『こっちの被害者たちの足取りを調べてみたらな、全員、襲われた日に
人の多いところに出入りしてたっちゅうことがわかったで』
「人の多いところ?」
『最初の二人はライヴや。三人目の高校生は、大学のオープンキャンパ
スやった。その後塾で自習して、帰りにやられたんや』
「…………」

痛ましい事実だが、今は次の被害者を出さないように頭を働かせるべき
だ。感傷はその後でいい。

「そこから犯人の特定は無理そうだな……」
『ああ。大学なんてそれこそ不特定多数の人間が出入りできるし、ライ
ヴのチケットはダフ屋から買えば身元はわからへん』
「防犯カメラの方はどうだった?」
『あかん。まだ調べ中やけど、成果はなさそうや』
「そうか……」

受話器の向こうから疲れたような溜息が聞こえる。ほとんど休みなく手
掛かりを求めて奔走しているのだろう。
今回の件に関しては、警察はほとんど当てにできない。

「けど、犯人が人の集まるところで標的を選んでいるのは確かみたいだ
な」
『ああ。それも傾向からして、若い天使が狙いみたいやな』

若者が多く集まる場所。
だがそんな場所はいくらでもある。例えば、わざわざライヴや大学に行
かなくとも、渋谷のカフェからスクランブル交差点を眺めていれば済む
話だ。

『今週末もう一度そっちに行くわ。東京の被害者の方も面会の許可が下
り次第、話聞きにいった方がええし』
「ああ、そうだな」
『……ところで、あの、黒羽っちゅう奴は今日もおるんか?』
「黒羽? いや、今日は来てねぇけど」
『毎日来とるわけやないんやな……』
「そりゃまあ、あいつにも予定があるだろうし。それがどうかしたか?」
『いや……黒羽の前でこの話はせん方がええんやないかと思てな』
「ああ、確かにな。あいつコンプレックスみてぇだし……」
『コンプレックス?』
「いや、何でもねぇ。でも、うん、あいつの前で羽の話はなしだ。無駄
に怖がらせちまうかもしれねぇし」
『了解』

その時、リビングでつけっぱなしになっていたテレビの画面が切り替わ
って、ニュースが始まった。画面の端の速報の文字と流れてきた興奮気
味な声に、意識を向ける。

『たった今入ってきたニュースです。警視庁に、怪盗キッドの予告状が
届けられました。予告状の暗号は解読中だということで、詳しいことは
まだ――』

新一は目を見開いて、呆然とその映像を見ていた。

『おい、工藤? どないしたん、工藤?』

反応のない新一に、服部が呼びかける。
ハッとして、新一は瞬きをした。だが、その表情は険しかった。

「……服部、若い奴らが大勢集まるところ、全国放送で宣伝されちまっ
た」




               ***



『怪盗キッドの今夜の狙いは、杯戸デパート展示場に展示されている50
カラットのエメラルド。その時価は8千万円だそうです。予告時間まで
6時間ほどありますが、すでにデパートのいたるところに警察官の姿が
見られ――』


プルルルルル


携帯電話が鳴って、新一はテレビを消した。

「はい、工藤です」
『工藤君、目暮だ。実は昨夜、池袋のバーで殺しがあって、調査が難航
しとるんだ。よければ力を貸してもらえないだろうか』
「池袋で殺人……死因は何でしょう?」
『刺殺による失血死だそうだ。店内の監視カメラから容疑者を絞ること
はできたんだが、証拠が出なくてな……』
「わかりました。すぐに向かいます」
『高木を迎えにいかせるから、詳しい話はやつから聞いとくれ』
「はい」

それからしばらくしてやってきた高木の車に乗り込み、新一は工藤邸を
あとにした。



               ***




工藤邸のチャイムを押した服部は、首を傾げた。
いくら待っても応答のないインターホンをじっと睨む。

今日はキッドの犯行予告日だ。数百人のギャラリーを目的に現場にやっ
てくるかもしれない天使殺しの犯人を探しに、今夜は二人で現場に行く
予定なのだ。

どこに出掛けているのだろうかと、服部は携帯を鳴らした。

程なくして、電話が繋がる。

『――服部?』
「工藤、俺今お前のうちの前におんねんけど」
『あー。もう着いたのか』
「府警寄ってから新幹線乗っても、夕方前には着く言うたやんけ」
『そういやそうだったな』

悪びれない声に服部は溜息を呑みこんだが、空気は伝わったのだろう、
新一はばつが悪そうに言った。

『あー、それで、何かわかったか?』
「それがな、三件の犯行の夜、現場付近の防犯カメラに映っとった奴見
つけたで」
『本当か?!』
「ああ。帽子被っとって顔はわからへんけど、歩行認証システムで一致
したんや。今日に間に合わせるために科捜研に徹夜で調べてもろた』
『画像ないか?』
「あるで。後で携帯に送るわ。身長175センチ前後の男で、犯行の夜
は黒のキャップを被っとる」
『わかった』

