「どこ行ったんだよ……」

あれほど目立つ羽だというのに、人混みの中で快斗を見失ってしまっ
た。

新一は焦っていた。
快斗を追いながら、ある可能性に気づいたのだ。

服部から渡された、大阪で起きた三件の天使殺しの調書。そして千葉
から借りた東京の事件の調書。

他人の顔の美醜について普段特に気に留めない新一は、その可能性に
思い当たるのに時間がかかった。服部も特に何も言っていなかったが、
今思い返せば、ヒントになるような言葉はいくつも落としていた。

被害者の羽が概ね大き目だったこと。そして、これは被害者の写真を
見てもわかるが、彼らの容姿が総じてかなり整っていたこと。

犯人の狙いはもしかすると、性別関係なく容姿が整っていて羽が大き
い天使なのかもしれない。

だとすると、この現場に集った野次馬たちの中で狙われる可能性が高
いのは――

(黒羽……!)

一際見事な羽を持つ天使。
加えて、快斗はかなり顔が整っている。若さゆえの荒さがあるが、そ
れすらも彼の魅力を引き立てているようだった。

「くそっ……」

人混みの中を縦横無尽に縫うように探し歩いても埒が明かない。

そうこうしているうちに、キッド出現に場が一気に湧いた。

『キッド! キッド! キッド! キッド!』

キッドコールの中から、中森警部の怒号が微かに聞こえてくる。
キッドにできるだけ近づこうと押し合いへしあいする野次馬と、それ
を留めようとする警察で、場は混沌と化した。

人混みから抜けだそうとするが、人の波に押されてなかなか出られな
い。

展示会場のデパートの窓に地上から投光機が向けられている。見上げ
ると、そこにはマントを優雅にはためかせたキッドが立っていて、声
援に応えるように慇懃無礼に腰を折った。

一瞬、キッドと目が合った気がしたが、勘違いだろう。数百人の中か
ら、それもこの距離で、新一に気づくはずがない。

獲物はもう盗み出したらしい。
キッドが再び頭を上げた瞬間、コミカルな音と共に出現したカラフル
な煙が彼の身体を包み込む。そして煙の中からハンググライダーを広
げた怪盗が飛びだし、人々の上空を危なげなく滑空し、声援を背に飛
び去っていった。それを追って、警察車両も次々と現場を飛び出して
いく。

それがダミーだと新一はすぐに気づいた。本来ならば、まだ近くに潜
んでいるであろう怪盗を探し出し、勝ち誇った笑みを浮かべてやるの
だが、生憎今はそれどころではない。

キッドを見た観客たちの興奮はまだまだ冷める様子がなく、現場は依
然騒然としているが、惜しみながらも観客が一人また一人と輪を離れ
ていく。

(早く黒羽を見つけないと……)

やっとのことで群衆から抜けだして、道の端に避ける。
ほとんどの者は駅の方向へと向かってゆっくりと移動し始めている。
江古田に帰るのならば、快斗もこちらに向かって歩いてくるはずだ。

「あっ、黒――」

群衆の中に白い輝きを見つけて、新一は声を上げた。
だが、新一に気づく様子のない快斗は、こちらに背を向けて、反対の
方向へと歩いていこうとしている。

「黒羽……? どこに……」

慌てて追うように、群衆の中へ再び飛びこんだ。さっきのように見失
わないようにと快斗から目を離さないまま進んだため、途中何度も人
にぶつかった。それでも快斗へ視線を向けたまま、強引に進むことを
止めない。

快斗は駅とは反対の方向へ進んでいる。一体どこへ行こうというのか。

人混みからようやく抜け出たところで、数十メートル先を速足で歩い
ていた快斗の姿が忽然と消えた。
慌てて走り寄ると、ビルとビルの間に狭い横道がある。向こう側へ通
り抜けできるようだが、暗く、物騒な雰囲気が漂っている。

「黒羽!」

新一は迷うことなく路地へ飛び込んで、闇に浮かび上がる白い羽に走
り寄った。あと数歩で向こうの通りへ出てしまうかというところで羽
がぴたりと動きを止め、快斗が振り返った。追ってきた新一に驚愕の
表情を浮かべている。

「工藤……? どうして……」

呼吸を整える余裕もないまま、新一は快斗に詰め寄った。

「どうしてはこっちのセリフだ! 何でオメーがここにいるんだよ?!」

思わず肩を掴んで責め立てると、快斗は困ったような、奇妙な笑みを
浮かべた。

「何でって……さっきのはダミーだったから?」
「ダミー? オメー何言って……」
「つーか来てんなら警備参加してくれてもよかったじゃん。予告状の
暗号解いたのって工藤なんだろ?」
「何でそれを知って……いや、後にしよう。とにかく今は危ねぇから、
オメーは俺と一緒に来い。パトカーで家の前まで送ってもらうように
頼むから――」
「はぁ? パトカーって、それはいくら何でもまずいだろ……ってい
うか危ないって何の話だ?」
「いいから! とにかく人通りの多いところに……」

その時、路地に僅かに差し込んでいた明かりが陰って、新一はハッと
快斗の背後を見た。
路地の出口を遮るように、大きな黒い影が立ち塞がっている。
キャップを深く被っている上に逆光で顔は見えないが、長身で体格は
男。背中からは小さめの白い羽が覗いている。
そしてその手には、鋭く光るナイフ。

