一歩前を歩く新一は何やら携帯でメールを打っているようだ。その背に
三宮は話しかけた。

「今の、工藤君の彼女?」
「ぶっ」

新一が勢いよく振り返る。

「違いますよ!」
「えー、怪しいなー」

慌てる新一の反応がおかしくて、三宮はにやにやした。

「付き合ってる子はいないって言ってたけど、本当かなー」
「……あれは、幼馴染です」

新一が渋々といったふうに言う。

「長く傍にいて、傍にいるのが当たり前になってて……この世で一番、
守りたかった奴です」

その静かな言葉に、三宮は笑みを引っ込めた。

「もしかして、前に言ってた……?」
「あいつのことです。……でも、俺が探偵として、どうしてもケリをつ
けなきゃならない事件があって、俺はあいつの前から姿を消した。愛情
が冷めたとか、そういうことじゃないんです。むしろ深くなった。ただ
それが、ひたすらあいつの幸せを願うもので、そこに俺がいなくてもい
いって気づいてしまったんです」

そう言って苦笑する新一に、三宮はからかったことを少し後悔した。

自分の周りこそが危険だと理解している新一は、大切な人ほど遠ざける。
守るために。
探偵であるために、彼はどれほどのものを犠牲にしてきたのだろうか。

自分よりも年下でたかだか二十歳やそこらの若者が、そこまでの覚悟を
決めて探偵としての使命を貫き通している。探偵は彼にとって、すでに
ただの職業ではない、アイデンティティーだ。

「……でも、そんなふうに一方的に守られて遠ざけられるなんて、彼女
は望んでないんじゃないかな」

さっきの女性のことを、三宮は何も知らない。だが、自分が彼女なら、
そんな苦しい守られ方はされたくないだろう。

「……あいつは強いですよ。守りたいなんて俺のエゴで、実際はあいつ
に守られることの方が多かったんです」

何たって空手で全国制覇してますからね、と新一は懐かしそうに続けた。

「でも、」

三宮をひたと見つめて、新一は言った。突然の強い視線に、たじろいだ。

「本当に守りたいのは、心なんです」

その正確な意味を理解することはできなかった。ただそれは、三宮への
忠告のような響きを持っている気がした。



                              ***



午前中に掃除を済ませ、午後は各々のんびり過ごしていた。三宮はリビ
ングでゲーム、新一は書斎で資料を広げながら、大学の課題に取り組ん
でいた。

三時頃、小腹がすいてきた頃に新一はリビングに顔を出した。

「そろそろおやつにしましょうか」
「うん」

いつもは快斗が言いに来てくれるから、逆の立場になると少し不思議な
感覚だ。

「コーヒーでいいですか?」
「うん」

すると、皿とフォークを準備してくれていた三宮が、コーヒーを淹れる
新一を観察しながら言った。

「工藤君ってコーヒー淹れるの本当上手いよね」
「まあ、毎日淹れてますからね」

新一は照れたように答えた。

「大体コーヒーは俺の担当で、紅茶は……」

突然はっとしたように口を噤む。

「工藤君?」
「あっ、いえ、何でもないです」
「今言いかけ――」
「何でもないです!」
「う、うん……?」

首を傾げる三宮に、新一は内心で冷や汗をかいていた。

紅茶は大抵快斗の担当だ。コーヒー党の新一だが、こうも長い間快斗の
紅茶を味わっていないと、それはそれで何だか物足りない。

ふと今朝のことを思い出す。
冷蔵庫にはチョコレートケーキが残っていて、好きな時に食べに来いと
メールした。返事はあったが、何やら手が離せないようで、遅くなるか
もしれないと言っていた。

あまり放置しておくと、そのうち三宮に聞かれそうで怖い。その時は何
て答えようかと新一はぐるぐる考えた。
つくづく、推理以外となると頭の回転が遅くなる。自覚はとっくにあっ
て、ぼろを出す心配があるのは快斗ではなく自分の方だと、ため息を吐
いた。









その夜、電話が鳴った。

「はい、工藤です……はい………わかりました。すぐに行きます」

通話を切ると、三宮がこちらを見ている。

「……すぐに支度してください」





大通りに出ると、派手な赤い車が目の前に停まった。
新一が迷わず助手席に乗り込むのに続いて、三宮も後ろに乗り込む。

「誘拐だそうですね」

挨拶を省いて、すぐに本題に入る。

「ええ。被害者は鳥矢町に住む小学一年生の女子児童、古崎玲奈ちゃん。
夕方になって行方知れずとわかって母親が警察に通報。一時間ほど前に
誘拐犯から古崎さん宅に連絡が入ったわ」
「犯人は何て?」
「それが……今のところ要求は何もないの。娘を誘拐した、ただそれだ
けを告げて電話は一方的に切られたわ。通話時間は十秒にも満たなくて、
逆探知は失敗」
「なるほど……これは、厄介かもしれませんね」

単なる身代金目的の誘拐なら探偵は呼ばないだろう。
犯人の要求ないし目的が不明。新一の存在は、事件の早期解決と予測で
きない事態への対処のためというわけだ。

「怨恨の線も考えられますね。古崎家の方たちの情報はありますか?」
「用意してあるわよ」

佐藤がダッシュボードを顎で示す。
手を伸ばしてファイルを取り出した。

「通報者は古崎美奈三十四歳、主婦。夫は古崎幸久三十六歳。……この
若さで有名アパレルメーカーの商品開発部の部長ですか」
「ええ。でも、まだ捜査中だけど、社内での人望は厚くて、一見誰かに
恨まれるような人ではなさそうよ」
「……この人、入社が七年前だ……他社からの引き抜きみたいですね。
前の会社、調べてもらえますか。それから古崎美奈さんの前の勤務先も」
「え? でも妻は専業主婦でしょ?」
「持っている資格に事務関係のものがいくつかあります。結婚前に働い
ていた可能性は高いでしょう」

書類をめくりながら、新一はすらすらと指示を飛ばしていく。
とても口を挟めない緊迫した雰囲気に、三宮はじっと息を殺していた。

























2013/10/02