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「うっわー、負けた!」

三宮がカーペットに背中から転がった。
画面にはゲームオーバーの文字。

「黒羽君強すぎ! 何、神なの?」
「へへ、手先は器用なんで。でもここまで肉迫してきた人初めてだ。
さすが三宮さん!」

賑やかな声がリビングから聞こえてくる。
コーヒーを新しく淹れなおしながら、新一はため息を吐いた。

――何かもやもやする。

やむなく快斗を家から追い出しはしたが、三宮との接触を禁止した
わけではない。恋人である以上、接触しないのは不可能だ。それは
最初からわかっていたことだ。

だが。二人がやたら楽しそうでむかつく。
朝から遊びに来てかれこれ三時間。快斗の敬語はいつの間にか取れ
ていて、二人の間に親密な空気が漂っている。

ソファで推理小説を読んでいた新一は、何だかその場から逃げ出し
たくなって、コーヒーを淹れ直す名目でキッチンに逃げてきたのだ。
楽しみにしていたはずの新刊にもなぜか集中できない。

「そりゃ俺じゃゲームの対戦相手としては役不足だろうけどさ……」

ぼそりと呟いてから、まるで拗ねているように聞こえてぶんぶんと
首を振った。

「新一ー?」
「わっ」

背後から突然聞こえてきた声にびくりと方を揺らす。

「な、何だよ、気配消すな!」
「別に消してないけど……」

快斗は首を傾げたが、気を取り直したように言った。

「そろそろお昼にしようかって三宮さんと話してたんだけど」
「あ、ああ、そうだな。外に食べに行くか」

外に出れば、このもやもやした気持ちも晴れるのではないかと思っ
て提案したが、快斗はにこりと笑って首を振った。

「いや、俺が作るよ。材料買ってきたし」

パチンと指を鳴らせば、いつの間にか快斗の手には近場のスーパー
のビニール袋。

「ああ、じゃあ俺も手つ――」
「黒羽君、セーブしといたよー」

キッチンに三宮が顔を覗かせる。

「あざーす」
「俺も手伝っていい? 黒羽君が料理するとこちょっと見てみたい」
「もちろん! ピラフ作ろうと思うんだけど」
「ピラフいいね!」
「じゃ新一、ちょっとキッチン借りるな」
「お、おう……」

口を挟める空気ではなくて、新一はすごすごとキッチンを後にした。






ソファにごろりと横になって、新一は意味のない呻き声を漏らした。

「……あなたね。何かあるとすぐうちに逃げてくる癖やめてくれな
い? ここは悩み相談所じゃないのよ」
「だって何かいずれーんだもんよー……」
「知らないわよ」

哀はぴしゃりと言うと、ニンジンを切る作業に戻った。こちらも昼
ごはんの支度をしていた。

「言っとくけど、あなたの分は用意しないわよ」
「わーってるよ……すぐ戻るから」

それにどうせ、そろそろ快斗が呼びにくるだろうと見当をつける。
しかしあの楽しげな空気の中で独り疎外感を感じながら食べなけれ
ばならないと思うと、やはり気が重い。

「……ゲームが上手くなる方法ねぇかな」

ぽつりと呟く。
その一言で、哀は何があったか大体悟った。だがいちいち取り合う
のが面倒で無視していると、独り言のつもりなのか新一はまた呟い
た。

「……俺より、三宮といた方が楽しいんだろうな……」

それには哀はたまらずぐっと眉を寄せると、ニンジンを切る手を止
めた。

「あなたそれ、本気で言ってる?」
「だって……」

新一は口ごもった。

「あいつがあんなふうに笑うとこ、俺ほとんど見たことねぇ……」

自分で言って傷ついたように眉を寄せる新一に、哀は盛大なため息
を吐く。

「……彼があなたといる時、どんな顔してると思ってるのよ」
「え? どんな顔って……」
「それは自分で考えなさい」

哀は冷たく言い放つと再び作業に戻ったのだった。






「昨日思ったけど、工藤君の友達って変わってるよね」
「ああ、白馬の気障ったらしさは変わっているというレベルじゃな
いね」

目の前で隣同士の二人が楽しげにお喋りしているのを、新一はちび
ちびピラフを口に運びながら聞いていた。おいしいはずの食事も、
味がよくわからない。

「でもみんなカッコいいし優しそうだし、タイプは違うけどモテる
でしょ」
「それなりに。週に平均三回は告白される。新一と白馬も、俺ほど
じゃないけどしょっちゅう告白されてるよ」

