
女子だけでなく男子からの視線も感じて、居心地悪そうに新一が言うと、園子は「それ
がいいんじゃない!」と胸を張った。新一は抵抗を諦めたが、短すぎるスカートから万
一ボクサーパンツが見えたら、自分が女装した男であることを周囲に知られてしまうの
で、風には気をつけようと思った。
***
「待てーーーー!」
「工藤くーん!」
「一枚だけでいいからーー!」
「誰が待つかーーー!」
ミスコンの堂々の一位に輝いた新一は、コンテストが終わるやいなや、写真を撮らせて
くれと押し寄せる生徒たちから逃げていた。
コンテストの最中は撮影禁止だったが、終了の合図とともに今度は鬼ごっこが始まって
しまったわけだ。
短いスカートで正直走りにくいが、園子の配慮でヒールのないブーツだったのが幸いし
て、新一は全速力で校内を走っていた。
持ち前の脚力と反射神経で、人の間をすり抜けて賑やかな廊下を通り抜け、探偵として
培った能力で着々と追手をまいていた。
「くそっ」
それでもしつこい(あの執念深さはおそらく新聞部の奴らだ)追手との距離を気にして
振り返った瞬間、前方の角から現れた人間に、強かにぶつかってしまった。
「うわっ」
勢いを殺す間もなかったため、相手を突き飛ばすように縺れ合って床に転がった。相手
を下敷きにして。
「いったー…」
「わ……ごめんなさい、前を見てなくて」
仰向けに倒れて床に頭をぶつけたらしい相手は、新一と同年代の少年だった。新一と顔
の造作が似ていて、どこか華やかな雰囲気を持っている。同じ学年の人間は大体知って
いるし、後輩であってもこんな派手な雰囲気の男なら覚えているはずだから、おそらく
帝丹の生徒ではないだろう。
一瞬でそこまで考えた新一は、すぐに女の子のふりをした。自分の今の格好を考えれば、
その方が自然だ。
鍛え上げられた判断力と天性の演技力がそれを可能にする。
いつかのあの怪盗のように女性の声が出せるわけではないが、小さくか細い声で高い声
をふりしぼれば、この場くらい、まあやりすごせないこともないだろう。
「いや、えーと、追われてるの?」
「え、あ、うん……」
さりげなく背後を探っていたのがバレたらしい。新一が少年の上からどくと、少年はさ
っと立ち上がって、新一の手を掴んだ。
「え……」
「ついてきて」
そう言って、走りだした。
自分の学校でもないのにその足に迷いはない。
どこへ連れて行かれるのかと、不思議と警戒心もなくついていくと、やがてとある一年
生の教室の前で止まった。
「え、ここって」
戸惑う新一を余所に、躊躇いなく教室に入る。
その先は、真っ暗だった。
「ごめん、ここが一番まきやすいと思って」
お化け屋敷だった。
「あ、もしかしてこういうの苦手だった?」
「あ、ううん、大丈夫だけど……」
「それはそれでちょっと残念だな」
「え?」
「何でもないよ」
少年が何か言ったが、聞き取れなかった。
そういえば、まだ手を掴まれたままだった。
決して強く握られているわけではなかったが、新一は何故だか、すぐに離す気にならな
かった。
お化け屋敷が怖いとは思わないが、相手の顔が見えないこの暗闇で、温かい手は不思議
と安心できた。
お化け屋敷を出る時、廊下を確認したが、追手の姿はどこにもなかった。
「ふぅ」
安堵の息を吐いたところで、ポケットの携帯が震えた。
『ちょっと新一君、今どこにいるのよ?!』
園子だった。
追われているのを知っているからか、怒りの中に少しの心配が窺える。
「あ、えと」
そういえば隣にいる少年には女の子のふりをしていたんだっけと思い出して、返答に困
っていると、焦れた園子がさらに言い募った。
『とにかく、今すぐ教室に来てよね。ミスコン優勝のお祝いするんだから!』
優勝祝いはともかく、制服が教室に置いてある以上、戻らなくてはならない。
電話を切ると、少年に「ありがとうございました」と頭を下げて、踵を返そうとした。
「あ、待って!」
「え?」
そういえばいまだに繋がれたままだった手を引かれる。
「よかったら、その。名前教えてくれないかな。それと、できれば連絡先も」
「あ、それは……」
まずい。少年の照れくさそうな顔を見れば、相手が自分に少なからず好意を抱いている
ことはわかる。
だが、今ここにいるのは工藤新一の女装姿であって、本当はこんな少女は存在しないの
だ。
繋がれた手にちらりと視線を落とす。この温かい手を無理に振り払うことは、できそう
になかった。
それならいっそ、ここで男だとばらしてしまった方がいい。
「く……久住、し…おり、です」
「しおりちゃん?」
小さく頷く。
そうして携帯のアドレスと番号も交換して、新一は少年と別れた。
「…………何やってんだ俺……!」
思わず頭を抱えた新一だった。
***
「やっと見つけた! もう、どこ行ってたのよー!」
鼻歌交じりに賑やかな廊下を歩いていると、後ろから幼馴染に肩を掴まれた。
「快斗が急にいなくなって探したんだからね!」
「お前が恵子と占いコーナーで長話してたからじゃねーか」
「携帯何度鳴らしたと思ってるのよ!」
「まあまあ、会えたんだからいいじゃない、二人とも」
さすがに他校で喧嘩はまずいと思ったのか、恵子が宥める。
すると、青子が首を傾げた。
「……快斗、なんか機嫌いい?」
顔には出していないつもりだったが、さすが幼馴染だ。
「まあなー。ちょっと運命的な出会いっつーの?」
「……まさか、可愛い子見つけてナンパしてたんじゃないでしょうね?」
「ナンパじゃねーよ、向こうから飛び込んできたんだよ」
まあ、連絡先を聞いたあたりはナンパに近いものがあったが。
呆れたようにため息を吐く青子の横で、快斗の頭の中はすでに先刻出会った美少女のこ
とでいっぱいだった。
続
|