「! しまっ――」

新一の視線に気づいて快斗が振り返るより早く、新一は掴んだままだ
った快斗の肩を思い切り横へ突き飛ばした。
この時の新一の頭には、快斗を凶刃から守ることしかなかった。

「っ……ぐ……」
「っ、工藤!!!」

壁に背を打ち付けた快斗が、新一を見て叫ぶように呼んだ。

「やった、やったぞ……ああ、綺麗な羽だ……美しい悪魔を、この手
で……」
「この野郎っ……!」
「うっ、ぐぁあ!」

ぶつぶつ呟いている男を快斗が幾度も殴りつけ、男が気を失って倒れ
るのを新一は朦朧とした意識で見ていた。

アスファルトに蹲り、息を吸おうとして失敗してむせる新一に、快斗
が駆け寄る。

「工藤っ、工藤!! しっかりしろ、工藤!! くそっ、何だってこ
んなことに……!!」

出血がひどいのは熱い傷口を見なくともわかる。
快斗に抱えられて、彼の服が血に濡れてしまうのを霞みゆく意識の中
で申し訳なく思った。

「工藤!! 駄目だっ、せっかく、やっと会えたのに……やっと、素
顔で、お前と……!!」

取り乱す快斗の背に、眩い羽が見える。
それに手を伸ばそうとして、けれど手が上がらないことに気づく。

「新一! ばか、新一!!!」

意識が途切れる寸前、一瞬だけ、快斗の白い羽が何か別のものに見え
た気がした。



               ***



阿笠邸の電話が鳴る。

「はい、阿が――」
『姉ちゃんか、俺やけど』
「服部君。何、まだ見つからないの」
『――ちゅうことは、そっちにもまだ連絡きてへんのやな』
「ええ」
『ああもう! 何で携帯繋がらへんのやあのアホ!』
「大方バッテリー切れでしょうね」
『はぁ……狙われとるかもしれんっちゅうのにどこにおんのや……キ
ッドのショーも終わってしもたで……』
「ちょっと待って、狙われてるって何?」
『ああ……実は、今俺らが追っとる殺人鬼がな、次は工藤を狙うかも
しれへんのや』
「何ですって?」
『俺も気づいたんは今日なんや……せやから工藤に知らせよ思ても、
連絡とれへんし……』
「そんな……あら、ちょっと待って、私の携帯が鳴ってるわ」
『! 工藤か?!』

通話中のまま受話器を置いて、哀はポケットから震える携帯を取り出
した。
画面には、知らない番号。
鳴りやむ様子のないそれに、哀は通話ボタンを押した。

「もしも――」
『ドクター! 名探偵がっ、名探偵が!!』
「……ちょっと待って、あなた誰?」

発信者のただならぬ様子に、哀は眉を顰めた。
だが相手は哀の言葉をほとんど聞いていないようだった。

『名探偵が! 刺されてっ……俺の代わりに……!!』
「工藤君が刺されたですって?!」
『名探偵……新一……!』

涙声で新一の名を呼び続ける声の主に、哀の方は逆に冷静さを取り戻
した。
大きく息を吸う。

「落ち着きなさい!!」
『っ……』

哀の一喝に、男は静かになった。
哀の声は待機していた服部にも聞こえたのか、伏せられた受話器から
窺うような声が聞こえてくるが、今は無視する。

「……まず、状況を説明して。今、工藤君はそこにいるの?」
『……いま、す。俺の、腕の中、に……』
「救急車は?」
『呼び、ました』
「場所はどこ? 周りに人は?」
『……キッドの、現場の近くの、路地です。表通りに出れば、人はい
っぱい……』
「あなた一般人? 止血のしかたはわかる?」

問いつつ、哀は確信していた。
この男は決してただの通りすがりの一般人ではない。
第一、哀の携帯の番号を知っていて、尚且つ新一の緊急時に真っ先に
哀に連絡してくる者など限られている。まして哀を「ドクター」と呼
ぶ――つまり哀の過去の素性を知っている者など。

『一応、しました……』

取り乱していたわりに冷静なようで、やるべきことはやっていたよう
だ。

「それなら、救急車が到着するまでそこで待っていなさい。携帯は繋
がったままにしておくから、何かあったらすぐ呼んで」
『はい……』

哀は一旦携帯を置くと、治療用バッグに次々と薬瓶を放り込みながら、
放置していた電話の受話器を取った。

「服部君?」
『姉ちゃん、何かあったんか?!』
「工藤君が刺されたらしいわ」
『何やて?!!』

聞こえてきた大声に受話器を耳から離した。

『工藤は大丈夫なんか?! 工藤が連絡してきたんか?!』
「落ち着いてちょうだい。大丈夫かどうかはわからないけれど、連絡
してきたのは……工藤君の友人よ」
『友人て……』
「……服部君、今もまだキッドの現場にいるのよね?」
『……ああ、おるで!』
「その近くの路地にいるらしいの。探してちょうだい。救急車は呼ん
だらしいから、通れるように道を開けといてくれるかしら」
『ああ、わかった!』
「それと、私の携帯はしばらく繋がらないから、何かあったら博士の
方にお願い」

電話を切ると、哀は研究室に籠もっていた博士を呼びに走った。






 















毎度ながらベタな展開ー

2013/03/22