生憎の曇天だと言うのに景色に目を奪われている新一の背を見ながら、
快斗は早々に居心地の悪さを感じていた。新一が悪いわけじゃない。主
に快斗の問題――というか、場所の問題だ。
周りを見渡せばカップルだらけ。当たり前だ、週末の東都タワーの客層
なんて家族連れかカップルかに決まっている。

さっきは冗談交じりに「手でも繋ぐか」と言われてつい断固拒否してし
まったが、これは一応れっきとしたデートなわけで、やっぱり手くらい
繋いだ方が良いのだろうか。でも、デートと言ってもまだつき合ってい
るわけじゃないし。まだって何だ。

脳内でセルフツッコミを入れていると、様子のおかしい快斗に気づいて
新一が振り 返った。

「どうしたんだ?」
「どうもしないよ」

反射的に繕うと、新一は納得していないような顔をしつつ追及はしなか
った。

「やっぱ曇りだから景色もぼやっとしてんなぁ」

梅雨だからしかたないか、と愚痴りつつ新一の隣に並ぶ。新一は眼下を
見下ろしながら言った。

「俺さ、高いところから見る景色が好きなんだ」
「へぇ」

少し吃驚する。

「何か、お前に近づける気がしてさ。空を飛んでいた時のお前は、いつ
もこんな風に世界が見えていたのかなって」

新一は照れくさそうに笑った。
言葉を失ってその横顔を見つめていると、新一は急に眉を下げた。

「……悪い、せっかくのデートなのに俺の自己満足につき合わせちまっ
た。お前にとっては見飽きた景色だろうにな」
「そんなことない……工藤がそんなこと考えてたなんて……」

こみ上げてくる感情を上手く言葉に表せなくて、快斗は口を噤んだ。






タワー近くの店で遅めの昼食。窓からタワーが見えることを売りにして
いる店で、窓際のテーブルは埋まっていた。こだわりのない二人は逆に、
奥まった席についていた。

ヘルシーで洒落た料理が中心のイタリアンで、丁寧に巻かれたポルチー
ニのパスタと腹に溜まりそうにない薄い生地の、チェリートマトのマル
ゲリータ。

周りは女性客ばかりで、男二人で入るのは抵抗があった。けど、ネット
で調べたおすすめデートコースに入っていたのだから外れはないだろう
と連れてきた。新一は高校時代蘭や園子ばかりとつるんでいただけあっ
てこういう店にも自然と馴染んでいる。

「ワイン飲む? メニューあるけど」
「いや、昼間だしパス」
「だな」

手先は不器用なくせに、フォークを操る手は品があり育ちの良さを感じ
させる。

「タバスコ使う?」
「いや、大丈夫だ」
「…………」
「…………」

デート、だからだろうか。相手を変に意識してしまって会話が続かない。
かと言ってほかのつき合いの浅い友人たちにするような上辺だけの会話
もしたくない。
おかしい。いつもなら、考えずとも次々と話題が出てきていくら話して
も話し足りないくらいなのに。

ほかの女の子相手に話題探しで困ったことなんて一度もない。デートの
時ってどんなこと話せばいいんだっけ、とIQ400の脳みそを働かせ
ていたら、いつの間にか皿が空だった。手はしっかり動いていたようだ
が、味は思い出せない。

「デザート食う?」

メニューを差し出される。
新一も食べ終わっていたようだった。

「どうしようかな。工藤は?」

本当は写真のティラミスが気になっていたが、相手の意向を聞くのが先
だ。相手が頼まないのに自分だけ食べるというのはスマートじゃない気
がする。
新一のことだからコーヒーだけ、という可能性も高いと考えを巡らして
いると、意外な返事が返ってきた。

「アップルタルト」
「あ、じゃあ俺ティラミス食うかな」

店員を呼んで、アップルタルトとティラミスと、コーヒーを二つ注文す
る。
新一があまり喋らないので、黙々と食べた。舌の上で溶けるティラミス
も、何だか味気ない。
こういう時って、一口ちょうだいとか、じゃあ俺もっていう流れになっ
たりしないものだろうか。それでつい「あーん」とかやっ――

「一口くれ」
「えっ?!」

もしかして口に出てたかと焦ったが、違うようだ。ほっと胸を撫で下ろ
すと、快斗の手からフォークが抜き取られた。

「え?」

新一が、ティラミスを口に入れる。快斗のフォークで。
形の良い唇の隙間から、銀色のステンレスのフォークが出てくる。それ
がやけにゆっくり見えて、快斗は瞬間的に頬が熱くなった。

