「何か食べたいものあります?」
「俺は工藤君のライフスタイルを丸ごと見たいからさ。工藤君がこう
いう時にいつも食べるようなものでいいよ」
「いつも……」
こういう時は大抵、快斗がご飯を作って待っていてくれている。
そうやっていつも新一を甘やかしてくれる恋人を思い出して、俄かに
頬が熱くなる。
慌てて、店を探すふりをして顔を背けた。
「それじゃあ、駅前の定食屋でいいですか?」
「うん」
芸能人を定食屋に連れて行くのも気がきかない気がしたが、三宮はむ
しろそれを望んでいるようだった。
それに、ここの定食屋は味は保証できる。特に新鮮な魚介類を仕入れ
ているようで、食事が快斗と別になった時に何度か寄ったことがあっ
た。
注文を済ませたところで三宮が口を開いた。
「何か意外だな、工藤君がこういう定食屋に入るのって」
「え、それは三宮さんでしょう?」
「いやー、俺は自分では結構こういうところも入るよ。それより工藤
君の方がなんていうか、セレブなイメージあるよね。住んでる家もす
ごいし、フレンチレストランとか似合いそう」
「はは……俺普通の学生ですよ」
鯖の味噌煮をつつきながら乾いた笑いをもらす。
「それで、さっきの続きだけど。事件じゃなかったってどういうこと
なの?」
三宮が逸る気持ちを抑えて促した。
「ああ、あれは事故ですよ」
「事故? そういえば、最初から自殺はないって言ってたね」
「被害者のテントの中に未開封の瓶ビールの缶があった……瓶の埃か
らして一ヶ月ほど前に買ったものでしょう」
「それを飲む前に自殺するはずがないって?」
「いえ、重要なのは被害者がビールを買った理由です」
「理由?」
「テントの中にあった酒類はそのビール一本だけ。空き瓶もありませ
んでした。公園のゴミ箱に空き缶はいくつかありましたが、瓶、それ
も銘柄が同じものはなかったので、他のホームレスの方が飲んだもの
でしょう。被害者のところにあったのは少し高めの輸入ビールでした
からね……」
「それで、瓶ビールがどう関係あるの?」
「息子さんの誕生日、被害者は毎年テントで一人静かに祝うと言って
ましたね」
「ああ、そういえば。じゃあそのビールをちびちび飲みながら祝うつ
もりだったってこと? だから楽しみにしていたその日の二日前に自
殺をするはずがない、と」
「……あの家族写真、テントの中に座ったらちょうど目の高さになる
ところに貼りつけてありました」
そう言って新一は少し目を伏せた。
「……でも、ちょっと待ってよ。それは聞き込みをしてからわかった
ことでしょ? でも、君は最初から自殺じゃないと確信していた」
三宮の指摘に、新一は苦笑する。
「テントの中に、使ったばかりのプラスチックの皿とフォークがあり
ました。そしてほとんど消化の進んでいない吐瀉物も散乱していた。
それで、被害者が摂取した毒は食事に混入していたと推測できたんで
す。でも自殺するなら、わざわざ毒物を食事に混ぜたりしますか?」
「他殺に見せかけたかったのかも……」
「ビニールテントの中で一人で食事をしていたことはあの公園にいる
他のホームレスの人に聞けばすぐわかることですし、食事だって自分
で用意したものです。他殺に見せかけるには、状況設定がお粗末すぎ
る」
「うーん。……結局、その毒って何だったのさ?」
「トリカブトですよ」
さらっと答えた新一に、三宮は目を剥いた。
「はっ?! トリカブトって、あの?! いやいやいや、どうやった
ら事故でトリカブトが食事に混入するわけ?!」
「毎年、山菜採りに行って間違えてトリカブトを食べてしまう事故が
ニュースになるでしょう?」
「けど、被害者は山菜採りになんて……」
周りに山菜が採れそうな山などないし、むしろ公園は都心に近い。
「あまり知られてないんですが、トリカブトは普通の公園にも群生し
ていることがあるんですよ。あの公園も、奥のフェンス際のむき出し
の土は水はけが悪くて湿っていました。二輪草やトリカブトが好む湿
地に条件が似てしまった」
「二輪草?」
「山菜です。トリカブトに形が似ていて、花のついていないこの時期
は素人ではほとんど区別がつかない。二輪草の群落の中にトリカブト
が紛れていることもあるから、間違えやすいんです」
「じゃあ被害者は、二輪草を採ろうとして、間違えてトリカブトも一
緒に採ってしまった……?」
「でしょうね。ちなみに二輪草は、てんぷらやおひたしにすると美味
しいんだそうですよ」
「てんぷら……被害者が食べたいって言ってた……じゃあ被害者は、
二輪草をてんぷらにしようとしていたのか」
三宮ははっとしたように言ったが、新一は冷静に首を振った。
「いえ、あの場でてんぷらはできないでしょう。公園で高温の油を扱
うのは危険ですし、それだけのために油を調達するとは考えにくい。
鍋がありましたし、おおかた湯がいておひたしにでもしたのでしょう」
「ええ? 食べたかったてんぷらのためじゃないなら、何で二輪草な
んてわざわざ……?」
三宮が困惑したように眉を顰める。
新一は鯖の最後の一口をゆっくりと咀嚼し、嚥下した。
「……休みがとれると家族でよく食べに行っていた。特にこの季節は
いい」
「え?」
「炊き出し班の杉本さんが言ってました。てんぷらを食べに『行って
いた』、つまり自宅で揚げるのではなく、てんぷらを目的に外出して
いた。『休みがとれると』ってことは近場の店ではない。それなりに
遠い、もしかしたら泊まりかもしれない場所。極めつけは『この季節』。
今は、ちょうど山菜採りの盛んな季節ですね」
「山菜のてんぷらを食べに、山菜採りに行っていた……」
「採った山菜をすべててんぷらにするわけではないでしょう」
「じゃあ二輪草のおひたしも」
「食べていたかもしれませんね」
それから新一は「これは、俺の想像ですが」と前置きした。
「被害者は公園の片隅に生えていた二輪草を発見して、思い出したの
かもしれない。家族で山菜を採り、食べた日々を」
新一が箸を置き、湯のみに手を伸ばす。
日本茶を啜る音だけが二人の間に落ちた沈黙に細波を立てる。
「だとしたら……」
悲しいな、と三宮は呟いた。
それから、新一が湯のみを置くとともに、気を取り直したように三宮
は食事を再開した。
「でも、意外だな」
「え?」
「工藤君って、もっとこう、関係者の前で得意げに推理を披露するの
かと思ってたけど。警察に任せちゃってよかったの?」
「ああ……昔の俺は確かにそんな感じでしたね。期待外れでしたらす
みません」
「いや、そんなことは」
新一が浮かべる小さな笑みはどこか自嘲的で、三宮は内心で首を傾げ
た。
「さて、と」
この話は終わりとでも言うように、新一が空気を変えた。
「明日の朝はどうします? うちは大抵パン食なんですけど」
「俺も同じでいいよ。っていうか家事とかいろいろ手伝うからね?
お客さん扱いする必要ないよ」
それから、三宮はにやにやして言った。
「今のやり取り、何か初めてお泊まりする恋人同士みたいじゃなかっ
た?」
「いえ、全然」
一刀両断したのだった。
だから事件物は書けないとあれほど……
2013/08/21