side 快斗 黒羽快斗は首を傾げた。 何か、何かがおかしいのだ。 「黒羽君? どうかしたのかい?」 前の席に座る白馬が、快斗の様子に気づいて声をかけてきた。 「いや……何だか最近、青子の態度がおかしい気がするんだけど……白馬、何か 知ってるか?」 「青子さん?」 白馬が怪訝そうな顔で教室の反対側で友達と談笑している青子を見る。 「具体的に、どうおかしいんだい?」 「あー……ほら、この間、キッドの予告状が届けられたばかりだろ?」 普段は白馬の方からキッドの話題を出すというのに、珍しく快斗の口から出たそ の名に白馬は驚いて目を見開いた。 「そんな驚くなって。……いつもならキッドの犯行が近づくと青子がうるさくな るだろ? キッドはお父さんが捕まえるとか何とか」 「まあ、そうだね」 「なのに最近……俺がキッドの肩持つようなこと言っても、あいつにやにや笑う だけで怒らなくなったんだよな。なんか気持ち悪ぃっつーか」 「何か言った?」 突如として背後から聞こえた声に、快斗はぎくりと肩を強張らせた。仮にも怪盗 の背後を取るとは、侮れない。 ちなみに白馬はさっと素早く前を向いて、無関係を装っている。 「あ、青子……」 「今、気持ち悪いとか何とか聞こえたんだけど」 「いやー……気のせいじゃねぇの?」 「そんなわけないでしょー! あっ、待ちなさいっ、快斗ー!!」 青子の手を逃れて教室から飛び出していった快斗を、青子が追いかける。 それはいつも光景で、クラスメイトたちはそんな2人を見て、今日も平和だなと 思うのだった。 「んもう、快斗のやつ、どこ行ったのかしら……」 快斗を見失って、青子はきょろきょろとあたりを見回した。適当に近くの空き教 室を覗いてみるが、快斗の姿はどこにもない。 「はぁ。……っていうか気持ち悪いって何よ! 私って前はそんなにキッドの悪 口言ってたかな?」 思い返してみると、少し前までキッドのことで毎日のように快斗と言い合いをし ていたような気がする。 「せっかく最近はキッドのこと、少しは好きになれてきたのに」 気持ち悪いだなんてひどいじゃない、と続けようとした言葉はしかし、突然大き な音と共に隣に落ちてきたものに遮られた。 驚いて見ると、落ちてきたのは今の今まで探していた幼馴染だった。 「か、快斗?!」 どこから落ちてきたのよ! と思わず天井を見上げるが、どこか掴まるものがあ るわけでもない。幼馴染ながら、つくづく謎の多い男だ。 「って、大丈夫?!」 「〜〜〜〜〜っ」 降りてきたというより、まさに落ちてきた快斗は、身体を床に強かに打ち付けて、 痛みに悶えていた。その様子は何というか……あほっぽい。 「えーっと。とりあえず保健室に……」 「いや、だいじょぶだ……」 快斗は何とか立ち上がって青子を制したが、その顔は……… 「快斗っ、鼻血! 鼻血でてる!」 「うおっ、やべ」 どこからともなく取り出したティッシュで鼻を押さえる快斗に、青子は深いため 息を吐いた。 「―――で、だ」 2人は結局そのまま保健室に向かい、鼻にコットンを詰めた快斗は幾分、緊張し た面持ちで口を開いた。 「その……さっき言ってた……キッドのこと好きってーのは………」 自分の父の残業を増やすキッドのことが、青子は大嫌いだったはずだ。『キッド が好き』なんて言葉は、奇跡でも起きない限り彼女の口から聞けるとは思ってい なかった。ぶっちゃけ、パンドラが見つかる可能性より低いと思っていた。 ごくり、と喉を鳴らした快斗に、青子はきょとんとする。 「え? キッドが……? ……ああ! やだなー、違うよ。別に本当にキッドが 好きなわけじゃないよ。本物のキッドは、お父さんが捕まえるんだから!」 聞き慣れた台詞が出てきて少し安堵したものの、その前に気になる言葉があった。 「本物の?」 「うん。私が言ってたキッドっていうのは……えっと、快斗に見せるのちょっと 恥ずかしいんだけど……」 そう言って照れてみせた幼馴染は少し上目づかいに頬を染めていて、客観的に見 れば相当可愛いのだろう。だが、快斗はその先の言葉が気になってそれどころで はなかった。 「じゃじゃーん!」 青子はどこからか(いや本当にどこから出したのか)、薄っぺらい本を取り出し た。 目の前に突き出されたそれに、快斗の目が点になる。 「え……これ、もしかしてキッドか……?」 「そうよ!」 見つめ合った2人の少年のイラスト。 明らかにある特定のお嬢様方が好む種類の本だ。