何と言ったら新一を傷つけずに済むか、どう振る舞えば元の二人の関係 に戻れるか。思案して言葉を濁した快斗に、新一は眉を下げて小さく笑 った。 「……わかってたよ」 「え?」 「黒羽が、俺との関係が変わるのを望んでいないことくらい、気づいて た」 「お前は宣言通り今日一日、俺と“デート”してくれた。東都タワーに 行きたいって言ったのは俺だけど、それ以外のコースはお前が考えてき てくれたし、ちゃんと恋人扱いしてくれた」 新一は遠くで遊ぶ子供たちを眺めている。子供向けの柔らかいボールを 蹴り合って走りまわっている。 「……ティラミス、食いたいなら遠慮せずにそう言ってくれればよかっ たんだ」 唐突な台詞に、快斗は混乱した。 「ティラミスなら食ったじゃん?」 「それは俺がアップルタルト食うって言ったからだろ」 新一が即座に言う。 「アイスのバンだって本当は公園入って真っ先に目に入ったくせに、何 でスルーするんだよ。それにああいう時、お前必ずチョコと別の味の二 段にするくせに、今日は一段。しかも案の定、当然のように奢ろうとし てるし」 「アイスは工藤が食いたいって言ったから……」 「お前が食いたいって言わないからだ。どうして、よりによって俺に、 遠慮なんかするんだ」 「遠慮なんて」 「本当のお前はもっと自由だろ。簡単に他人に合わせて我慢したり流さ れたりしない。いつも人前では空気を読みすぎるお前が、唯一俺の前で はそのままのお前でいられるって思うと嬉しかった。だけど、今日のお 前は、俺じゃない他の誰かを相手にしてるみたいだった」 新一のその表現があまりに自分の中でしっくりきて、快斗は何も言えず に新一を見つめた。 「だから、わかってたんだ。お前と俺じゃどうしたって“恋人”にはな れないってこと」 それから新一は、「別にカウンターだけのラーメン屋でもよかったんだ ぜ」と言って苦笑した。 「……ま、いっか。もう元通りの関係に戻ろうぜ。デートは終わり。俺 のわがままにつき合わせて悪かった」 「ああ……」 パン、とそれまでの深刻な空気を一掃するように手を叩いて立ち上がっ た新一に、快斗は何かが釈然としないまま、のろのろと立ち上がった。 「それじゃあ俺はもう帰るな。夕方警視庁に寄る約束してたんだ」 「あ、うん」 「また月曜にな、“親友”」 新一が軽い調子でそう言って、背を向けた。その寸前、もしかしたら勘 違いかもしれないと思うほどの一瞬、新一の頬に何かが光った気がして 目を疑った。ようやく傾き始めた太陽のやわらかいオレンジ色に照らさ れた彼の横顔が寂しげで息を呑む。 ――泣いてる……? まさか、と思う。 どんな状況でも決して涙を流さないあの名探偵が? ――いや。この数日間で気づいたばかりではないか。自分の知らない新 一がまだいると。 「く――」 咄嗟に手を伸ばしかけて、はっとする。 本当に泣いているのだとしたら、間違いなく自分のせいだ。そんな自分 に、彼を引き止める権利があるのだろうか。今彼を抱きしめたら、余計 に彼を傷つけてしまう。 でも、だとしたら。一体誰が彼を慰めるのだろう。 すべての事情を把握しているドクター? いや、新一は彼女には何も言 わないだろう。それなら、彼に最初から手を貸していた白馬? 静かに 涙を流す新一をそっと抱き寄せ、優しい手つきで大丈夫だ、僕は君の味 方だから、と撫でる白馬……。 ――いやだ。 胸に浮かび上がったのは、はっきりとした不快感だった。 新一が自分以外の誰かに、涙を見せて縋るなんて。そんなこと、許せる わけない。 「っ……工藤!」 思い切りバネを使って、脚の筋肉に瞬間的に力を込める。 もう公園の出口に向かって歩き始めていた新一が、声に振り返る前にそ の身体を抱きすくめた。 