「……というわけで、三宮さんはしばらくうちにいることになった」
かいつまんで説明すると、納得したように白馬が頷いた。
「そういうことだったんですね」
「俺に協力できることあったら言ってください! 映画楽しみにし
てます!」
「黒羽君、前作観てくれたんだ?」
「はいっ。すごく面白くて、パンフレットも買いました!」
「ありがとう」
白馬が新一に耳打ちしてきた。
「……黒羽君、テンション高くないですか?」
「ああ。ファンなんだよ……」
「へぇ、あの黒羽君が……」
白馬が驚くのも頷けた。
一時期は世界中のメディアに取り沙汰されていた目立ちたがりのエ
ンタテイナーでナルシストな完璧主義者。
芸能人、それも男で探偵役のアイドルにきゃあきゃあ言う姿はちょ
っと想像できない。
「しかし、三宮さんが工藤君の家にいるということは、黒羽君はど
うし――」
「あー! そういや三限の教室遠いんだった。そろそろ行かねーと
やばいぜ」
「え? 白馬君今何て……?」
「えと。いえ、何でもありませんよ」
「ほら、オメーら行くぞー」
荷物をまとめた新一がさっさと歩き出してしまう。そしてその後を
追いかける快斗。
二人の背を見ながら、三宮は眉を顰めた。
「……なーんかさっきから誤魔化されてる気がするんだけど」
「大丈夫ですよ。言ったでしょう、そのうち見えてくるって」
「白馬君……」
「工藤君のことが知りたいんでしたね。あの人は、探偵としては天
下一品ですが、自分のこととなると不器用で欠点も多い人です。黒
羽君ののろ――いえ、愚痴によると、ホームズの話をしていると周
りが見えなくなるし、料理の腕はいいのに平気で食事を抜いて、事
件や推理小説に夢中になって睡眠も碌にとらない生活破綻者だそう
です」
「へぇ……」
完璧に見えていた工藤新一像に罅が入る。だが、それは不快な裏切
りではなかった。むしろ、そのイメージはより活き活きと、鮮やか
に色付きはじめる。
「彼は外面が良くて紳士的に見えますが実際はかなり横暴です。目
的のために手段は選ばない節がある。利用できるものは何でも利用
する。狡猾で、容赦のない、敵に回すと恐ろしい人ですよ」
白馬は変わらず微笑を湛えたまま、何でもないことのようにつらつ
らと述べたが、仮にも友人を形容するのにはあまりに不釣り合いな
言葉が並んだ。
三宮が何とも言えない気持ちで曖昧な相槌を打つと、「ですが」と
白馬は続けた。
「彼はとても優しい人です。そして強い。他人の心に寄り添い手を
差し伸べる優しさ、自分の正義を貫く強さを持っている。本当に彼
は、見る人によって悪魔にも天使にも見える人ですよ」
そう言うと白馬は「それでは、僕は別の講義がありますので」と言
って去っていった。
「白馬と何話してたんですか?」
「あ、いや……」
不思議そうな顔の新一に笑って誤魔化す。
悪魔にも天使にも見える人。
両方の面を知っている様子の白馬、そして今も新一の隣にいる快斗
にはどう見えているのだろうか、と三宮は思った。
四限まできっちり一緒に講義に出て、途中まで同じ方向だという快
斗も含め、三人で電車に乗りこんだ。
「スーパー寄ってもいいですか?」
「うん。夕飯はどうする?」
「俺が作ったもので良ければ……」
「へぇ、工藤君って料理するんだ? 俺は全然ダメ」
「まあ、一人暮らし長いですからね」
「新一の手料理すっげぇ美味いんですよ!」
「オメーに言われてもな」
「なになに、黒羽君も料理上手いの?」
「こいつは色々と規格外なんです」
「新一も似たようなもんじゃない?」
「オメーほどじゃねぇよ」
他愛のない話をしながら、今日一日の収穫を振り返る。
今日出会った新一の友人二人は、少なくとも三宮の印象では、“普
通”の域を軽く逸脱していた。
一見至極まともに見える白馬は何となくひと癖ありそうな感じがし
た。何より学生でありながら新一と同じ探偵だ。
一方明るくて付き合いやすい黒羽快斗は、男子高生のようなノリで
憎めないアホっぽさがあるが、マジックの腕は一流。どこかで耳に
した名前だと思ったが、最近噂を聞くようになった若手マジシャン
の名だと気づいた。
そして交友関係が異様に広い。すれ違う人すれ違う人彼に声をかけ
ていくのだ。
さすが稀代の名探偵の周りに集まるだけあって、友人たちも只者で
はない。
あるいは、類友と言うべきか。
「でも三宮さん気をつけてくださいね」
「え?」
「名探偵あるところに事件あり。新一の傍にいるとしょっちゅう危
ないことに巻き込まれますから」
心配そうに言った言葉には実感がこもっているような気がした。も
しかしなくとも、快斗にも経験があるのだろうと推測する。
そこで三宮はふと朝の出来事を思い出した。
「そういえば今朝、痴漢を捕まえたんだ」
「……は?」
一瞬、その低く発せられた声が誰のものかわからなかった。それほ
ど、彼のそれまでの雰囲気とはかけ離れていた。
新一が快斗の頭を軽くはたく。
「ちっげーよ馬鹿、女の人が痴漢にあってたから」
「ああ、なんだ」
「てっきり新一が痴漢にあったのかと勘違いしちまったよー」とお
どけた風に言う快斗はまたにこにこしている。いや、さっきからず
っと彼はにこにこしていて、一度たりともその人好きのする笑顔を
崩してはいないのだ。だから余計に、あれが快斗の発した声だとす
ぐに理解できなかった。
だが、あの一瞬。確かに三宮は感じた。
肌の表面をざわりと撫でる、寒気に似た感覚。
漠然と不安を煽るような不快な心地。
もしかして、これが殺気というものだろうか、と三宮は思った。
自分に向けられたものでないことはわかる。おそらくは痴漢に、だ。
目の前でじゃれ合ってる二人を見る。
相変わらずにこにこ笑っている快斗と、顔を顰めつつも目は優しい
新一。
本当に、この気さくで人気者なマジシャンが、眉をぴくりとも動か
さずにあの殺気のような威圧感を迸らせたのだろうか。
「そういえば三宮さんってゲーム好きなんですよね」
快斗が唐突に話を振ってきて、三宮はぎくりとしたのを何とか隠し
た。
「ああ、休日は大抵一日中ゲームしてる」
「俺も結構ゲーム得意なんですよ。そうだ、よかったら明日一緒に
しません? 明日は新一も講義ないし」
「おいおい……」
「いいだろー? どうせ新一は一日中本読むつもりだったんだろう
し?」
「う……」
図星をさされた新一は口ごもる。三宮も期待を込めた目で新一を見
ると、二人の視線を集めた新一は渋々といったふうに顰め面のまま
言った。
「……事件がなかったらな」
2013/09/02
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