見舞いに来ていた母親に頼み込んで、被害者に事件の話を聞かせてもらえ
ることになった服部は、ゆっくりと病室のベッドに近づいた。

「重森咲さんやな」
「……あなたは?」
「俺は服部平次。大阪で探偵やっとるもんや」
「探偵……」
「あんたに事件のこと聞きたいんや。協力してくれへんか」
「……私を刺した人、捕まってないのね」
「せやからあんたに覚えてること話してほしいんや。このままやったら次
の犠牲者がでるかもしれへん」

重森咲は目を伏せた。しばらく、沈黙が流れる。

「……犯人の顔は、見てないの。後ろから、刺されたから」

咲の声が僅かに震える。その時のことを思い出して、一緒に恐怖も思い出
したのだろう。
服部は押し黙った。急いては彼女を余計に怖がらせることになる。こうい
う時、名探偵と称される友人ならば整った微笑で上手く慰めるのだろうが、
どうもそういう手は自分には向かない。

「……あんたはあの夜、サッカー観戦に行っとった。せやろ?」
「はい……」
「友達とやって?」
「……実は、彼氏と。でも親には友達とって」
「……その後は?」
「近くの店で一緒に飲んで……」
「その後電車に乗った。そいつはどないしたん?」
「電車、逆方向だから……」
「そいで、あんたが最寄り駅に着いたんが午後11時半すぎやった」
「それくらいだと、思うわ」
「そこから自宅までは、徒歩15分くらいやな?」
「ええ……いつもは自転車なんだけど、あの日は出掛ける時、雨が降って
いたから、歩きで」
「刺されたんは、自宅から5分のとこやったな?」
「……本当に、すぐのところで……表通りから一本入ると、結構暗いの。
狭いし、人通りもないし……イヤホンで音楽聞いてたから、近づいてくる
人にも気づかなくて……本当に、突然……」
「走り去る男も見てへんか?」
「……痛くて、それどころじゃ……」

咲の目から涙があふれる。
この様子では、これ以上の収穫も望めそうにない。服部は顔を拭う彼女か
ら顔を逸らして、別の話題を探した。

「あー……そういえばあんた、東都女子大なんやってな」
「……そうよ。あーあ、こんなひどい目にあって、これじゃ学祭出れない
な……」
「学祭? そういやもうそんな時期やな」
「私、これでもミス・コンに参加する予定だったのよ。……ホント、つい
てないなぁ」

そう言った咲は血の気の引いた顔で弱々しい笑みを浮かべる。頬には涙の
痕があり、髪の毛もぼさぼさでやつれた感じが否めないが、よく見るとは
っきりとした目鼻立ちで、化粧をすれば間違いなく美人の部類に入るだろ
う。

(そういえば、工藤……)

被害者の写真を見て、気づいたことはないかと言っていた。

(もしかして、犯人の狙いは……)

「……せや、もう一つ確認したいことがあったんや」

大事なことを忘れるところだったと服部は切り出した。咲もだいぶ気が紛
れたようで、いくぶんしっかりと服部を見る。

「実はなぁ、俺は羽が見える人間なんや」
「え……」

咲は驚いたように目を見開いた。それだけ、普段羽のことに触れる者はい
ないに等しい。

「あんたも羽、持っとるやろ?」
「まあ……」

咲は首元までかかっていた掛け布団を捲くった。背中の下からはみ出た羽
が現れ――

「なっ……」

服部は目を剥いた。

「黒やと?!」
「そうだけど……?」

訝しげな咲に、服部は詰め寄った。薄くしか見えないが、確かに黒い羽が、
白い布団の上に広がっている。それも、平均より大きめの悪魔の羽だ。

「あんたの兄貴は天使やないか!」
「お母さんは天使だけど、お父さんは悪魔だから。それぞれ受け継いだの
ね。別に珍しいことじゃないでしょ?」

そうだ、別に珍しいことじゃない。だが、被害者の血縁者が天使だと知っ
て、妹の方も天使だと勝手に思い込んでいた。

手口と、傷痕から見る凶器の形状の酷似からして、同一犯の可能性が高い。
凶器の詳細までは報道されていないから、模倣犯の可能性は低いだろう。

ならば、犯人の標的は何も天使に限定していたわけではないということだ。
天使でも悪魔でも、要は羽を持っている者――それも、大きめの羽を持っ
た、見目の良い者。

もし、予想通り犯人がキッドの現場に次の標的を探しにやってくるとした
ら――

(工藤……!)

服部はなかば呆然としたまま礼を言って、病室を出た。
病院から出る頃には、東の空が夜の色に染まりかけていた。



               ***



新一が事件を解決してキッドの現場に辿り着いた時には、すでに日が落ち
切っていた。
キッドのショーを間近で見ようと集まった何百という野次馬のせいで、駅
から現場まで辿りつくのでさえ一苦労だった。

「あ? また充電切れか……」

画面が暗いまま反応を示さないスマホを睨みつける。性能が高いのはいい
が、バッテリーの持ちが悪いのが不満だ。
予備のバッテリーも買ってあるのだが、今日は家に置いてきてしまった。

「まいったな……」

服部と連携して犯人を見つけ出そうにも、これでは連絡を取り合うことす
ら叶わない。
服部は先に現場に着いているだろうから、とりあえず、彼が行きそうな場
所を考えてみる。新一に連絡がつかないとなったら、この大勢の野次馬を
一度に見られる場所にいくだろう。高いところか、あるいは――

新一は周りを見回す。
あちらこちらでテレビカメラが回っている。道路の脇には、複数のテレビ
局の車。中では当然、映像が流れているだろう。

新一は、そのうちの一台に向かって歩き出した。


その時。

不意に視界を過ぎった黒と白のコントラストに、新一は歩みを止めた。
デジャ・ヴ。いつかの時と似たような光景だ。
黒い服を着た、白い羽の男が人の流れに乗って、すいすいと歩いていく。

「……黒羽?」

なんであいつがここに。見物だろうか、と思った新一は、自然と足の向き
を変え、快斗の後ろ姿を追っていた。

























2013/03/19