「!」 固まった新一が我に返らないうちに、ぎゅっと腕に力を込める。ここで 逃がしたら駄目だ、と本能が訴えていた。 「なっ……黒――」 「駄目だ」 「え?」 「俺以外にそんな顔見せたら、駄目だ」 最も日の出ている時間が長い時期だ、辺りはまだ十分明るくて、子供の 遊ぶ声も聞こえる。そんな公園の片隅で男が二人、一体何をしているん だと冷静な頭が考える。 でも、このままだと新一が誰か他の人間の前で弱音を吐くんじゃないか と思ったら、もう駄目だった。 「黒、羽……」 ゆっくりと頭だけ振り向いた新一の頬にはやはり涙の痕がうっすらと一 筋残っている。それを拭うように指を滑らせると、新一は戸惑ったよう に眉を下げた。 「ごめん、さっきの言葉訂正させて。今更ただの親友に戻るなんて無理 だ。俺たちの関係を何て呼んだらいいのかはわかんないけど、俺が工藤 の一番じゃないなんて絶対認められねぇよ」 「でも、お前は俺のこと……」 「好きだ。今ならちゃんと言える」 「同情はやめろよ」 「違う! 恋人とか、急に意識したらどうしたらいいのかわからなくて 失敗しちまったけど、でもこれで俺の中では答えが出た。俺は、お前の 一番になりたい。んで、俺が一番お前を愛してるって自信がある」 ゆっくり、落とし込むように言う。ここで失敗するわけにはいかない。 新一はチャンスをくれてありがとうと言ったが、本当は、チャンスをも らったのは快斗の方だ。それを潰したら、絶対に後悔する。 快斗に真剣に見つめられて、新一の頬に朱が走る。けれどまだ不安の残 る彼の目元に、快斗はキスを落とした。 「……俺、結構面倒くさいぞ」 「うん。俺も結構嫉妬深いから」 「お前が?」 「うん」 今度は唇にキスをする。拒む様子のない新一を、今度はちゃんと正面か ら抱きしめた。おずおずと背中に腕が回されて、心の中で歓喜する。 「あのさ」 「何だ?」 「最初のも、やり直したいんだけど」 「最初?」 首を傾げた新一の髪が首筋にあたってくすぐったい。 「この間は無理やりだったから。今度は恋人として、やり直したい」 そう言うと、何のことか伝わったようだ。更に赤くなった新一がうろた えて離れた。 「え、な……」 「駄目か?」 「今から?!」 「今」 手をとって、指を絡める。それは緩い束縛だったが、新一を頷かせるに は十分だった。 工藤邸に戻った二人は、口数少なくソファに座った。あの夜新一を押さ えつけたソファだ。 次に新一を抱く場所はここと決めていた。最初に無理やり犯した時の記 憶を塗りかえたい。悲しみに満ちた傷つけ合うだけの行為ではなくて、 恋人同士として、ちゃんと愛し合いたい。 新一の肩をそっと押すと、抵抗なく後ろに倒れた。新一の頬を撫でる。 そこには涙のあとはもうなかったが、拭うように擦った。 「俺以外の奴に、涙見せるなよ」 「お前以外の奴に泣かされるなんてありえねぇよ」 くすっと笑う新一に、「それもそうか」と笑みを返す。 シャツのボタンを一つ一つ外していくにつれ、緊張が高まる。それが伝 染したのか、新一も少し身体を強張らせている。 「触るよ」 新一が頷く。 胸の中央に掌を当てる。速い鼓動が伝わってきた。そこから肋骨をなぞ るように下へと滑らせる。肌の感触を堪能するように何度も愛撫した。 「なん、か、恥ずかしいな」 「電気消す?」 「いや……大丈夫だ」 一頻り愛撫すると、顔を近づけてキスをした。触れるだけの軽いキスだ ったが、触れた瞬間に幸福感が流れ込んできて、より一層心臓が早鐘を 打った。 「ん……お前、触りすぎ」 「今回はゆっくりしたいから」 頬に口づけて、首へと唇を伝わせる。くすぐったそうに身を捩じらせる 新一の手をとって、包み込むように握った。