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二日目の夕方、警視庁での調べ物をした帰りに、三宮が尋ねた。
 
「夕飯はどうする?」
「今日は隣に行くことになってるんです」
「隣?」
「はい。俺と一緒に行動する以上、紹介しとかないと」
 
 
工藤邸に戻ると、見計らったように電話が鳴った。
 
「はい。……わかった、すぐ行く」
 
受話器を置いた新一が振り返る。
 
「夕飯の準備ができたみたいです。行きましょうか」
 
 
工藤邸の隣には、何かの施設と言われた方が納得できるような家が
建っている。通るたびに思っていたことだが、お化け屋敷のような
洋館の工藤邸と、近代的な研究施設のような阿笠邸が建ち並ぶ様は、
ちぐはぐというか、圧巻というか。
 
隣家と夕飯を共にする程度には交流があるのだと知った三宮に、一
体どんな人間が住んでいるのかと問われて、新一はにやりと笑って
答えた。
 
「二人の科学者ですよ。それもとびきり天才な」
 
なるほど科学者か、と家の近代的なデザイン納得した様子の三宮を
引き連れて、阿笠邸の門を開ける。
チャイムを鳴らさずに勝手に入って良いのかと戸惑う三宮をよそに、
新一はそのまま玄関のドアも開けた。
 
「いらっしゃい」
 
玄関を入ってすぐに広がる広い空間。
オープンキッチンで鍋をかき回している少女が無表情で二人を迎え
た。
 
「よう。急に悪かったな」
「あら。いつものことじゃない」
 
少女が三宮に視線を向ける。
 
「灰原、この人が三宮和則さん」
「知ってるわ。灰原哀よ。よろしく」
「よろしくね、哀ちゃん」
「…………」
 
にこりとも笑わない哀に、三宮は戸惑って新一を見る。

新一はというと、笑いをこらえて唇を歪めていた。
哀の冷たく見える態度が緊張ゆえだと思うとおかしくてしかたがな
い。が、ここで吹き出したら新薬の実験台コース決定だ。
 
哀がすっと目を細めた。
 
「……工藤君、ちょうど試作品ができたところなんだけど」
「えっ、ちょ、それは……」
 
途端に青ざめる新一に、三宮は余計に困惑した。
大学生が小学生に脅される図。奇妙だ。

さらに言えば、二人の関係も奇妙だ。哀が大人びているのはすぐに
勘づいたが、何より奇妙なのは新一が哀を小学生らしく扱っていな
いことだ。だいたい小学生の女子児童を大学生の男が、名字で呼び
捨てしたりするだろうか。
目をつぶっていれば、まさか大人と子供のやり取りだとは思うまい。
 
ふと、新一の言葉を思い出す。そういえば、ここには二人の科学者
が住んでいると言っていなかったか。ならばこの小学生の少女は一
体――?
 
「おお、来とったのか」
 
地下から老人が現れて、三宮の思考は中断された。
 
「どうも、三宮和則です」
「阿笠じゃ。みんなからは博士と呼ばれとる」
 
それから皿を運ぶのを手伝って、四人は食卓についた。
 
「……ということで、これからしばらく、三宮さんは俺と一緒に行
動することになったから」
 
三宮の事情含め、新一は二人に包み隠さず説明した。警察にさえ嘘
をついたのに、隣人には正直な新一に、三宮は少し驚く。

すると、三宮の心境を読み取ったかのように新一が苦笑した。
 
「この二人には事情を知っといてもらわないと、何かあった時に困
るので」
「え?」
「工藤君の傍にいるのがそれだけ大変だってことよ」
 
この食事会はいざという時のための顔合わせなのだと新一は説明す
る。
三宮はきっと理解していないだろうが、今はそれで良い。理解する
ことがないまま十日間を無事に終えることができれば一番なのだ。
 
「あら、じゃあ彼は今いないのね」
 
哀が唐突に言った言葉に、新一はちょうど嚥下しようとしていたシ
チューが気管に入って咽せた。
 
「彼?」
「……っ、気にしないでください!」
 
首を傾げる三宮に必死に首を振る新一。
これでさっき笑われたことへの仕返しは済んだとばかりに、哀は満
足そうにお茶を啜った。
 
 
 
 
 
 
「工藤君、俺ちょっとコンビニ行ってくるけど、何か必要なものあ
る?」
 
新一が風呂から上がると、三宮がパーカーを羽織りながら尋ねた。
 
「あー……そういえば、明日の朝のパンがない……頼んでいいです
か?」
「うん。食パンでいい?」
「はい。お願いします」 
 
 
門を出て、屋敷を振り返る。
近所では幽霊屋敷呼ばわりされているらしいが、なるほど、と三宮
は納得した。
庭は手入れされているようで、昼間は欧州を彷彿とさせる洒落た洋
館だが、夜になると凄みを増す。風が吹いて、木々がざわざわと揺
れ、高い鉄の門が不気味な金属音を立てた。
窓から明かりが漏れていなければ、さながら呪われた廃屋のようだ。
 
昼間はだいぶ暖かくなってきたが、夜はまだ涼しい。パーカーを羽
織って出て正解だった。
 
歩いて五分ほどのところにあるコンビニに入ると、まずは自分の必
要なものを調達して、それからパンのコーナーへ行った。最近のコ
ンビニはパンの種類も豊富で、どれにしようか少し迷う。
 
世話になっているのだから、せめてある中で一番高いやつをかごに
入れる。6枚切りのレーズンパンだ。

レジに持っていくと、やる気のなさそうなバイトの青年が気だるそ
うに「いらっしゃいませー」と言った。アイドルである自分と比較
するのもなんだが、制服をだらしなく着た、冴えない感じの男だ。
 
気だるい動作でかごの中の商品をレジに通して、ビニール袋に入れ
る。
 
「ありがとうございましたー」
 
やる気のない声を背に、コンビニをあとにした。
 
 
 
 
 
工藤邸に戻ると、チャイムを鳴らす前にドアが開いて新一が顔を出
した。

「おかえりなさい」
「ただいま。パン買ってきたよ」
「ありがとうございます」
 
ビニール袋をダイニングテーブルに置いて、食パンを取り出す。
 
「あれ?」
「どうしたんですか?」
「いや、俺6枚切りのレーズンパン買ったはずなんだけど」
「え……?」
 
だが、袋から現れたのは8枚切りのプレーンの食パン。
 
「おかしいな、確かにレーズンパンだったんだけど……何でだ?」
「…………」
 
狐につままれたような気分で首を傾げる三宮に、新一は黙り込んだ。
 
そういえばレーズンが苦手なのを伝え忘れていた。そしていつも朝
はそれほど量を食べられない新一のために、同居人が買ってくるの
は8枚切り。
 
三宮の話を聞く限り、すり替えられたのはレジでだろう。
 
あのお節介野郎、と悪態をつきつつ、新一は顔が熱くなるのを止め
られなかった。絶対に赤くなっているであろう頬を隠すために、パ
ンを受け取ってキッチンへと逃げ込んだのだった。
 








 
 

















2013/08/25