「俺が銃撃とうとしたってことは警部には内緒にしてくださいね」

ハンカチで銃を拭きながら新一が言った。

直後、裏口から武装した警官隊が突入してくる。

「工藤さん! 大丈夫ですか!」

犯人たちが倒れているのを見て、隊長らしき人が駆け寄ってくる。

「はい。ここに倒れている三人が強盗グループです。他の人質は全員無
事ですか?」
「裏口から出てきたところを保護しました」

新一が慣れたように一言二言交わす。隊長とは顔見知りのようだ。

そこへ、目暮を初めとする一課の面々が入ってきた。

「工藤君!」
「警部、助かりました」
「何を言っとるんだね。君からの情報で阿笠さんから連絡をもらって、
すぐにSITに出動要請を出せたんだ。人質を無事に解放できたのも君
のおかげだよ」
「いえ、そんな……」
「しかし、とにかく無事でよかった。また無茶はしとらんだろうね?」
「ええ」

すると、目暮の後ろにいた佐藤が快斗に気づいた。

「あら、黒羽君も一緒だったのね」
「はい、途中からですけど」

快斗は曖昧に答えたが、それがあまりにはっきりした口調だったからか、
それとも快斗への信頼なのか、佐藤は納得したように頷いただけだった。
それから、三宮に視線を移す。

「あなたが三宮さん? 話は高木君から聞いてるわ。私は一課の佐藤よ。
よろしく」
「三宮です。よろしくお願いします」
「あら……? あなた、どこかで見たことあるような……」
「えっ」
「佐藤さんっ」

すかさず新一が間に入ってきた。

「事情聴取はまた後日でも良いですか? 三宮さんも、疲れているみた
いで……」
「ええ、いいわよ」
「それでは、今日はこれで失礼します」

新一はシャッターの開いた表から出ていく。三宮と快斗も無言で続いた。
外に出てから、三宮は改めて疑問を口にした。

「っていうか黒羽君は、どうしてここに……?」
「新一から緊急信号がきたからね。GPSで場所調べて、郵便局だった
から、まあ強盗とかそのへんだろうなと」
「えぇぇ……」

郵便局という場所の情報だけで強盗に襲撃されている事態を想像できる
ものなのか。

「新一の傍にいるっていうのはそういうことだからさ」

疑問を読んだかのように快斗が言う。
そして「俺はもう慣れたけど」と付け加えた快斗に、三宮は隣家の二人
と食事した夜を思い出した。
二人に三宮をきっちり紹介した新一。哀の言葉が蘇る。

――工藤君の傍にいるのがそれだけ大変だってことよ。

大学に行った時、快斗や白馬以外にも時折声をかけてくる友人らしき人
たちはいたし、新一も気さくに返事をしていた。だが、彼らのうち何人
が、新一の傍にい続けることを許されているのだろう。

危険に巻き込まれるかもしれないリスク。
自分を守れるだけの強さを持っている人間でないと、新一は必要以上に
自分に近づけない。相手を守るために、深入りさせない。

三宮は初めて、悲しいと思った。
大切な人ほど、守るために、自分から遠ざけなければならないなんて。

「でも、」

三宮はその悲しみ以上に湧きおこる感情を隠せなかった。

「すごいよ、工藤君!」
「え?」
「あっという間に犯人やっつけちゃってさ! あの駆け引きとかも。映
画みたいでカッコよかった!」

三宮が目をきらきらさせて新一に詰め寄ると、新一は驚いたように目を
ぱちぱちとさせて、それから曖昧に笑った。

「いえ……それより三宮さんを危険な目に合わせてすみませんでした。
大丈夫でしたか」
「大丈夫! 工藤君が守ってくれたからね」

新一は少しほっとしたように微笑んだ。

「怪我がなくて本当によかった。でも、もし今後何かあったら……夢に
見たり、不安になったりしたら、俺に言ってください」
「うん? それは大丈夫だとは思うけど……」

恐怖で掌を濡らしていた汗は引いていて、代わりに興奮で心臓がドキド
キしていた。

「でも本当、工藤君ヒーローみたいで――」
「三宮さん」

新一が立ち止まった。

「……しばらくは、気をつけていてください。絶対に一人で抱え込まな
いで、俺に言ってください。いいですね?」
「え……うん」

何のことを言っているのか実のところよく理解できない三宮だったが、
新一のあまりに真剣な目に気圧されるように頷いた。

「それじゃ、帰りましょうか」

そうして、歩き始めた時だった。

「おにいちゃん!」

背後から呼びかけられて、再び足を止める。振り返ったところに、小さ
な男の子が飛び込んできた。

「わっ……」

新一が少しよろめく。
見ると、さっき、人質になっていた子供だ。

「おにいちゃん、探偵さんなんでしょ?!」
「ああ」

新一が屈んで目線を合わせると、男の子はぱぁっと顔を輝かせた。

「探偵のおにいちゃんすっごくカッコよかった! 助けてくれてありが
とう!!」
「ああ……怖かったか?」
「怖かったけど、おにいちゃんが助けてくれたから大丈夫! 僕もおに
いちゃんみたいなヒーローになりたい!」
「……ああ」