「な、ななな何やってんの」
「何って、一口もらった。駄目だったか?」
「駄目じゃない! けど、それは駄目だろ!」
「それ?」
「フォーク!」
「フォーク?」

きょとんとフォークを見下ろす新一に、俺の!と自分を指差す。これも
計算じゃないだろうな、と快斗は顔を顰めたが、新一は訝しげな顔をし
ている。

「使っちゃまずかったか?」
「自分の使えよ!」
「だってティラミスついちまうじゃねぇか」

そうだけども、言いたいのはそういうことじゃなくて。

「ああ、何だ。間接キスのことか」

事も無げに言った新一に、快斗は余計恥ずかしくなった。墓穴を掘った
気がする。

「何だお前、もしかして照れてんのか?」

にやにやする新一に、快斗はむっとしてフォークを取り返した。

「照れてねぇ。男と間接キスなんかしても楽しくないっつの」
「ははっ、そりゃそうだな」

新一はまだにやにやしたまま、今度は自分のフォークでアップルタルト
を一かけらすくった。

「はい、あーん」
「やめろって!」

斜向かいのテーブルの二人組の女性が、二人のやり取りを見てくすくす
笑っている。かわいーとか聞こえるが気のせいだと思いたい。


その時、カランコロンと軽やかなベルの音を鳴らして店に入ってきた二
人組に、視線が吸い寄せられた。

「なっ……青子?!」
「え?」

そこには青子と、彼女と同じ大学に進学した紅子がいた。

「あれ、快斗と工藤君?」
「奇遇ね」

近寄ってきた二人に、新一は会釈する。青子の方とは顔見知りだ。

「紅子は初めてだったか? 工藤、こいつも高校の同級生」
「お会いできて光栄よ、光の魔人」
「おい紅子、工藤に変なこと言うなよ」
「久しぶりに会ったというのに、相変わらず失礼ね」

二人のやり取りをどこか呆然と見ていた新一に、青子が話しかける。

「久しぶりだね、工藤君。快斗に迷惑かけられてない?」
「あ、ああ、大丈夫だよ」
「あっ、もしかして今デート中だった? 邪魔してごめんね」
「えっ」

すると青子の言葉が耳に入ったらしい快斗が勢いよく振り返った。

「ばっ、デートじゃねぇよ!」
「黒羽君、顔赤いわよ」
「大体何でお前らがここにいるんだよ」
「だってネットでおすすめイタリアンって載ってたんだもーん」

青子と紅子は言うだけ言うと、すぐに案内された窓際のテーブルに戻っ
ていった。
無駄に疲れた、と快斗が脱力していると、新一がくすくす笑う。

「お前が振り回されるなんて、すごい女の子たちだな」
「ずっと前からそうなんだ。大学生になって少しは落ち着いたかと思っ
たのに……勘弁してくれよ」


結局アップルタルトの味見はできなかった。





夕方になってもまだまだ日は高い。
通りかかった広い公園をぶらつきながら、快斗はこの後のことを考えて
いた。一応何通りかのデートコースを考えてはおいたが、新一はどうし
たいだろうか。

不意に、新一が快斗の肩をつついた。

「ん?」
「あれ食おうぜ」

新一が指差す方には、アイスクリームを売るバン。

「いいけど、アイス食いたいのか?」

頷く新一に、珍しいなと思いつつ子供やカップルに交じって一緒に並ぶ。
並んでいる間、新一熱心にメニューを見ていて無言だった。

「どれ食いたいの?」
「バニラ」
「じゃあ俺は……期間限定のパパイヤにしようかな」
「それだけでいいのか?」
「まあな」

アイスくらい奢ろうと思ったのに、新一が意外な素早さで千円札を店員
に渡してしまったため、逆に奢られる羽目になった。自分の分だけ渡そ
うとしても、新一は受け取る気がないようだった。

「あそこで食おう」

新一が空いているベンチを顎で示す。後ろの大きな樹の日陰になってい
て、近くにも人はいない。
ぴったりくっついて座るのも恥ずかしくて、一人分の間をあけて腰掛け
た。

しばらく二人で黙々とアイスを舐める。今日は何だかこういう間が多い。
いつもの心地良い静寂ではなくて、二人がそれぞれ別のことに考えを巡
らせているような、思考の距離感を感じさせる沈黙だ。

――新一とデートすると、こういうことになるのか。

快斗はカリッとコーンを齧りながら、落胆のようなものを感じていた。
新一に対してある種の好意はある。それは確かだ。親友以上の強い絆は、
快斗に自信を与えてくれている。

けれど、今日は一日中どこか気が休まらなかった。友人としてつるんで
いた時は、こんなことなかったのに。

「なあ」

不意に意識を呼び戻される。
いつの間にかアイスを食べ終えた新一が、快斗をじっと見ている。

「俺のこと、どう思ってる」

やっと核心に触れた。とうとう来たか、と快斗は座り直した。

「今日、新一とデートしてみて、」

一日を振り返る。

「楽しかったよ。予定決めてデートスポットに行ったり、お洒落な飯食
べたり、こうして公園でアイス買ったり……工藤のことは、好きだと、
思う」

快斗の言葉を、新一は無表情で聞いている。

「でも……俺が求めているお前との関係とは、ちょっと違う気がした」

快斗にとって恋人とは、いつだってか弱い女の子で、守るべき人だった。
新一を“恋人”にすることで、今までの肩肘張らない関係が変わってし
まうのなら、恋人というのは二人にとって最適な関係ではないのかもし
れない。

――それなら自分は、彼と恋人にはなれない。


























中途半端に区切ってごめんなさい……



2014/02/24