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「今日で五日目。あっという間に半分過ぎちゃったね」

警視庁からの帰り道。
夕陽に照らされた道をのんびりとした足取りで歩きながら、三宮が
感慨深げに言った。

「思い返してみれば、大きな事件に遭遇したのは初日の一回だけ、
それも結局事故……まあ、平和なのはいいことか」
「快斗は俺を事件吸引機みたいに言ってましたけど、そう毎日殺人
事件に関わっているわけじゃないですよ」

新一は苦笑して言った。

「でも一回くらいは工藤君の推理ショーを見てみたいっていう思い
もあるんだよね。不謹慎かもしれないけど」

だが、こればかりは新一にもどうしようもない。

「前にテレビで君の推理ショーを見た時は、あまりの迫力とカッコ
よさに衝撃を受けたなぁ。あれを生で見たいんだ」
「ハハ……ここ数年はメディアに出ないようにしてますからね。も
う世間からは忘れられてると思ってました」
「いやいや、まだ知名度は十分……」

そう言いかけて、三宮はふと気づいたように言った。

「でも確かに、工藤君って前はあんなにメディアに出てたのに、急
にぱったり出なくなったよね。何かあったの?」
「ちょっと大きな事件に巻き込まれまして。でも本来、探偵は顔が
知られていると捜査しにくいこともありますから、これでいいんで
すよ」
「なるほど……あ、でも、あの報道の時は時々映ってるよね」
「え?」

三宮は指を立てた。

「ほら、怪盗キッドの報道の時!」


三年前、新一は怪盗キッドと手を組み、根っこで繋がっていた互い
の敵対組織を瓦解させた。
新一の戦いは哀がAPTX4869の解毒薬を完成させたことで幕
を下ろしたが、快斗はいまだパンドラを探して、白い衣装を脱げな
いでいる。

「まあ、あれは不可抗力と言いますか……依頼がくれば断れません
からね」

新一が自ら進んでキッドの現場に赴くことは少なくなったが、宝石
の持ち主や捜査二課から依頼されれば断らない。そしてキッドの犯
行現場には報道陣も多いため、カメラに映り込んでしまうこともあ
るのだ。

「世間は見たいんだよ。稀代の名探偵と大怪盗の対決がね」

三宮は少し興奮気味に言った。

「俺だって、キッドのショーはいつもテレビに噛り付いて見てるん
だ。やってることは窃盗だけど、キッドは決して人を傷つけない。
むしろ人助けする紳士だろ? 盗んだものだって持ち主に返してる
し。キッドは捕まってほしくないって、つい思っちゃうんだ」

新一が黙って聞いていると、三宮は気まずげに俯いた。

「あ、悪い……探偵の工藤君に、怪盗の肩を持つようなこと言った
りして……」

しゅんと落ち込んだ三宮に、新一は静かに言った。

「別に、構いませんよ。それに……本当は俺も、あいつに捕まって
ほしくないと思ってるんですから同罪です」
「工藤君?」
「紳士なんて言われてますけど、あいつは気障でいけすかない野郎
なんです。おまけにお節介で、とんでもなくお人好し。自分も危な
いのに、探偵に手を貸したりして……馬鹿な男です」
「それ……褒めてるのか貶してるのかわかんないよ」
「いつか絶対俺の手で捕まえて監獄に送ってやるって思ってたんで
すけど。今の俺にはもう無理でしょうね」

新一は自嘲気味に笑う。

「でも、勝負する時は手加減なしに全力で――あっ、すみません、
ちょっと郵便局寄っていいですか?」
「うん」

目に入った郵便局に用事を思い出し、新一は三宮を連れたまま自動
ドアを潜った。タイミングが良かったのか、幸いそれほど混んでい
ない。

順番待ちようの受付番号の紙を取ると、長椅子に並んで腰かけた。





(……妙だな)

一つ前の番号が呼ばれた時、新一は眉を顰めた。

後ろの長椅子に座っている男をちらりと見る。サングラスとニット
帽の男で、二人がやってくる前からいるが、ずっと携帯をいじって
いて、順番が回ってくる様子もない。

「どうかした?」

険しい顔の新一に目敏く気づいた三宮が尋ねる。

「いえ……」

新一が誤魔化そうとした瞬間だった。

突然、二人の覆面の男が乱入してきた。

「大人しくしろ!」

手には拳銃。
局内は騒然となった。

悲鳴があがると、男らは一喝した。

「静かにしろ! 言う通りにすれば誰も死なねぇからよ」
「まずシャッターを閉めろ」

新一はさっと視線を巡らした。
局員は四人。客は新一と三宮以外に三人。

「え、ちょ、えぇ、嘘だろ……」

隣で三宮が呟く。他の客同様、身体が硬直している。

カウンターに座っていた局員がそろりと腕を動かすのを新一は視界
の端で確認した。緊急通報用のボタンに手を伸ばしているのだ。

しかし。

「てめぇ、動くんじゃねぇ!」
「ひぃぃっ」

ぴたりと銃を向けられて、局員は悲鳴を上げた。あの様子ではボタ
ンには一歩届かなかっただろう。

「妙なことしたら殺すぞ。全員、両手を見えるように出せ。てめぇ
らもだ」

局員も客も促されて両手を見える位置に出した。

「いいか、今すぐここにある金を全部この中に詰めて――」

「く、工藤君、どうしよう……」
「大丈夫ですから。落ち着いてください」

三宮の小声に新一は囁き返した。

そうだ、ついこういう状況に慣れすぎて感覚が鈍っていたが、常識
的に考えて、この状況は一般人にとっては刺激が強すぎる。いくら
探偵の仕事を見学している三宮と言えど、本職はアイドルで、普段
はゲーム好きの普通の青年だ。
異常なのは冷静すぎる新一の方なのだ。

だが何はともあれ警察は直にやってくるだろう。

先ほどの局員が緊急通報ボタンを押せなかったであろうことを見越
して、新一は腕時計に内臓されている緊急シグナルのボタンを押し
たのだ。
非常事態を知らせる通信機能で、シグナルは隣家の科学者と元怪盗
の恋人が受信する。彼らなら、GPSで新一の居場所を特定し、状
況を把握して警察に通報してくれるだろう。
それくらいの速やかな対応は期待できる。

むしろ問題は、恋人が先走っていらない手を出してくることのよう
な気がする。
それをやられると、事は簡単に片付くのだが、その後の警察への説
明が非常に面倒くさいことになるのだ。そして大抵、快斗と一緒に
警部の説教を聞くはめになる。


(しかし、どうするか……)

新一は思案した。

敵は複数。それも銃を持っている。
動きはプロのそれと言えるほど機敏で統制がとれたものではないが、
初犯とは思えない。銃は脅しのためだけの道具ではないだろう。

一人で真正面から相手をするには人質の数が多すぎる。
それに、他の人質ももちろんだが、何より隣にいるこの男には、絶
対に怪我を負わせるわけにはいかないのだ。三宮との共同生活を引
き受けた時、その覚悟を決めた。

(となれば……)

新一はちらりと時計を確認した。
警察が到着するまで少なくとも後数分はかかるだろう。それなら、
今は時間稼ぎをするのが新一の役目だ。

新一は徐に口を開いた。

























2013/09/16