子供はもう一度大きな声でありがとう!と言うと、満面の笑みで母親の
元へ走り去っていった。

「すごいな。やっぱり探偵って、人を救う仕事なんだね。たくさんの人
の命を救って、笑顔を守ってる。憧れるなぁ」
「…………」

晴れ晴れとした表情で言った三宮に、新一は無言で苦笑を洩らした。



              ***



その翌日の朝、朝食を食べ終わると新一は出掛ける支度をした。

「俺、ちょっと出ますけど……」
「ついてっていい?」

デートじゃないよね?と確認するように聞いた三宮に、新一は頷いた。

「でも本当に、ただ買い物するだけですけど」
「行く行く。工藤君いつ事件に遭遇するかわかんないし。昨日ので学習
したよ」

それに工藤君の日常に密着することが目的だからね、と勇んで支度し始
めた三宮に、新一は微妙な表情を浮かべていた。

「そういえば、昨夜は何ともありませんでしたか?」
「え? 何が?」

問いの意味が三宮には伝わらなかったようだ。まあ、曖昧な聞き方をし
た自覚は新一にもある。

「悪い夢を見たり……」
「夢?」

三宮が訝しげに聞き返す。新一は首を振って、「ないならいいんです」
と言った。


近場のスーパーに入ると、野菜コーナー、魚、肉、加工食品の順に回っ
ていく。遠慮する新一から三宮がカゴを取りあげたため、身軽に歩きま
われる。

鮮魚コーナーに来て、新一はちょっと心が弾んだ。
快斗がいたら、立ち寄れないどころか近づけすらしない。新一一人で見
て回ろうとすると、十分に距離を取った位置から情けない声で、親鳥を
呼ぶ雛のごとく新一を呼ぶし、カゴに魚が入っているとぎゃあぎゃあ騒
ぎだす始末。

せっかく快斗がいないのだ。
思えば三宮といるこの十日間は、魚を思う存分食べられる絶好の機会だ。
残り日数を数えて、新一は突然、何だか惜しい気がしてきた。

「三宮さん」
「ん?」
「これから毎日、魚でもいいですか」
「え、うん。別にいいけど……?」

首を傾げる三宮の隣で、新一は小さくガッツポーズを決めた。



「あ、そうだ」

帰り道にドラッグストアの前を通りかかって、新一は足を止めた。中に
入っていく新一を追いかけると、メンズ商品の棚の前で考え込んでいた。

「三宮さん、どれがいいですか?」
「え? ……って、シャンプー?」

新一の前にはメンズ用シャンプーがずらりと並んでいる。

「すみません、普段はもっといい奴使ってるかもしれませんが、取り寄
せる時間がないので……」
「は? え? 別に、今までどおり工藤君の貸してくれれば……」
「いや、せっかくだから三宮さんにできるだけ合うやつ買いましょう」
「でも、どうせあと数日だよ?」

もったいない、と渋る三宮。

「いいですよ、余ったら泊まりにくる友人用にしますから」
「え、っていうかそれなら俺が自分で買うよ。だって俺のためなんだし」
「あー、いや、こっちの事情なので。気にしないでください」
「……そうなの? でもどうしたの突然」
「ちょっと事情が変わりまして」

新一は言葉を濁した。

説明できるわけがない。
三宮が新一のシャンプーを使っていることを、あの嫉妬深い恋人に咎め
られたなんて。
衣類を一緒に洗濯していることもお気に召さないようだから、次は別々
に洗濯機を回さなくてはいけなくなりそうだ。
面倒くさい、とため息をつきながらも、その独占欲が嫌じゃないのだか
ら、自分も大概馬鹿だと思う。


ドラッグストアを出た後、新一は駅前へと足を向けた。

「ちょっと寄りたいんですけどいいですか」
「うん」

そう言って辿りついたのはケーキ屋。
こじんまりとした店だがお洒落な内装で若い女性に人気がある。

カラン、とベルの鳴るドアを押しあけると、そこに見知った後ろ姿を見
つけて新一は驚いた。

「蘭!」

ガラスケースの前に立っていた女性が振り返る。

「新一! 久しぶりね」
「ああ。今日何かあるのか?」
「先輩の誕生日なの。新一は、黒羽君?」
「ま、まあ、そんなところだ……」

幼馴染に出くわしたのは偶然だが、この店を教えてくれたのは彼女だと
いうことを考えると、それほどの驚きはない。

「あら?」

蘭が新一の後ろに気づく。

「新一の友達?」
「ああ、父さんの関係で、今ちょっとうちにいるんだ」
「三宮です。よろしく」
「私、毛利蘭と言います。新一と一緒にいるのって結構大変でしょう?
気をつけてくださいね」
「おいおい……」

新一が呆れた顔をする。実感のこもった彼女の言葉には、事件吸引機で
あること以外のことも色々と含まれているような気がする。

「お待たせしました」

ケーキを包み終えた店員が、蘭に箱の入った紙袋を手渡した。
新一もさっさと注文してしまおうとケースを覗き込む。

「あ、このチョコレートケーキ美味しいよ」
「……おう」

にこにことおすすめしてくる蘭に気恥ずかしげに答えながら、蘭の勧め
に外れはないだろうとそれを一つ注文する。それから、残念ながらレモ
ンパイがなさそうなのでフルーツタルトを一つ。

「三宮さんはどれにします?」
「え、俺?」
「はい。今日のおやつにしましょう」
「じゃあ、ミルフィーユ」

注文し終わると、蘭は「それじゃあまたね」と二人とすれ違うように出
口に向かった。去り際に、悪戯っぽい笑みで新一に言う。

「彼がいないからって浮気しちゃ駄目よ、探偵さん」
「なっ……しねぇよ! つーか何であいつがいないって……」
「いたら魚なんて買えないでしょ」

スーパーの袋から薄っすら透けて見える魚のパックを指差して得意げに
言うと、蘭は店を出ていった。

「ほんとあいつ、時々探偵並みに鋭いよな……」

新一はがっくりと項垂れた。






























2013/09/28