特徴としては弱いが、キッドのショーを観に集まった数百のギャラリー
から、闇雲に怪しい人物を探すよりはずっとましだ。

『俺の方も、今日、千葉刑事から連絡があった。こっちの被害者が今日
から面会謝絶取り下げられたらしい』
「ホンマか! なら、今夜のキッドの現場行く前にそっちに話聞きに行
くで。何やもっと詳しい手掛かりがあるかもしれへん」
『それなんだけどな』

テンションの上がりかけた服部を、新一の落ち着いた声が平静に戻す。

『実はさっき目暮警部に呼ばれちまって、今別件の殺人事件の現場にい
んだよ』
「殺人事件? まさか……」
『いや、刺殺だって聞いて俺も関連を疑ったんだが、どうも本当に別件
みたいだぜ。とりあえずこっちの事件解決してくから、被害者にはオメ
ー一人で会いに行ってくれねぇ?』
「それはええけど、大丈夫なんか?」
『キッドの現場には間に合わせるから問題ねぇ』

言いきった新一に、服部は思わず笑みを浮かべた。こういう自信家なと
ころが彼らしいと思う。それが経験に裏付けされた自信であるところが
さらに。

「そういや予告状の暗号解いたん工藤なんやってな」
『まあな。でも警備には口出さねぇよ。そんな余裕ねぇし』
「せやな」
『……それより服部、東京のも合わせて四件の調書見てて、気づいたこ
とないか?』
「気づいたこと?」
『ああ。被害者の写真とか……いや、ないならいいんだけど』
「? 何のことや?」

その時、受話器の向こうから新一を呼ぶ声が聞こえてきた。

『――あ、悪ぃ。ってなわけで被害者の方頼むな』
「おう、任しとき」

新一との通話を終える。
工藤邸を一度見上げてから、服部は気を取り直して来た道を引き返そう
とした。
だが、その時ちょうど角から現れた人物に足を止める。

「……お? 黒羽やんけ」
「服部」

快斗が驚いたように小走りで近寄ってくる。

「何や、工藤に用か?」
「あ、ちょっとな……服部は? 何でまた東京に?」
「事件の捜査や。けど工藤今おらんで? 別の事件に呼ばれてもうたか
らな」
「あ、そうなんだ……今夜の警備参加すんのか聞こうと思ったんだけど
な」
「? 何やって?」
「いやいや、何でもないよ」

誤魔化すように笑った快斗に、服部はもしかして、と問う。

「また工藤に約束すっぽかされたんか?」
「いや、約束はしてなかったんだけど。まあでも、いないならしょうが
ないな。じゃあな、服部」

快斗はそう言うと、踵を返してさっさと元来た道を去って行った。
その後ろ姿を、服部は目を細めて見送った。

「あいつ……」

前に会った時も思ったことだが、妙に掴みどころがない男だ。
服部に対して僅かに距離を感じさせるのは、新一への何らかの感情に起
因する嫉妬が原因だと思っていたのだが、どうもそれだけではない気が
する。何か、自分に近づきたくない別の理由があるのだろうか。

「服部君」

突然横から声をかけられた。振り向くと、阿笠邸の玄関から小さな科学
者が顔を出している。

「灰原のねーちゃん」
「東京に来てたのね」

哀が門のところまで出てくる。

「ああ、工藤と一緒に捜査してんねんけど、しばらく別行動みたいや」
「そうなの」
「ねーちゃんも気ぃつけた方がええで。最近天使殺しがおるみたいやか
らな」
「天使殺し? 物騒ね……ところで、今話してた人は……?」
「黒羽のことか?」
「黒羽?」

その名前に、哀が眉を顰めた。

「ああ、工藤のダチで、黒羽快斗っちゅう奴や」
「黒羽快斗……本当なの、それ?」

哀が驚いたように目を見開くのを、服部は首を傾げた。

「工藤がそう言っとったし……それがどうかしたんか?」
「だって……」

哀が躊躇いがちに言う。

「羽がないじゃない、彼」

哀の言葉に、服部は一瞬ぽかんとした。

「……は? そんなん、あいつが人間やからやろ?」
「でも工藤君言ってたのよ、大きくて綺麗な羽の天使を見かけて、この
間友達になったって」
「それが黒羽やって?」
「ええ。黒い羽で黒羽だって、言ってたわ」

服部は黙り込んだ。
一週間前に初めて快斗に会った時も、羽なんてなかった。新一もそれは
知っていたはずで、だから快斗の前で事件のことを話さないと頷いたの
かと思っていたのだが。

「一体どうなっとんのや……」























2013/03/16