大体、何故彼らが隣同士の席についているのか。
確かに普段快斗と新一二人の時には向かい合って座るし、今回も二
人が“いつもの席”にそれぞれ座っているだけのことだ。だが、だ
からと言ってなぜ快斗の隣に三宮を座らせているのか。

「一度バレンタインのチョコの数を競ったんだけど、誰が勝ったと
思う?」
「え、やっぱ黒羽君?」
「正解は新一の圧勝。全国のファンから警視庁に送られてきて、毎
年二月十四日は大変なんだ。で、その次が白馬。あんなんでも顔と
ステータスはいいからさ」
「へぇ……黒羽君は?」
「俺は一つだけ」
「え?」

快斗の視線を感じて、新一は顔を上げた。

「新一、顔色悪いけど大丈夫か?」
「あ、もしかして口に合わないかな……」
「い、いえ! 美味しいですよ!」

スプーンに山盛りのピラフを口に突っ込む。
味付けはまるきり新一の好み。快斗がいつも作ってくれるものと遜
色ない。
だけど、何かが違う。

「そういえば、工藤君は彼女いないの?」
「え?」
「工藤君みたいに顔も頭も性格も良くてステータスも財産もあった
ら、よりどりみどりでしょ?」
「まあ性格はともかく、この人に落とせない人はいないよ」
「何か言ったか快斗」
「褒めてんだって」

いつもならデーブルの下で軽く蹴りを入れているところだが、何だ
かそんな気力もなくてため息を吐くに留める。

「……彼女はいません」
「そうなんだ?」
「以前は、そんな感じの奴がいたんですけど。傍にいたいっていう
より守りたいっていう思いが強すぎて、そういう関係にはなりませ
んでした」
「それってやっぱり、工藤君が探偵だってことと関係あるの?」
「大元はそうなんでしょうね」

探偵でなければ、快斗と出会うこともなかったかもしれないし。
あんなスリリングな対決も、危機的状況下の絶対的な信頼感も。
自分が探偵で、彼が怪盗だったから。
この関係だけは、誰にも譲れない。







結局その日は要請が入らず、快斗は夕方まで工藤邸に入り浸ってい
た。
てっきり夕飯も一緒に食べてなし崩し的に泊まると言い出すかと思
ったが、日が傾いてくると潔く帰っていった。

「黒羽君ってすごい奴だな」

夕飯を食べ終え、三宮と二人で片付けをしていた時だ。三宮が思い
出したように言った。

「マジックもゲームも料理もだけど、それに加えてあの話術。黒羽
君と話してると全然飽きない」
「あいつは根っからのエンターテイナーですからね」
「きっと頭の回転早いんだろうな」
「ああ、言ってませんでしたっけ。あいつIQ400なんですよ」
「よっ?! 天才じゃん!」
「普段バカっぽいから意外ですよね」

それも快斗の魅力の一つなのだが、と新一は心の中だけで呟いた。

「……でも、だからなのかな」
「え?」

意味がわからなくて三宮を振り返ると、彼は納得のいったように頷
いていた。

「工藤君も頭良いから、会話レベルが合うのかなって。二人が話し
てるところ見ると、本当に仲が良くてお互い解り合ってるんだなっ
て、わかるから」
「…………」

新一は言葉を失った。

会話レベル、というよりそれは思考の波長と言った方が近いのかも
しれないが、三宮は確かに、二人の間にただの友人以上の絆を感じ
とっているようだった。

「ところで、黒羽君とは大学で知り合ったの? 確か、高校は違う
んだよね?」
「あ、いえ……知り合ったのはもっと前で……ホテルの屋上で電話
してたら急にあいつが現れたんですよ。それでムカつくこと言われ
たんで、次会った時にコテンパンにしてやって……」
「へ、へぇ」

笑顔で言う新一に若干寒気がした三宮だった。


























2013/09/06