(19)
















 
よかったらご案内しましょう、という内海の申し出を受けて、館内の展示
品一つ一つを見て回る。
 
「こちらの木箱は伝統的な組木細工で作られておりまして、装飾に瑪瑙の
細工が施されて……」
 
内海の説明の後ろで、ちょんちょん、と三宮は新一の背をつついた。
新一が振り返らないまま小声で「何ですか?」と言い、三宮も囁き返した。
 
「これずっとこの調子で続くの?」
「そうみたいですね」
「やっぱり館長さんに案内お願いしたほうが良かったんじゃない? 展示
品より、もっと建物の構造とかさ……」
「大丈夫ですよ。構造は後で二課の方から見取り図をもらいますから」
「そう……」
 
すると新一が少しだけ振り返って笑みを浮かべた。
 
「せっかく美術館に来たんですから。三宮さんもゆっくり鑑賞してみたら
どうです?」
「……うん」
 
黙って見ていろということか、と三宮は解釈して口を噤んだ。新一はこれ
まで幾度となくキッドと対決してきた名探偵なのだ。素人の自分が口を出
しては現場を混乱させるだけだ。
 
(……ん?)
 
その一瞬、目に入った何かに微かな違和感を刺激されたが、あまりに曖昧
な感覚でそれが何なのかわからない。あるいは、ただの気のせいか……。
 
「これがすべて個人所蔵とは……すごいコレクションですね」
「ええ。書籍などはこれでもまだ一部です」
「管理も大変でしょう」
「状態を保つために専門家の方に時々お願いして見てもらっていますよ」
 
三人は、陳列ケースの一番に辿りついた。紐で括られた、古ぼけた冊子の
ようだ。
 
「これは?」
「目録ですよ。蔵のどこに何があるか記しております。他にそれぞれの入
手経路や、手放したものはその行き先も」
「なるほど」
 
新一は頷き、陳列ケースを十分に観察してから口を開いた。
 
「それでは、僕たちはこれからフロアを巡回してみます。ありがとうござ
いました」
「探偵さんがたには期待しています」
「ご安心ください、必ず守ってみせます。……それではまた後ほど」
 
内海と別れた二人は展示スペースを出た。




時間は一般公開時間が終わった後。
少ない客の代わりに多数の警官が配備された館内は物々しい雰囲気に包ま
れていた。
厳しい顔つきの警官たちが至る所に直立している。

新一は何かを確認するように、その中をゆったりとした歩調で歩き回って
いる。


「何か、見えてきました?」

背後からかけられた声に振り返る。白馬だ。

「……え?」
「あの二人のことですよ」

――そのうち見えてくるかもしれませんよ。

白馬に言われた言葉を思い出す。答え合わせの時間ということか。

「……ああ。……そうだな」

この怒涛のような数日間を思い出す。

体裁を保ちながらも頑なに三宮を事件から遠ざけようとする新一。
子供のような表情でマジックやゲームを全力で楽しんでたくさんの人を魅
了する快斗。

まるで熟年夫婦のような指示語だらけのやりとり。
自分の家のようにキッチンを把握している快斗。
行き先がわかるような気がするチョコレートケーキ。
何も言わずとも駆けつけて危険な犯人に向かっていく快斗。
やたら魚を食べたがる新一。
別々に回される洗濯機と何故か替えられたシャンプー。
早朝警視庁に現れた快斗と、すべて預けるように凭れかかった新一。
新一の部屋の隣の、鍵のかかった二部屋。
 
「何となくわかったような、わからないような……考えれば考えるほど、
謎が深まる気がするんだよね」
 
にこにこと言葉を待っている白馬に、三宮はそう言って困ったように笑っ
た。
 
「親友みたいな、双子のような、兄弟のような……あるいは恋人みたいな。
複雑に見えて、本人たちにとってみたらもしかしたらすごく単純なことな
のかもしれない。例えば……お揃いのエプロンみたいな関係とか」
「エプロン?」
「似た者同士で、だけどよく見ると違っていて別物だってわかる。一度違
うって気づくと全然違って見えるんだけど、でもやっぱり本質は同じだ」
「……なるほど」
 
三宮はそれから……と自信なさそうに続けた。
 
「信頼し合ってんだろうなっていうのはわかるんだけど、俺が思うよりも
ずっと濃いものなんだろうと思う。依存、って言っていいのかな……? 
二人ともすごくしっかりしてるように見えるから、周りから頼られるタイ
プだし、一人でやっていけるような気がするんだけど、そんな二人だから、
たぶん、お互いが必要なのかもしれない。……とにかく、二人は一緒にい
ないと駄目になる気がする」
 
十日間新一と過ごして、感じたことを正確に言葉にするのは困難だ。
強いて言うなら、どう見ても歪でめちゃくちゃな形をした二つの規格外の
ピースが、ぴたりと填まり合う感覚だ。
 
「そうですね……僕も、そう思います」

離れたところにいる新一の後ろ姿を優しげな目で見つめながら、白馬は頷
いた。
 
「……時々、羨ましいと思うことがあるんですよ。二人の関係が。過去に
は妬んだこともありました。……ですが、二人を見ていると、どうしてか
心から祈りたい気持ちになるんです。どうか二人の幸せがこの先ずっと続
きますように、と。そんな二人の気の置けない友人でいられたら、きっと
僕は苦労させられるんでしょうけど、まあ、退屈はしないでしょうね」

本当にお騒がせな人たちですから、と白馬が苦笑する。
 
いいな、と思った。
 
そして長らく会っていないグループのメンバーたちのことを思い出す。思
えば、十日もメンバーの誰とも会わないなんて、滅多にない。
これまでずっと仕事でもプライベートでも付き合ってきた連中で、馬鹿を
やっている彼らに呆れてみたり、一緒に馬鹿をやったりもする。
それぞれの仕事へのプライドのために衝突することもあるが、彼らがいな
ければ、これまでもこれからも自分は今ほど輝けないだろう。
 
……久しぶりに、彼らの顔が見たくなった。
 
 
「予告時間まで10分を切った! 気を引き締めろ! 奴はどこから現れ
るかわからないぞ!」
 
中森の怒号が響きわたり、館内はより一層緊張感に包まれる。ぴりぴりと
した空気が肌で感じられる。
全員が配置についていて、ぴくりとも動かない。
 
白馬がぽん、と三宮の肩を叩く。
 
「キッドが現れたら現場は混乱します。警官の波に巻き込まれては危ない
ですから、避難しておきましょう」
 
スペースのあいた壁際へ誘導される。
 
「あと5分……」
 
再び中森が士気をあげるように怒鳴り声をあげる。
白馬がターゲットのショーケースの方へ行くと言って離れると、入れ替わ
るように新一がようやく三宮のもとへ戻ってきた。
 
「何かわかった?」
「どうでしょうね。登場の仕方については、今回何も暗号を寄越しません
でしたから」
 
新一が肩を竦める。
そして腕時計に目を落とすと同時に、中森が声を張り上げた。
 
「10、9、8、7――」
 
いよいよだ。
たまらない緊張感にざわりと肌が粟立つ。
 
「6、5、4――」
 
すると、気合の入った警部のカウントダウンに重ねるように、目の前に立
つ新一が囁いた。すらりと長い指をぴんと立てる。
 
「Three, two, one……」
 
突然の暗闇が落ちる寸前、ちらりと三宮を見上げた瞳が不思議な色に煌め
いた気がした。
 
「――zero」
 
 
 
 
 
 
 



















2013/11/29