快斗も知識としては知っていた。 一人は見るからにキッドの衣装を身につけていて、キッドを描いているのだとわ かる。だが、もう一人は……? 表紙はカラーで、その少年は青いブレザーを着て緑色のネクタイを締めていた。 笑顔でキッドを見つめるその瞳は、鮮やかなブルー…………。 「まさか……」 「あっ、こっちはねっ」 嫌な予感しかしない。 「高校生探偵の、工藤新一君!」 今まで見たこともないようなキラッキラした幼馴染の瞳はとても無邪気で、快斗 はとても直視できなかった。 「何で……キッドと名探偵が…………」 「だって何か素敵じゃない? 探偵で正義感の強い工藤君が、犯罪者のキッドに 惹かれてしまって、葛藤しつつも愛で乗り越えていくの!」 そう言われて無駄に回転の速い頭脳が想像してしまって、思わず「きめぇ!」と 叫びそうになったのを、快斗は慌てて呑みこんだ。 (俺と名探偵が恋人? ありえねぇありえねぇ……) しかし、まさかこの幼馴染の口から「愛」を語られる日がくるとは思っていなか った。 それに加え、「正義感の強い」という言葉に思わず乾いた笑いが漏れる。 「キッドは犯行のたびに追ってくる工藤君をからかったりして翻弄するんだけど、 実はキッドの方が工藤君のことを好きなの。好きな子ほどいじめたいタイプね!」 「…………」 それは何だか覚えのある言動だが、そこに恋愛感情があるわけでは決してない… …はずだ。 「……でもキッドって本当はおっさんなんだろ? 何でここに描かれてんのは少 年なんだよ」 「うーん、年上設定もあるけど、やっぱり同じ年代っていうのが一番萌えるから じゃない?」 「も、萌え……」 ああ、知らないうちに幼馴染が道を踏み外してました。 中森警部に何と弁明すべきなのか、快斗にはわからなかった。 「これ読んでみて! 鬼畜なキッドに対して工藤君が一途でホントに切ないんだ から!」 「おま、これ18き……」 「いいから!」 押し付けられたのは漫画のようだった。しかたなしにパラパラとページをめくる。 「ふぅ……とりあえず俺が上なんだな」 「? 何?」 「いやいや、何でもねーって。えーっと………」 キッドが手の中から出現させたロープで、瞬く間に新一の両手首を頭上で縛った。 『なっ?! キッド、外せ!』 新一の言葉を無視し、抵抗を抑え込む。 『やだ、キッド! こんなの……オメーらしくないっ』 『ふっ……私らしくない? あなたは……本当の私を知らない』 『あっ! だめ、だっ、そこは……! ぁあん!』 『だめ? もうこんなに感じてるのに。本当は誰でもいいんじゃないですか?』 『っ?! ちがっ……あっ』 『警視庁の何人をこうして誑しこんでるんです?』 『ん、はぁっ、そんなこと……ん、してな、ぁっ、んっ、ああ!』 『……すごい乱れようですね。淫乱探偵が』 探偵をうつ伏せにして膝を立たせ、後ろから攻めていく。 『ああっ、だめっ、そんなとこ……!』 『きついですね……でもそろそろ私も限界なので』 『えっ? ぅ、あ……はいって……く、る……』 『くっ……わかります? 全部入った』 『っ、言う、な……今すぐ、抜け……!』 『へぇ? まだそんなこと言う余裕がありましたか。まあ、すぐに何もわからな くなりますよっ』 『ぅあああ!』 激しい律動が開始され、揺さぶられる。 『あっ、あっ、あっ、ぁんっ』 『はっ、イイ声』 『ゃ、ああっ! キッド! もっ、無理っ…イッちゃ……』 『イケよ』 『んああああ!』 「か、快斗?! 鼻血鼻血! また出てる!」 幼馴染の驚いたような声に、ハッと我に返る。 生温かいものがコットンに吸収されきれずに垂れてくる。 もう、何やってるのよ、なんて新しいコットンを取りに行く幼馴染を余所に、快 斗はぼうっとしていた。 漫画とはいえ、自分が激しく抱いていた(正しくは犯していた)のはあの名探偵 だ。 いつも現場で顔を合わせるたびに鋭い視線を向けてきて、それでいて互いに勝負 を楽しむような節がある。 いい好敵手だと、快斗は思っていた。 それが……… 快斗は今読んだ漫画の絵を思い出す。 いつも凛とした雰囲気の名探偵が、乱れに乱れまくって嬌声を上げている…… 「あ、やべ」 現実の工藤新一で想像したら、もっと鼻血が出てきた。 というか………勃った。 俺、もしかして新たな扉を開いちゃったんじゃないかと、快斗は頭の片隅で思っ たのだった。after
快斗は嬉々として同人誌買いに行きそう…… 2013/01/24 |