※ドラマCDのストーリーの本筋とはあまり関係ないですが、少し
ネタばれあるのでご注意ください。



















ゴールデンウィークはとうに過ぎたというのに連休の空気を引き摺り、
全国的に蔓延する五月病に、名探偵工藤新一も例にもれずかかりつつ
あった。
事件もない、課題もないとなれば、一日中家でずるずる過ごすのはも
はやテンプレートだった。


「何だってぇぇ?!!」

突然リビングから絶叫が聞こえてきて、新一は眉間に皺を寄せた。
二人分のコーヒーを持って、キッチンから出る。

「るせー。一体何だよ?」

どうせ大したことじゃないだろうと投げやりに問うと、絶叫を上げて
パソコンの画面を食い入るように見ていた男――黒羽快斗はバッと顔
を上げ、パソコンをくるりと反転させた。

「見ろよ! 『探偵レッドジャケット』の映画第2弾が制作決定だっ
て!!」
「へー」

読みかけだった本を取って読書を再開――しようとしたが、詰め寄っ
てきた快斗に一瞬で本を消された。ぽん、とコミカルな音とともに小
さな色つきの煙が上がる。

「あっ、おい! 返せよ!」
「三年前、ドラマで最高視聴率を記録して劇場版にもなった、あの!
三宮和則主演の『探偵レッドジャケット』の新しい映画だよ! 原作
者が三年かけて構想を練った待望の続編! 推理とアクションが更に
パワーアップして劇場に登場! これは大事件……って新一、聞いて
る?」
「聞いてねぇ」

不機嫌そうにばっさり切る新一。

「つーかさ、お前やっぱ三宮和則とかいう奴のファンなんだな。この
間もMスタ見てたし」
「俺Mスタはわりとよく見てるじゃん」
「『秘密の吹雪ちゃん』だっけ? あれも見てたな」
「えっと……」
「土曜の夜にショーがあった日、『吹雪にしやがれ』も録画してただ
ろ」
「新一、さん……?」

次々と言い当てられ、さすが探偵と思う快斗だったが、ちょっとオー
ラが恐い。

「そういや三年前に『怪盗が探偵を好きになっても構わないだろ』と
か何とか言ってたが……あれ、やっぱり三宮和則のことだったんだな」
「え? いや、ちが……」

否定しかけて、快斗はハッとした。これはもしかしてもしかすると。

「もしかして、嫉妬してくれてる?」
「バーロ。今更んなことでいちいち嫉妬するかアホ」
「……はい……」

一刀両断されたのだった。








「……とは言ったものの……」

昨日の快斗とのやり取りを思い出して、新一は溜息を吐いた。

「やっぱ何かおもしろくねぇんだよなぁ」
「……ちょっと、ひとの家に来て憂鬱そうな顔するの止めてくれる?」

うざいわよ、と辛辣なお言葉をくださるのは、一つ年上だが見た目は
小学生な少女だ。
知的な相貌で、白衣を着た姿はまったく違和感を感じさせない。

白衣が似合う小学生って何か嫌だな、と思っていると、鋭く睨まれた
ので慌てて考えを打ち消した。

「それがさ、快斗の奴――」
「惚気なら聞かないわよ」
「…………」

惚気のつもりは一ミリもなかったが、彼女に睨まれると口は自然と閉
じた。
だがそれでも心の中のもやもやは晴れなくて、代わりにぶつぶつと呟
くことにした。独り言のつもりだ。

「……ちぇー。何だよ、映画の一つや二つであんなに嬉しそうな顔し
やがって。三宮和則なんてアイドルあがりの大した役者でもねぇくせ
に――」
「何ですって?」
「へ?」

突然口を挟んだ少女へ視線をやって、新一はぎくりと身体を強張らせ
た。俯いていて顔は見えないが、何というかこう、全身から立ち上る
気配が物騒な気がする。もはや殺気だ。

「三宮和則が、何ですって?」
「え、っとあの、灰、原……?」

何が彼女の地雷を踏んだのかと、優秀な頭は高速回転を始めた。そし
て、そういえば彼女も三宮和則の隠れファンだったことを思い出す。

「あ、やべ」

気づいた時には遅い。
少女が顔を上げると、それは素敵な笑顔を浮かべていた。

「そりゃもちろん、お母様が元大女優で、しかも何度も別人になりす
まして推理ショーをやってきたあなたに比べたら、ほーんの少し演技
力が劣っている可能性がなきにしもあらずなのはしかたないかもしれ
ないけど」
「いや、あのな……」
「私は、彼だって結構素敵な役者だと思うわよ。役の幅も広いし、特
に『探偵レッドジャケット』のクライマックスで犯人を追いつめて、
大勢の人質を救うシーンは真に迫っていたし」
「えっと……」
「あら、私は別にいいのよ? 彼の熱狂的なファンというわけでもな
いし。まあ、ただちょっと、あなたの貴重な意見のおかげでますます
研究に励めそうってだけで」
「……すみませんでした」

大人の男が小学生の少女に冷や汗を垂らして頭を下げるという、傍か
らみたらおかしな光景ができあがる。

ふん、と鼻を鳴らして地下へと消えていった哀に、しばらく彼女の出
す飲食物には気をつけようと思った新一だった。



               ***



リンゴ―ン


工藤邸に古めかしいベルの音が鳴り響いて、部屋で着替えをしていた
新一は窓から外を見下ろした。

門の前には、若い男女が立っていた。上からだとほとんど頭しか見え
ないが、おそらくどちらも知らない人間だ。

誰だろう、と軽く推理してみつつ、スリッパをぱたぱたいわせながら
インターホンがあるキッチンへと向かった。いつもなら同居人が飛ん
でいって応対してくれるが、今日は、週末のマジックショーの準備で
朝早くから出かけている。

「はい」
『私、三宮のマネージャーの吉田と申します。朝から恐れ入ります。
例の件についてご快諾いただけたということで、早速顔合わせと打ち
合わせをさせていただきたいのですが』
「……えーっと」

新一は反応に困って口ごもった。

例の件? ご快諾? 顔合わせ?

まったく身に覚えのない話だ。
起きぬけで記憶が曖昧になっているのかと一瞬疑ったが、いくら寝不
足でもそんなことがあるはずがない。

『あの……?』
「あっ、すみません。少々お待ちください」

とりあえず玄関に向かう。
シャツの上にカーディガンを羽織りながら、サンダルをつっかける。

ドアを開けると、門の向こうに、窓から見た二人が立っていて、新一
に気づくと会釈した。
吉田と名乗った女性の後ろに、キャップを被った男が立っている。

吉田の肩越しにその男の顔を見て、新一は内心、あれ、と思った。
色の濃いサングラスで顔を隠しているが、どこかで見たことがある気
がする。

「はじめまして、三宮のマネージャーの吉田と申します。今回は工藤
さんにご協力いただけるということで、大変感謝して――」
「ちょ、ちょっと待ってください」

話が見えてこなくて、新一は慌てて吉田を遮った。

「先ほどから何のお話でしょう?」

新一が困ったように言うと、吉田が驚いたように目を見開いた。ずっ
と黙っている後ろの若い男からも、驚いたような空気が伝わってくる。

「何って、三宮が、工藤さんの探偵の仕事ぶりを見学させてもらうと
いうお話のことですが」
「は……?」

聞いてませんか? と吉田が問う。
固まっていた新一は、頬を引き攣らせながらも何とか笑顔を浮かべた。

「とりあえず中へどうぞ」


















 









2013/08/07