ごく緩い拘束に、新一が小 さく笑みを零す。 じっくり痕をつけながら下に下りていき、胸の突起を口に含むと新一の 身体が強張ったのを感じた。 「ぅ……」 「男でもここ感じるのか?」 「何か変な感じだ……もういいって、あんま舐めんなよ」 「んー」 「おい」 生返事を返すと、繋いでいない方の手で髪を軽く掴まれた。 しかたなく名残惜しげに唇を離すと、腰を撫でていた手を下へ滑らせて、 反応し始めていたものを触った。 「っ……」 竿をゆるやかに撫でると、上の方で新一が顔を背けたのがわかって頭を 上げた。その耐えるような表情に、自分の中の何かがドクリと反応する のを感じた。 「……やっぱ、薬の効果なんて関係なかったな」 思わずぽつりと呟くと、新一が訝るように視線を戻した。 「薬……?」 「あ、いや……実はこの間、俺も同じ薬呑んでて……」 「は? だってお前がグラスすり替えて……」 「哀ちゃんが……いや、まあ色々あったんだよ」 「何で灰原が出てくんだよ……っ、ちょ」 「まあまあ、その話は後で」 「おいっ……」 手の動きを再開させて言葉を封じる。 完全に勃ち上がったそれから一旦手を離して後ろに伸ばそうとして、は っとした。 「あ……ローションとかある?」 「……そっちの一番下の引き出し」 引き出しを開けると、ローションの隣に未開封のゴムの箱もあって、あ りがたく使わせてもらうことにする。 ふと、新一が気まずげな顔をしているのに気づいて首を傾げ、すぐに思 い至る。 「……もしかして、俺に使おうとしてた……?」 「…………」 沈黙が肯定であることは新一自身が誰よりもわかっているだろう。 今掘り返す話題ではなかった、と若干後悔しながら、快斗はおずおずと ローションの蓋を開けた。 「っ……」 「わり、冷たかったか?」 「大丈夫だ……」 後ろの穴はきゅっと締まっていて、たった数日前、そこに自分のものが 入っていたのが信じられなかった。 なぞるようにそっと触れる。何度も入口を擦るように撫でていると、新 一が赤い顔で抗議するように睨んできた。 小さく苦笑して、ようやく指を差し入れる。 どうやら前回怪我はさせていなかったようで、ほっとする。 ゆっくり探るように指を進ませて、中を擦る。時々いいところを掠ると 新一がくぐもった声を漏らした。 三本出し入れできるようになるまで丹念に解す。 その間二人はほとんど喋らず、息遣いだけがしばらくその空間に落ちて いた。 「……いくよ」 「……ああ」 とっくに勃ち上がっていた自分の性器をそこにあてがう。緊張している のがお互いわかった。 「……」 新一が努めて力を抜こうとしているのがわかったが、それでも強烈な圧 迫感なのだろう、耐えるように瞼を閉じた。 「は、いった」 快斗が押し殺したように言うと、新一はようやく大きく息を吸った。目 を開いて、澄んだ蒼い目が現れる。吸い寄せられるようにキスをした。 「動いて、いいぞ」 「……うん」 最初は初めてのようにぎこちなかったが、滑りがよくなってくると色々 なことが吹っ飛んだ。夢中で腰を動かして、新一がそのペースについて きてくれていることに安心する。背に腕が回されて、そこからじんわり と浸透するように愛おしさが身体全体に広がっていくような気がした。 遠回りしたけれど、これでようやく俺たちは恋人として始められるよな、 と快斗は幸福感を噛み締めながら心の中で呟いた。 だ、だいぶお待たせしました…… お待たせしたわりに大して劇的な最終回じゃないですが。これにて完結 です。 あれ、快斗のツンデレどこいった…… そういえば、このシリーズ苗字呼びだったの忘れてて、以前upした奴を 修正しました。 2014/03/22 |